243話 勇者は背中を見せる
「師匠、さすがです!」
「いや、これぐらいならユウキもできるだろ」
「無理です。無理です」
かぶりを振るが、それは現状に留まった場合だ。
研鑽を積み続ければ、必ず到達できる。
性格的にも慢心することはないだろうし、鍛錬をサボる姿も想像できない。
「大丈夫だよ。絶対できるようになる。おれが保証するよ」
無責任な言葉だが、本気でおれはそう思っている。
「ありがとうございます」
感動の面持ちでユウキが頭を下げた。
(おぉうっ)
背中をムズ痒さが走り抜ける。
(……これはアレだな。師匠っぽく振舞う自分がキツイんだな)
自慢じゃないが、勇者としてはハリボテもいいところだ。
(おれの実力なんて、ほぼほぼサラフィネの加護頼りだもんな)
大した努力もしていない。
研鑽という意味では、ユウキのほうがよっぽど格上なのだ。
IT屋としてなら負けない自信と自負はあるが、それ以外では胸を張ることすら難しい。
(よし。この話はここで終わりにしよう)
これ以上は耐えきれない可能性が高い。
「なあ、ユウキ。死骸は片付けたほうがいいと思うか?」
「難しいところですね。悪用を完全に防ぐなら放置はできませんが、時間を考えると致し方ない、とも思います」
割と強引に話を変えたが、指摘されることはなかった。
ありがたいことなので、このまま会話を進めよう。
「素材としての価値は?」
「ミノタウロスほどではありませんが、ボスの価値は非常に高いです」
「だよな。んじゃ、それ以外は?」
「十羽一絡げです」
その答えですべてが決まった。
「ファイヤーショット」
おれはボスだけを焼却処分するため、魔法を撃った。
命中しメラメラ燃えるソウルメイトウルフを見るユウキの表情は、どこか呆けている。
「し、師匠。あれがファイヤーショットなのですか?」
「おうよ」
「そうですか……高みは凄いな」
気持ちをくじいてしまったか……と思ったが、ユウキの表情が嬉しそうに輝いている。
挑戦や研鑽ができる余地があるのが嬉しいのだろう。
その気持ちはおれにもわかる。
(うおおっ! スゲェ! なんじゃありゃ!?)
初めて天才と評されたプログラマーの作業を観たときに抱いた感情は、いまも鮮明に思い出せる。
最初こそ作業の速さに単純に驚いたが、観続けるほど、どうあっても手の届かない境地にいる天才に畏怖した。
けど、それ以上に嬉しく感じる自分もいた。
思考や作業効率の最適化を追求することで、そこに到達できる可能性があったからだ。
(基礎さえあれば、応用は可能なんだよな)
おれ自身その人に弟子入りしたわけではないが、いまもその背中を追っている。
全力で仕事に向き合う姿勢は当然ながら、全力で生きようとする姿にあこがれたのだ。
(あ~っ、まんまおれとユウキの関係だな)
特別なにか教えてやることはなくとも、理想像に近い存在でいてやることはできる。
後はどうなろうと本人の自由だ。
研鑽を続けておれを超す存在になってもいいし、途中であきらめてもいい。
おれはそこに続くレールがあるということだけを示せばいいだけだ。
いまさらながら、理想の師匠像ができた。
「ところでユウキ。ここがどこだかわかるか?」
イイ感じの結論とソウルメイトウルフの焼却が済んだところで、おれは現在地を確認した。
「たぶんですが、国境の町の近くだと思います」
馬車はがんばって走ってくれたようだ。
「なら、こっからは歩いていくか」
一頭しかいない馬に二人で乗ってもいいが、おれが本気を出せば馬より速い。
「賛成です」
「んじゃ、こいつどうすっかな」
馬車を放置するのはしのびない。
「帰還の合図を出してやれば、大丈夫だと思います」
「頼めるか?」
「はい!」
ユウキが馬車に乗り込んだ。
中から合図をするのかと思ったが、すぐに出てきた。
「お待たせしました」
ズタ袋を肩から斜め掛けにしている。
「これは師匠のです」
おれの分も取ってきてくれたようだ。
ありがたいが、荷物は置いていってもいい気がする。
(あ~っ、違うな)
ユウキからすれば、おれから貰った貴重な品なのだ。
置いていくなど、言語道断なのだろう。
あらためて御者席に座り、ユウキが握った手綱を振るった。
「ヒヒ~ン」
わななき、馬が動き始めた。
重そうだが、なんとかイケそうだ。
ユウキが降りたことで、より軽やかになった。
「よし。んじゃ、いくか」
「はい!」
おれたちは並んで歩き出した。
二、三〇分進み、遠くに村が見えた。
「あそこか」
「そうです。けど、急ぐならこのまま真っ直ぐ進みましょう」
多少ではあるが、国境までショートカットができるそうだ。
「んん!?」
異論はないが、おれは眉をしかめた。
前方に土煙があがっている。
「あれは……モンスターじゃなさそうだな」
断言はできないが、鎧を着ている……ような気がする。
「ん~……んん!?」
先頭の三人はほかの連中と違い、独自の装備を着用している。
戦士、僧侶、魔法使いのようだ。
それでピンときた。
「あれは!? ガイル、エレン、セリカを含む、第一師団と特務部隊です!」
いつの間にか追い抜かれていたようだ。
まっすぐ走ってくる様子からして、目標はおれたち……いや、おれであることは間違いない。
望んだ結果ではあるが、少し面倒臭いと感じる自分がいるのも、たしかだった。