240話 勇者は鶏がら宰相を捕まえる
「あの、師匠。道が違います」
申し訳なさそうに、ユウキがそう声をかけてきた。
「大丈夫。ちゃんとわかってるよ」
不安になるのも当然だ。
なにせ城外に向かったおれたちは、くるっとUターンして、場内に戻ってきたのだから。
ただ、物陰に潜んでいる現状から、なにか思惑があると感じてほしい。
(まあ、無理か)
一刻も早くリリィを助けたいユウキからすれば、おれのやっていることは意味不明だ。
「なあ? 王様の寝室ってどこ?」
「執務室の隣りの隣りです」
「あそこか」
わかるけどわからない。
「悪いけど、案内してくんねえかな」
「わかりました」
ユウキを先頭に、コソコソと動き出す。
「師匠、退き返しましょう」
前に兵士がいるのはわかっているが、踵を返すことはできない。
なぜなら、
「無理。後ろにもいる」
からである。
「じゃあ、どうしますか?」
「とりあえず、屋根に避難するぞ」
「はい」
おれたちはシュッと跳び上がり、屋根に降り立った。
「あははは。それでその子がさぁ~」
「マジかよ。うらやましいなぁ」
のんきな会話をしているから、兵士たちはおれたちに気づかなかったようだ。
「よし。このままいくぞ」
下に降りるより、屋根を進んだほうがショートカットになる。
「こっちです」
再度コソコソ歩き出すが、すぐに手詰まりになった。
目的地は二階下なのだ。
屋根からはどうあっても行けない。
「おっ!? あそこが謁見の間だよな」
ステンドグラスが割れている個所がある。
「あそこから降りれば音もしねえよな」
「はい。ですが、確認は必要かと」
異論はない。
編成会議やらなにやらが行われている可能性がある。
「大丈夫……そうだな」
窓から覗いたが、人影は皆無だ。
「んじゃ、いくか」
「はい」
シュタッとおれたちは降り立った。
事前確認通り、謁見の間にはだれもいなかった。
けど、これからもそうであるとはかぎらない。
廊下のほうからは、バタバタと人が行き交う足音と怒鳴り声が響いている。
「こりゃ、廊下は無理だな」
「ですね」
「寝室はどっち?」
「あっちです」
ユウキが指し示す壁に近づき、おれは竜滅刀を振るった。
「師匠!?」
普通なら壁が崩壊する音が響くのだろうが、聞こえたのはユウキの声だけ。
小石サイズに斬り刻んだ結果、微細な音しか鳴らなかった。
「よし。いくぞ」
幸いにして、隣りの部屋にはだれもいなかったが、壁の向こうには人の気配がする。
「しかたねえ」
おれは足元に小さなレーザーショットを放った。
覗き穴の完成だ。
「どれどれ」
確認した結果、人影はなかった。
たださっきと違い、床に穴を開ければ、落下音は防げない。
外にモノを投げて音をごまかす方法もあるが……
(ダメだな)
音はどうにかなっても、震動まではごまかせない。
「地道にいくか」
急がば回れ。
細いレーザーショットで穴を拡大するのがベストだと思う。
(いや、待てよ!?)
もっといい方法を思いついた。
ただ、それを行うには確認が必要だ。
「竜滅刀。ドリルのような使いかたをしても許してくれるか?」
刀身が光った。
問題ない!
なんとなくだが、そう言ってるような気がする。
「ありがとう。んじゃ、遠慮なく」
覗き穴に刀身を差し込み、すりこぎを回すように床を削っていく。
落下物も粉状になっており、音を気にする必要もない。
穴はみるみる広がり、一分もせずに人が通過できるサイズに広がった。
「凄いですね。師匠」
「おうよ。おれの愛刀は世界一だ」
当然です!
おれが胸を張るように、竜滅刀も自らを誇っている。
「よっ」
おれとユウキは下の部屋に移動した。
「この部屋の隣りが、王様の寝室です」
「んじゃ、早速」
竜滅刀で壁を斬ると、室内にはベッドに寝かされたカブレェラ王と、黒いフード付きマントを羽織った男がいた。
「ちっ」
舌打ちした男がナイフを振りかざす。
狙いはカブレェラ王だ。
「させるか!」
瞬時にユウキが動いた。
けどダメだ。
間に合わない。
「死ね!」
振り下ろされたナイフが刺さる前に、
「死なせねえよ」
ユウキより先に動いていたおれの蹴りがヒットした。
ドン!
吹き飛んだ男が、結構な音とともに壁に激突した。
(ヤベェ)
せっかくここまで忍んできたのに、騒音を奏でてしまった。
「王様、いかがなさいました?」
「開けるな! 余は大丈夫だ」
ドアノブは回されたが、扉は閉まったまま。
カブレェラ王の一声が効いたようだ。
「いいのかよ?」
「助けてもらった礼だ」
「勘違いだよ。おれはこれ以上濡れ衣を着たくなかっただけだよ」
部屋にあったヒモを使い、フード男を縛った。
「ったく、あぶねえじゃねえか」
「解け! くそっ、なぜ貴様がここにいる!?」
「その説明の前に、顔を拝見だな」
フードを取ると、鶏がらの宰相が顔を見せた。
「お、王様。これは違うのです。私はこやつにハメられたのです」
「王様を殺せば、次期国王にしてやるって?」
「そ、その通りだ」
宰相がぶんぶんうなずいている。
これはたぶん、ウソじゃない。
その提案は事実としてあったのだろう。
ただ、取引相手がおれじゃない、というだけだ。
「アズールもずいぶんと奮発したみたいだな」
宰相が目を見開いた。
ビンゴらしい。
「驚くことじゃねえだろ。現状でその提案ができるのは、リリィ姫を攫った魔族領の人間しかいねえんだからよ」
「違う! 私は知らない」
「そうかい。んじゃ、一つだけ教えてくれよ。リリィ姫はいまどこにいる?」
「し、知らない」
「隠してもいいことねえぞ。ってか、情状酌量を得たいなら、素直に話したほうが得なんじゃねえか?」
かぶりを振り続けていた首がピタッと止まった。
「魔族の王城で幽閉されている」
だいぶ打算的に生きているようだ。
「生きてるんだよな?」
宰相がうなずいた。
「よし。んじゃ、今度こそ行くぞ」
「はい!」
「待て!」
なぜかカブレェラ王に呼び止められた。
「こんなことを言えた義理ではないが、リリィを救ってくれ」
顔を歪めたカブレェラ王が、ベッドの上で土下座した。
身体が痛いからではなく、後悔が生み出した表情と土下座だと思う。
「ユウキ、お前が答えろ」
「その任務、必ず遂行してみせます!」
「だってよ」
「恩に着る!」
頭を下げ続けるカブレェラ王と捕縛した宰相を残し、おれたちは魔族領に向かうのだった。