239話 勇者はニヤッと笑う
「俺も行く、って、どこへだよ?」
「師匠とともに、魔族領に向かいます」
「それはべつにかまわねえけど、急にどうした?」
「勇者とは、皆の幸せを守るために努力し続けなくてはならない、と教えられてきましたし、そうあろうと実践してきました」
すばらしい心構えと立ち振る舞いだが、ユウキにとっては重荷だったのだろう。
息苦しそうな表情が、それを物語っている。
「教えを無視するぐらい、大事でゆずれないモノがあるのか?」
「リリィ様には、幸せになっていただきたいです」
ユウキが大衆より個人を優先するのは意外だった。
普通に考えれば、それは恋心や愛情から派生するのだろう。
けど、短絡的に決めつけるのはよくない。
人が動く理由は、千差万別なのだ。
「恩があるのか?」
「はい。今の俺があるのは、リリィ様がいたからです」
聞けば、幼いころリリィにスカウトされたからこそ、ユウキは騎士団に入隊できたそうだ。
「そっか。なら、一緒に行くか」
「いいのですか!?」
「断る理由はねえよ」
強いて言うならフレア王国内がゴタついたままになるが、短期間なら大丈夫だろう。
武器や防具は数を減らし、ケガ人もいる。
それらを再編して動かすには、数日は必要だ。
(ゲームと違って、規模の大きい行軍は統率と準備に時間がかかるからな)
その間を見積もっていいなら、放置してもいいだろう。
「んじゃ、さっさと動いて終わらせるぞ」
「はい!」
おれたちは牢を出て、地上に向かった。
「そういえば、荷物はどうした?」
「没収されました。けど、保管場所はわかります」
「よし。んじゃ、案内してくれ」
「はい」
地上に出たおれたちは、場内をグイグイ進む。
「だれもいねえな」
不思議なほど人とすれ違わない。
カブレェラ王と対峙した闘技場まで行くときでさえ、そこそこ人とすれ違ったのだが……
「ここです」
ユウキが案内したのは、魔法の縄があった部屋だ。
「よし。んじゃ、ちゃっちゃと回収していくぞ」
ドアを開けた瞬間。
「ファイヤーボール!」
いきなり魔法を放つ輩がいた。
「アイスショット」
慌てず騒がず冷静に、相殺すればなんの問題もない。
「やるわね」
魔法を撃ったセリカが、悔しそうな表情を浮かべている。
「危ないじゃないか。なんで俺たちを攻撃したんだ!?」
「勇者を救うためよ」
「ユウキ。お前は騙されている!」
「後ろの男は異世界より降臨した悪魔なのです」
抗議する義するユウキを、セリカ、ガイル、エレンが説得している。
仲間想いのいいヤツらだが、最後の言葉は気になった。
「おれが異世界より降臨した悪魔って、どういうことだよ?」
「シラを切り通せると思うな! 貴様がこの世の者でないからこそ、ミノタウロスを簡単に殺せたのだ!」
間違ってはいないが、おれが訊きたいのは、そういうことじゃない。
「なんで急にそんな話になったんだよ? だれだ? 言い出しっぺは」
「図星をつかれ困ったようだな。語るに落ちるとはこのことだ!」
失言したつもりはないが、したらしい。
「首をひねっても駄目よ。いままさに、自分が異世界人だと認めたじゃない!」
犯人を突き詰めるようにセリカがおれを指さすが、なにをどう聞けばアレで認めたことになるのだろう。
隣りでユウキも首をひねっているから、おれの理解が足らないわけではない。
「師匠……これは一体……どういうことでしょう?」
「さあな? わからないから、訊いてみようぜ」
「無駄ですよ」
目を合わせた途端、エレンかぶりを振った。
言葉を交わすつもりはない、という意思表示かと思ったが、違うようだ。
「あなたの催眠は通じません!」
すべてお見通しといった感じだが、皆目見当がつかない。
しかし、黙ってはいけない。
ちゃんと否定しないと、無言の肯定とみなされてしまう。
「催眠なんてできねえよ」
「嘘で油断させようとは、どこまでも姑息な輩ですね」
否定してもダメだった。
「証拠は掴んでいるのです。善人を装ったあなたが王様を洗脳し、国内を混乱させるだけでなく、魔族領をも占領しようとしていることは」
衝撃の事実だ。
まさかおれがそんなことを企んでいたとは……
「って、バカ言ってんじゃねえよ。頼まれたって、こんな国いらねえよ」
「嘘つくな! ボクたちは王様から聞いているんだぞ! ユウキがキミに洗脳されたって!」
(なるほど。そういうことか)
合点がいった。
いままでどこにいたのかは知らないが、勇者パーティーが持つ情報は古いのだ。
ユウキを同行させるために流したウソ情報を、いまだに真実だと信じ込んでいる。
「みんな誤解だ。師匠は悪くない」
ユウキも気づいたようで、おれとの間に立って手を広げている。
「いい加減に目を覚ませ! そいつは精鋭部隊を壊滅させただけでなく、王様を半殺しの目にあわせたのだぞ!」
「いや、壊滅も半殺しもしてねえよ。せいぜい二、三日寝込む程度だろ」
「それは貴様の主観だ。現に王様は今まさに死の淵をさまよっておられるのだ!」
ありえない。
けど、ガイルの憤怒の表情と、涙が浮かぶ瞳はそう思わせない。
「ユウキを洗脳し戦争への足掛かりを画策した貴様は、それに気づいた王様が邪魔になり、今回の凶行に走ったのだ」
間違ってはいるが、推理の方向は当たっている。
ただ、解せないのも事実だ。
「なあ、それってだれかの入れ知恵だよな?」
!?
一瞬だが、勇者パーティーの面々がドキッとしたような表情を浮かべた。
線が繋がった気がする。
「おいユウキ。アレがお前のだよな?」
部屋の隅に置かれている剣と防具には見覚えがある。
「はい。そうです」
「よし。んじゃ、アレを回収していくぞ」
「くるぞ!」
ガイルが武器を構えたが、おれはその脇を通り過ぎて装備を回収した。
「んじゃ、さようなら。おれたちは魔族領に行く用事があるからよ」
窓を開け、おれは外に飛び出した。
ユウキもちゃんとついてきている。
「ふははははは。悔しかったら追ってくるんだな!」
わざと悪役臭い言葉を残し、おれは城外を目指す。
「くそっ! 追え!」
ガイルの悔しそうな叫びが耳に届き、おれはニヤッと笑った。