241話 勇者は御者に逃げられる
おれたちは改めて魔族領に向かうことにしたが、一つ問題が浮上した。
それは距離だ。
「今のペースですと、国境到着までに最低でも二日はかかり、王都まではそこからさらに二日は要します」
予想以上に遠かった。
フミマ共和国やヤスモ王国がなまじ近かったこともあり、物凄く離れているような感覚になってしまう。
(いやまあ、いままでが異常なだけだったんだよな)
徒歩数日圏内に各国の要人が勢ぞろいしているなどまずありえないし、それらに容易に面会できたのも奇跡に近い。
(感覚がマヒしてんだな)
なんでもかんでも、都合よくポンポン進むことはない。
けど、期待してしまうのは世の常だ。
「ショートカットとかできない、よな?」
ユウキが無言でかぶりを振った。
「だよな」
「申し訳ございません」
「謝る必要はねえよ。ただ……四日となると、ギリギリだな」
おれが転移した初日にリリィ姫が攫われており、今日が四日目。
開戦までの猶予が一週間だから、魔族領に入ってから王城に着くまでの間にタイムリミットを迎えることになる。
(となると、リリィ姫の安否がなぁ)
ないとは思うが、最悪殺される可能性も捨てきれない。
解決方法は急ぐしかないのだが、無茶に進んだ結果、寝不足などの体調不良で戦えないでは困る。
おれの予想では、かなりの規模の魔族と戦うことになるはずだ。
「なあ、ユウキ。この辺から魔族領行きの馬車とかはないのか?」
「国境近くの町までなら、もう少し進んだ村から出ているはずです」
「よし。んじゃ、そいつを利用しよう」
休めるときに休んでおいたほうがいい。
「うん。いい感じだな」
村で借りた馬車は、思いのほか快適だった。
(高い金を払うだけはあるな)
村には日本でいうところのバスとタクシーに類似した、料金の安い定期便と個人で頼む臨時便があり、おれたちは後者を利用することにした。
乗合馬車の定期便が発車したばかりだったこともあるが、この先面倒事に巻き込まれる可能性が高いおれたちが乗り込めば、同乗する市民に迷惑をかけるかもしれないからだ。
「ふああぁ」
心地よい震動と窓から吹き込むそよ風に刺激され、大きなあくびが漏れた。
「師匠、休んでください」
「んじゃ、お言葉に甘えて休ませてもらうよ。眠たくなったら、ユウキも寝ていいからな」
椅子に横になる。
足は伸ばせないが、なんの問題もない。
「おやすみなさい」
すぐ眠りに落ちた。
起きたとき、空は白み始めていた。
「だいぶ寝たみたいだな」
体を起こし、窓の外を見る。
??
景色が停まっている。
平原であることを考えると、目的地に着いたわけではなさそうだ。
「休憩中かな?」
馬も走り続けることはできないので文句はないが、御者の姿が見えないのはなぜだろう。
辺りを確認するため、馬車を降りた。
「あれ?」
馬が一頭しかいない。
二頭立てだったはずだが、どうしたのだろう。
(まあ、片方に乗って逃げたんだろうな)
前方に十数匹の魔獣がいる。
いち早くそれに気づいた御者は、馬にまたがり逃げたのだと思う。
腹立たしくも感じるが、それもしかたがない。
命あっての物種であり、君子危うきに近寄らず、的な考えかたをしたのだろう。
(問題ない。っていうか、ラッキーだな)
日本のタクシーと同じく後払い制であったため、ビタ一文失わずにここまで運んでもらえた。
眠ったことで、体力も回復できた。
プラスはあってもマイナスはない。
「んじゃ、寝起きの運動といくかな」
竜滅刀を抜き、おれは魔獣の群れに突っ込んだ。
相手は二足歩行のオオカミ。
「でりゃ」
スパッと斬れた。
この調子なら、数分で片が付く。
「そりゃ。せりゃ。えいやぁ」
流れ作業のごとく斬り伏せていくが、半分ちょっと始末したところで気づいた。
仲間を失うごとに、一匹のオオカミが巨大化している。
最初はおれと同程度の大きさだったが、いまや二メートルを有に超え、三メートル近い。
「師匠! そいつはソウルメイトウルフです。仲間を屠るほど、ボスが成長してしまいます」
騒ぎに気づき、ユウキも起きたようだ。
「じゃあ、ボスを片付ければいいんだな」
「駄目です。ボスが死んでも、後継ぎが生まれます」
思った以上に面倒臭い相手のようだ。
「んじゃ、どうすんだよ」
「雑魚を倒してから、ボスを倒すしかありません」
「マジかよ!?」
想像以上に辟易する。
「けど、対処法がわかれば問題ねえな。風波斬!」
おれの放った斬撃が残りの雑魚を薙ぎ払った。
「グル……グルウウウウウウ」
一瞬苦しそうな声を漏らしたボスの体が、爆発的に大きくなった。
身長の変化はさほどないが、筋肉の膨張が半端ない。
「あれで動けんのか?」
おれの漏らした疑問に答えたわけではないが、一瞬で間合いを詰めたソウルメイトウルフの拳が迫る。
大したスピードだが、問題ない。
なんなら、このままカウンターで仕留めることも可能だ。
けど、おれはそれを選択しなかった。
「師匠! 危ない!」
助太刀に来るユウキの姿を、視界の端に捉えていたからだ。
「竜牙突!」
ユウキの放った一撃が、ソウルメイトウルフの拳を弾いた。
「グギャッ」
痛そうな声をあげたが、傷は浅そうだ。
「こいつは俺に任せてください」
時間だけを考えるなら、おれがやったほうが早い。
けど、おれは任せることにした。
(こいつを倒せないようじゃ、魔族領には連れて行かないほうがいいよな)
いつでもどこでも守ってやれるとはかぎらない。
だからこそ、戦う姿を見ておきたかった。
ユウキには告げないが、これは試験だ。