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24話 勇者は果実を発見する

 走りに走った。

 肺が爆発するんじゃないかというほどの息苦しさを覚えたとき、おれは初めて足を止めた。


「はあはあはあはあはあ」


 息が荒く、真っすぐ立つのもしんどい。

 おれは膝に手を置き、近くの樹に体を預けた。


「はあはあはあはあはあ」


 どれほど走ったかわからない。

 わかっているのは、時折横に曲がったり斜めに走ったりしたということだけだ。


(ひとまず、ここまで来れば大丈夫だよな)


 確信はないが、そう信じたい。


(にしても、滅茶苦茶デカイな)


 かなりの距離をかなりの速度で走ったにもかかわらず、おれはまだ森の中にいる。

 その道中で人に会うことはおろか、村に行きつくこともなかった。

 村と村の距離が離れているだけか、おれの運が悪いのか。

 ベイルと再会することがあれば後者で間違いないが、望まぬ再会は遠慮したい。


(ただ、人には会いたいよな)


 自分が置かれた状況を把握するには、現地人と話すのが一番の近道だ。

 考えたくはないが、遭難して死ぬ未来だってないわけではない。


「さて、どうしたもんかな」


 呼吸も落ち着き、だいぶ冷静になれた。

 現状、食べる物もなければ、買う金もない。

 けど、飢えることはない。

 上空から見た際にいくつかの村は確認しているし、森にモンスターがいるのも把握している。

 それらの退治と引き換えに、食事と宿の面倒をみてもらうことも可能だろう。

 問題は村に行けるかどうかだが、焦る必要もない。


(放置プレイも二回目となれば、案外冷静でいられるもんなんだな)


 最悪村に行けずとも、森には動植物が豊富に存在しているようだし、水源もあるはずだ。


(ダメだ)


 意識したら、喉が渇いてきた。


(なんとかしねえと)


 水……自然界で口にするなら、川が比較的安全だ。

 けど、場所がわからない。

 木の根や地面のくぼみに雨水が溜まっているが、衛生的に飲むのは危険だ。


(残された選択肢は、果物だな)


 視界を覆いつくす樹が生えているのだから、実をつけたものもあるだろう。


「どれ」


 見上げてみた。

 大半が針葉樹らしく、果実は見当たらない。

 けど、全くないわけでもなかった。

 赤い果実が生っている木が、所々に見受けられる。


(大丈夫か?)


 光の加減かもしれないが、赤い果実は毒々しい色だ。

 鳥などが突いた感じもない。


(たしか、渋柿も放置されるんだよな?)


 食料がそれしかなければ食べることもあるが、ほかにあるなら食べない、と聞いたことがある。


(安全……危険……どっちだ?)


 思案したところでわかるモノでもないし、採ってみるしかない。


(…………うん。そうだな。採ってから判断しよう)


 おれは果実のついた枝にジャンプした。


「んん!?」


 近づいたことで気づいた。

 おれが飛び乗った木の実は毒々しい色をしたリンゴっぽいのだが、その数本先にある樹に生っている実は違う。

 色はリンゴっぽいのだが、光沢がない。

 成熟度が違うだけかもしれないが、気になった。


「木、だけにね」


 …………


(ダメだな)


 だれもいないと、思いついたことを口走ってしまう。


(真面目に観察するか)


 万が一かもしれないが、これが生死を分けることだってある。


「う~ん」


 光沢があるのとないの。

 美味しそうなのは、光沢があるほうだ。

 数も多く、群生していると考えて間違いない。

 反対に、光沢のない実を成す樹は一本だけ。

 比べると、幹の太さも違う。


(一際太いんだよな)


 林業の経験も山で暮らしたこともないが、あの樹が特別なのは、なんとなく理解できる。


(食べるなら、あっちだな)


 本能がそう告げていた。


「よし」


 おれは光沢のない実を生している樹に飛び移った。


(なるほど)


 光沢のない理由がわかった。

 件の実は、表面が毛羽立っているのだ。

 形も、リンゴよりは桃に近い。

 美味そうだが、素手で触って手が痒くなるのは問題だ。

 手が洗えない現状、要らぬストレスは抱えたくない。


(それはベイルだけで十分だしな)


 では、果汁はどうだろう。

 剣を抜き、実に切り込みを入れた。


「おおっ!」


 感嘆の声が漏れてしまった。

 果実からは瑞々しい果汁が溢れている。


(食べても大丈夫だよな)


 確信はないが、我慢できない。

 飛び降りながら実を枝から切り落とし、着地してからキャッチする。


(それでいこう)


 ただ、失敗しないために、脳内でシミュレーションもしておこう。

 瞳を閉じ、空想に入る。

 飛び降りながら……


「見つけたぞ!」


 声がした。

 が、いまはそれどころではない。

 剣を振るい、実を落とす。


「無視すんな」


 相手はする。

 だから、ちょっと待て。


(ベイルよ。お前の優先順位は、果実の下だ)


 着地してキャッチ。

 万全だ。


『とうっ』


 枝から飛ぶおれの声と、ベイルの声が重なって聞こえた。


「えっ!?」


 目を開くと、なぜか枝が離れていっている。

 いや、樹が倒れているのだ。

 当然、狙っていた果実も遠ざかっていく。


「くそっ」


 慌てて剣を薙いだ。

 果実だけを切り離すことは出来なかったが、枝もろとも樹から切り離すことには成功した。


(よし。後は下でキャッチするだけだ)


 着地と同時に走れば、間に合う。

 けど、それはできない。

 おれは地面に伏せた。

 ビュンという音がし、ベイルの剣戟が頭上を通過した。

 当たっていれば、上半身と下半身がさようならしていただろう。

 果実は大事だが、己の命には代えられない。


「ちっ」


 舌打ちし、ベイルが剣を振り下ろす。

 おれは横に転がって回避しながら、立ち上がった。

 いまの二撃は、殺す気で放たれたものだ。

 相手がおれでなければ、実行されていただろう。

 たぶん、前の異世界の大魔王レベルでも、回避は無理だ。

 それほどに鋭い斬撃だった。


「お前、何者だ?」


 視線同様、声も尖っている。


「しがない旅人です」

「嘘を吐くな。お前の戦闘レベルは、旅人のものじゃない」


 村での印象とは違い、油断なくこちらを見据えるベイルの佇まいは、強者のそれだ。

 下手なごまかしは通用しないだろう。


「勇者様がどうおっしゃられようとも、私は旅人です。自分を探す旅人です」


 ウソではない。

 おれは自分の魂のカケラを探している。


「では質問を変えよう。その戦闘力は、どこで身につけた」

「天より授かった物です」


 これもウソじゃない。

 おれの身体能力や装備一式は、女神サラフィネから与えられたモノだ。


「では、貴様も勇者ということだな」

「なんでだよ!?」


 理屈がわからない。

 天から能力を授かることが勇者の定義であるのだとしたら、勇者は何人いてもいいことになってしまう。


(いや、何人いてもいいのか?)

「んなわきゃねえだろ!」


 その辺を訊こうと思ったが、おれとベイルの会話は、禿げたおっさんの乱入によって止められた。


「あ~あ、バカ野郎どもが。どうしてくれんだ、これ」


 禿げたおっさんが、ベイルが斬り倒した樹を指さしている。


「大事なものなんですか?」

「大事に決まってんだろ! これは村のご神木で、この地の守り神だ。バカ野郎」


 訊くおれの頭を、禿げたおっさんがグーで殴った。


「いや、斬り倒したのはあっちですよ」

「言い訳! すんな! おめえが! 枝を! 切った! ところも! ちゃんと! 見てんだ! バカ野郎!」


 言葉を区切るたび、太ももを蹴るのはやめてほしい。


「なにヘラヘラしてんだ。おめえのほうが、罪は重いんだぞ」


 おれの怒られる様を見てニヤニヤしていたベイルも殴られた。


「俺は勇者で、不審者を退治しようと」

「うるせえ! 言い訳! すんじゃねえ! 大体! おめえが! 勇者なら! なんで! 村のご神木を! 斬り倒してんだ! バカ野郎!」


 おれのときと同様に、言葉を区切るたび、禿げたおじさんはベイルにげんこつを落としている。


「けどまあ、やっちまったもんはしょうがねえ」

(おっ、許してくれるのかな)

「ちゃんと責任はとってもらうからな」


 ダメらしい。


「詳しい話は村で聞くから、ついてこい。くれぐれも逃げんじゃねえぞ、バカ野郎」


 責任はベイルに……


「って、なに逃げようとしてんだよ」

「人のこと言えるのか、お前は」


 互いの行動を批難するが、おれたちは同時に逃げようとしていた。

 どっちもどっちなのだが、強行しなかったのを鑑みれば、互いに罪悪感は持っているのだろう。


「早く来い! バカ野郎」


 急かしはするが、禿げたおじさんはおれたちを拘束しなかった。

 お人好しなのか、最低限の信頼なのか。

 どちらかは知れないが、これを裏切ることは許されない。

 足取りは重かったが、おれとベイルは禿げたおじさんの後に続いて、村にむかった。


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