246話 勇者対ビーストテイマー
空に浮かぶワイバーン。
その姿には、なんとなく見覚えがあった。
けど、ワイバーンに知り合いはいない。
しゃべる個体となれば、イヤでも忘れないだろう。
(いや、待てよ)
このパターンには既視感がある。
「約束通り、殺しに来たぞ」
勘違いだった。
少なくとも、おれはだれにも殺人依頼は出していないし、殺害予告も受けていない。
けど、この声に聞き覚えがあるのもたしかだ。
(だれだ? いや、どこで聞いたんだ?)
そんなに遠い過去じゃない。
(…………ああ、あいつか)
思い当たるヤツが一人だけ浮かんだ。
「何者だ!? 名を名乗れ!」
ユウキの声に反応し、ワイバーンは下降し始めた。
ただ、上空三、四メートル付近で留まり、地上まで来る気はないらしい。
「見上げ続けると首がイテェから、ちゃんと降りて来いよ」
「黙れ。駄民と同じ目線になるわけがないだろ」
「お前、エグタだろ?」
「ほう。その名を覚えていたか」
ワイバーンから顔を覗かせた男は、ヤスモ王国に行く途中で魔獣の処理を変わってくれた兵士だ。
「だが、その名を口にする時点で、自分の愚かさを喧伝しているようなものだ」
「貴様!」
顔を紅潮させ飛び掛かろうとするユウキを、おれは手で制した。
「師匠!? 止めないでください!」
「むきになるなよ。あんな挑発、どうってことねえだろ」
「挑発などではない。事実を口にしただけだ」
「ああそうかい。ならそれでいいよ。で? お前一人でおれたちと戦うのか?」
「馬鹿もいきすぎると、相棒の姿すら認識できなくなるようだ」
「グルキュキュキュ」
エグタの卑しめる発言に、ワイバーンが喉を鳴らしている。
笑っているのだろう。
「き、貴様ら~!」
ユウキは怒り心頭だが、おれはなんとも思わない。
それよりも、さっさと答えを聞かせてほしい。
「風波斬」
放った斬撃が、ワイバーンの羽に小さな裂傷を与えた。
「グキュウゥ」
「貴様!」
痛みに鳴くワイバーンと、にらむエグダ。
「いまのはわざと外したけど、次は外さねえぞ。ほら、さっさと仲間を呼べよ」
「えっ!? 師匠、どういうことですか?」
わからないのも無理はない。
あの場面に、ユウキはいなかったのだから。
「お前って、ミノタウロスの頭を奪おうとしたヤツだろ?」
フミマ共和国で一番最初にモメたフード男と、エグダは同一人物だ。
あいつが去り際に残した宣言。
「いいだろう。その喧嘩、買ってやる。首を洗って待ってるんだな」
を、実行する気でいるのだろう。
「よくわかったな」
隠す気はないらしい。
「おれを目の敵にするのは、アイツだけだからな」
「そんなことはない。お前は皆に嫌われている」
「ああそうかい。それならそれでかまわねえよ。ってか、時間もねえし、やってもいいよな」
ピィィィィィィ
エグダが吹いた指笛に呼応し、フード集団が現れた。
一、二、三…………十人以上はいるようだ。
「これで終わりじゃねえよな? さっさと魔獣も呼べよ」
「貴様、そこにも気づいているのか!?」
エグダは驚いているようだが、おれから言わせれば気づかないほうがどうかしている。
「お前が陰からさんざんチョッカイかけてきたビーストテイマーでもあるんだろ」
「根っからの馬鹿ではないようだ」
「いや、総合的に考えればそれ以外ねえだろ」
魔獣を使役するモンスターテイマーは魔族領にしかいない、とマケ・レレは言っていた。
ただ、それだけで同一人物だと判断するのは早計だ。
複数人いる可能性は捨てられない。
おれが注目したのは、エグダがおれの前に現れたタイミングである。
エグダは最速のワイバーンでヤスモ王国から偵察に来たと言っていたが、それ以降ワイバーンとすれ違うことはなかったから、あれはウソだ。
おれに殺させた魔獣を、素材として回収するための方便だったのだろう。
「概ね正解だ」
おれの推理を聞き、犯人が認めた。
ビィィィィィィィ
さっきより低い音の指笛だ。
ガサガサと音を立て、多様な魔獣が出てきた。
多すぎて、数えるのも面倒だ。
「これで全部だな。よし。んじゃ、さっさと片付けるぞ。ユウキ」
「はい」
「風波斬!」
「竜牙閃!」
おれたちが同時に放った斬撃で、戦いは始まった。
いや、それは戦いと表すべきではない。
「キシャアアァァ」
「ビシャァァァァ」
「ブハァァァァァ」
多種多様な魔獣の断末魔だけが響く凄惨な光景だ。
「こ、こんなの聞いてないぞ」
「に、逃げろ!」
地獄絵図にフード男たちは戦意を喪失したようだが、おれに見逃す気はない。
「大人としてちゃんと責任とれよ」
この場合、それは命を落とすと同義語だ。
「まっ、待ってくれ。おれたちは楽して稼げるって言われただけなんだ」
「それにまだ誰も殺してねえ。なあ!? 悪いことはなんもしてねえだろ」
正気を疑いたくなるレベルの言い訳である。
「よくわかったよ。お前らを生かしといたらダメだ、ってよ」
おれは竜滅刀を振るった。
「竜牙突」
ユウキも同様の判断をしたようだ。
命を奪うことに躊躇がない。
「く、くそ。仕切り直すぞ」
「風波斬」
逃げようとするワイバーンの羽を切り裂いた。
「グギャアアアアア」
叫びながらも、懸命に飛び去ろうとするのは立派だが、片翼では宙にいることすらできない。
「竜牙突」
墜落してきたワイバーンを、ユウキが貫いた。
胴体に穿った大穴を見れば、絶命は疑いようがない。
「貴様! よくも相棒を殺ってくれたな! 許さんぞ!」
「同感だな。おれもお前を許す気はねえよ」
恨みがましい眼でにらむエグダを、おれは二つに斬った。