242話 勇者対ソウルメイトウルフ
凄まじい体格差のソウルメイトウルフと対峙しているが、ユウキから怯えや恐怖といった負の感情は見て取れない。
(っていうか、やる気満々だな)
全身から闘気のようなモノが立ち昇っている。
「お前の相手はこの俺だ! くらえ、竜牙突!」
「グギャ!」
ユウキの突きとソウルメイトウルフの拳がぶつかった。
普通なら剣が突き刺さるのだが、魔力に覆われた拳に切っ先は届いていない。
アレを貫かないかぎり、ダメージを与えることは出来ないようだ。
「ハアアアアア」
「グギャルルル」
互いに押し込み合うが、力は五分。
「くっ」
最初に退いたのはユウキだった。
けど、押し負けたわけじゃない。
自ら飛び退くことで、あえて均衡を崩したのだ。
「グギャ」
押し合う相手がいなくなったソウルメイトウルフがバランスを崩した。
「竜牙突!」
その隙を見逃すことなく、ユウキが再度突撃した。
「グギャァァァァ!」
剣が突き刺さったソウルメイトウルフの左胸から、鮮血が飛び散る。
けど、致命傷には達していない。
「グギャアアアア!」
怒りの形相で拳を振り下ろすのがその証拠である。
「ハッ」
想定内だったらしく、拳が達するときには、ユウキは離脱していてそこにいない。
「グギャッ!?」
勢いあまって転倒するソウルメイトウルフに、ユウキが追い打ちをかける。
「竜牙閃」
おれの風波斬に似た飛ぶ斬撃だ。
違うのは、一振りで二つの斬撃を生み出している点。
二本の斬撃が、数センチの間隔で横並びに飛んでいる。
「グギャァァァァ」
当たれば当然、複数の裂傷が生まれるわけだ。
(意外とエグいことするな)
魔法で治療すればなんてことない傷だが、医師が縫合処置するには難しい代物である。
(いや、もしかしたら、牙だから二本なのか?)
サーベルタイガーのような特徴的な牙を持った生き物は、そのイメージが強い。
「竜牙閃」
今回も二本だ。
「グギャ」
当たる直前に跳び上がり、ソウルメイトウルフは斬撃を躱した。
「グギャギャギャギャ」
嬉しそうに笑っているが、そのリアクションは間違いだ。
着地を狙い、すでにユウキは動いている。
「竜牙突」
放たれた突きがソウルメイトウルフの右足を深く抉った。
「グギャアアアア!!」
「アイスショット」
苦悶の声をあげるソウルメイトウルフに、ユウキが魔法で追い打ちをかける。
傷口を壊死させる狙いはないだろうが、容赦ない攻撃だ。
(すげえな。やっぱ、勇者の肩書は伊達じゃねえんだな)
正直、ユウキの強さは予想以上だ。
ミノタウロスに苦戦していた姿しか知らなかったから、余計に強く頼もしく感じる。
(これなら大丈夫だな)
自分の身は自分で守るどころか、魔王すら倒せそうだ。
「トドメだ!」
「グギャアアアアアア!!」
最後の一撃を放とうと構えたユウキに向け、ソウルメイトウルフが口から光線を発射した。
「くそっ」
飛び退かされたことで、トドメの一撃は不発に終わってしまった。
惜しかったが、なんの問題もない。
仕切り直せばいいだけだ。
ユウキもそのつもりらしく、切っ先をソウルメイトウルフに向ける。
「グ、グ、グギャアアアアアア!!」
「し、しまった」
なにをしくじったのかわからないが、ユウキが苦虫をつぶしたような表情を浮かべている。
「どうした?」
「すみません師匠。俺がグズグズしていたせいで、仲間を呼ばれてしまいました」
さっきの遠吠えは救難信号のようなモノだったらしい。
けど、助けが到着するまで時間もある。
その間に仕留めてしまえば問題ないだろう。
「仲間がくる前にやっちまえよ」
「いいのですか!?」
「問題ねえよ」
「では、遠慮なくいかせてもらいます。竜牙突!」
これまでで一番速く重い突きだった。
その証拠に、鳴くことすらできず、ソウルメイトウルフは絶命した。
「よくやった。ナイスファイト」
終わってみれば圧勝だ。
「これでなんの不安もなく、魔族領に行けるな」
「いえ、まだ終わってません」
「こいつの仲間が来るのか?」
「はい。すぐに現れるはずです」
ユウキの言葉を体現するように、土煙があがっている。
「あれがそうか……おおっ!?」
一匹だけやたらデカイ個体がいる。
四、五メートルはありそうだ。
「もしかして、あいつがこいつの跡継ぎなのか?」
「そうです」
「そうか。んじゃ、あいつはおれが相手するから、ユウキはそのほかの雑魚を頼むよ」
「わかりました」
異議を唱えるかと思ったが、あっさりと承諾してくれた。
(まあ、ミノタウロスを倒してるからな)
実績としては充分だろう。
「んじゃ、やるかな」
「はい!」
おれたちはソウルメイトウルフに突進した。
『グギャアアアア!』
やつらはユウキを狙っている。
(思い出の共有もしてんのか?)
油断してくれるなら、こんなありがたいことはない。
「せりゃ」
跳び上がってボスの顔面に蹴りを入れた。
これで死ぬことはないが、その場にとどまっていることもできない。
吹き飛んで後方に飛んでいった。
「よっ」
行きがけの駄賃で、始末できる個体は竜滅刀で斬りながら後を追う。
「ユウキ、なるべく急いでくれよ」
「わかりました。竜牙閃」
ボスの筋肉が膨張していくので、作業は順調なようだ。
「グギャギャ。ギ、ギザマ、ユルザンゾ」
立ち上がったソウルメイトウルフが、片言でしゃべりだした。
「おおっ!? スゲェな。筋肉だけじゃなく、脳みそもバージョンアップしてんだな」
「ゴロジデヤル」
力任せに腕を振るたびに、物凄い風が巻き上げられる。
「当たったら痛そうだな」
「イダイデズムわけがない」
後半は流暢で聞き取りやすかった。
「ふふふっ。喜べ。ここまで進化したソウルメイトウルフを拝めるのは、貴様が初めてだ」
歴史的瞬間に立ち会ってしまった。
けど、感動は微塵もない。
獣から人間っぽいモノへの進化は、過去に体験済みだ。
「あれはたしか、一番最初の大魔王だったよな」
「そうだ。余が世界を支配する大魔王である」
自分で自分をどう名乗ろうと好きにすればいい。
いちいち反応してやるほど、おれは優しくない。
「師匠。終わりました」
「あいよ。殲魔斬!」
断末魔もなく、歴史的ソウルメイトウルフは死に絶えた。