244話 勇者は誤解を解くのをあきらめる
魔族領で戦うことになれば、戦力が必要になるかもしれない。
それを考慮したからこそ、おれは追ってくるように仕向けたのだ。
けど、まさか追い抜かれたうえ、魔族領から遠ざけられる形で突撃をくらうとは、予想していなかった。
このままでは、せっかく馬車で稼いだ時間を無駄にしてしまう。
「なあ、ユウキ。あいつらを説得できるか?」
「任せてください!」
自信満々な感じは頼もしいが、不安に思うのはなぜだろう。
「みんな! 俺だ! 話を聞いてくれ!」
ユウキの叫びが届いたのか、第一師団のスピードが若干緩んだ。
「俺は今から魔族領に行くけど、それはリリィ姫を助けるためであって、戦争をするためじゃない」
その通りだ。
後はなぜそうするのかを伝えれば、丸く収まるだろう。
「だからみんなは、俺と師匠の帰りを安心して待っててくれ!」
いろんなものがすっ飛ばされ、結論だけがぶち上げられた。
(こりゃ無理だな)
はい、そうですか。と言う理由が一つもない。
察しの良いやつは、だまされたフリをしている、と推察するかもしれないが……
「師匠! お荷物お持ちします」
この感じでは無理だろう。
「いや、いいよ。それより、ユウキの荷物寄こせ」
正気をアピールしても無駄だが、やらないよりはいいはずだ。
「師匠に荷物持ちなどさせるわけにはいきません!」
「いや、そうじゃなくて……」
ダメだ。
一連のやりとりは、どう見てもおれが上の立場であり、洗脳が解けていない証明にしかならない。
(あ~あっ)
第一師団のスピードが元に戻った。
もう無理だ。
説得は失敗し、武力衝突は避けられない。
この先できることがあるとすれば、被害を最小限に留めることだけだ。
「……それじゃ戦いにくいだろ」
「見つけたぞ! 勇者を惑わす悪しき魔法使いに鉄槌を!」
「やめろ!」
ユウキが一団の前に立ち塞がるが、彼らからしたらそれも想定内だ。
「フォーメーションB」
『はっ!』
盾役の男たちがユウキを取り囲む。
「そこを退くんだ!」
包囲網を突き破ろうとするが、盾役は攻撃を受け流し、あるいは受け止めることに専念していて、陣形が乱れない。
「くそっ、荷物が邪魔だ」
動くたびにズタ袋が揺れ、ユウキはうまくバランスが保てないようだ。
剣閃も鈍っている。
(だから荷物寄こせ、って言ったじゃねえか)
内心でため息交じりにグチるが、それを声に出してはいけない。
仮に「ふざけんなよ! 言うこと聞けよ」などと発しようものなら、おれの悪役レベルは上昇し、国際指名手配犯になってしまう。
(毎度毎度面倒くせえけど、今回はとびっきりだな)
それもこれも全部、説得に失敗したユウキのせいだ。
(いや、違うか。出来もしねえのに他人を操ろうとした、おれが悪いんだな)
反省しながら、おれは勇者パーティーと対峙した。
「オレたちの希望は返してもらう」
「ボクたちの勇者をこれ以上穢させないよ」
「あなたの洗脳魔法は私が解いてみせます」
反論したいことは多々あるが……ガイル、セリカ、エレンの真剣な面持ちから、ユウキがいかに評価されているのかが伝わる。
それは初対面のときも感じたが、いまならそれがより一層強いのだとわかる。
(すばらしいね)
これこそが真の勇者パーティーだ。
「ファイヤーボール!」
セリカが超巨大な火球を撃ち出した。
魔素の濃さからして、威力も十分だ。
「これならミノタウロスも始末できたんじゃねえか?」
急激な進化の原因は、セリカが装備している杖だろう。
(あれは前に見たのと違うやつだよな)
デザインが似ても似つかない。
以前は普通の杖だったが、今回のは細長い棒の上にリングがあり、その中にシワシワの玉が一つだけ浮かんでいる。
…………親近感があるのはなぜだろう。
(なんかアレだな。デッカイ金玉みたいだな)
サイズは比べ物にならないが、形状は男の股間にぶら下がっているモノと瓜二つだ。
「って、バカなこと考えてる場合じゃねえよな」
ファイヤーボールは目前に迫っている。
「せりゃ」
竜滅刀で真っ二つにした。
後ろに人がいないのは確認済みだが、なにもないわけじゃない。
ソウルメイトウルフの死骸が散乱している。
ゴウッと火柱が上がった。
やはり、相当な威力があるようだ。
「キミの刀、どうなってんの? あのファイヤーボールは、特級クラスの力があるはずなんだけどな」
「簡単な話だよ。特級クラスの魔法より、竜滅刀がすごい、それだけだ。まあ、それを扱う者のレベルも違うかもしんねえけどな」
「馬、馬鹿にしないで!」
瞬間湯沸かし器のように、セリカが顔を真っ赤にした。
「落ち着け。オレたちの役目は、エレンの解除呪文ができるまでの時間稼ぎだ」
それを言っちゃダメなやつだろ、なんてことは言わない。
本音だろうと失言だろうと、どっちでもいいからだ。
というより、本音であってほしい。
エレンの解除呪文が不発に終われば、おれの洗脳疑惑も晴れる。
(よし。このままにらみあうか)
竜滅刀を正眼に構えた。
「はあああああああああ」
技を繰り出す感じで、呼気を強める。
「くっ」
ガイルとセリカも身構える。
「はああああああ」
丹田呼吸を繰り返しているだけだが、なぜかテンションが爆上げだ。
(いまならかめ●め波も撃てる気がするな)
実際、もどきなら可能だろう。
(やっちゃう!? ……ってわけにはいかねえんだよな)
うずうずしている気持ちを、ぐっと抑え込む。
「完成しました」
エレンの報告はおれにとっても朗報だ。
「奴の攻撃がくる前にやれ!」
「はい! メンキャーン」
青白い光柱がユウキを包み、胸の中に吸収されていく。
得体のしれないモノが入っていく様子は、自分のことではないのにゾクッとした。
「ユウキ、戻ってこい」
「そうだよ。キミはボクたちのリーダーなんだから」
「あなたのいるべき場所は、私たちの隣りです」
仲間を思いやるすばらしいセリフだが、洗脳されていないユウキの後押しにはならない。
(よし。あきらめよう)
すべてを丸く収めるのは不可能だ。
(三六計逃げるに如かず!)
解除魔法の影響を避けるべく、陣形にほころびがあるいまなら可能だ。
「ユウキ、いくぞ」
「はい!」
おれたちは走り出した。
目指すは魔族領。