238話 勇者はカギを開けた
地下牢は薄暗くジメジメしている。
牢屋の中で椅子に座るユウキが燃え尽きたボクサーのように見えるのは、その影響もあるだろう。
「ようっ! 元気だったか!?」
ことさら、大きめに声をかけた。
「師匠!?」
顔を上げたユウキは、物凄く驚いている。
「ど、どうして……ここにいるのですか!?」
「カブレェラ王と契約破棄の話し合いをしに来たついでにな」
「王様と……言葉を交わされたのですか?」
「ああ。双方合意の上で、契約は破棄されたよ」
「では……リリィ様の救出は行われないのですね」
ユウキの肩がガクッを落ちた。
明らかに残念がっている。
「助けたいのか?」
小さくうなずいた。
「なら、助けに行けばいいじゃねえか」
今度はかぶりを振られた。
助けたいけど、助けられない。
事情があるのだろうか。
「ケガしてんのか?」
目立った外傷は確認できないが、どこか痛めている可能性はある。
「大丈夫です」
「なら、動けない理由はないだろ」
「俺は、フレア王国第一師団付属特務部隊隊長です」
立場上勝手な振る舞いは許されない、ということだろう。
「そっか。ならしかたねえな」
理由があるなら、あきらめるしかない。
「んじゃ、ここでさようならだな」
「ええっ!?」
「驚くのもわかるけど、おれがフレア王国に戻ることはないと思うからよ」
「どこに行かれるのですか?」
「魔族領だよ」
一瞬口を開きかけたが、ユウキは言葉を閉じ込めるように唇を噛んだ。
「ユウキにはなんもしてやれなかったけど、牢屋のカギだけは開けてやるからな」
入り口付近から持ってきたカギの束から、当該の物を探す。
(ダメだな)
同じような形状で見分けがつかない。
時間はかかるが、一つずつ試していったほうが早そうだ。
「違う違う。これじゃ、これじゃな~い」
替え歌を口ずさみながら、どんどん鍵穴に挿していく。
「師匠は迷わないのですか?」
「絶賛迷い中だよ」
全然解錠できない。
「そうじゃありません!」
もちろん理解している。
どうやら、ちょっとした言葉遊びをする余裕もないらしい。
「おれが迷わないのは、背負うべきモノがないからだよ」
「ステルやフミマにいた子供たちがいるではないですか」
「まあな。けど、あいつらの未来は、おれがどうこうする問題じゃねえからな」
生きるレールのようなモノを敷いたかもしれないが、その上を走るかどうかは個人の自由だ。
文句が無いなら進めばいいし、イヤならほかの道を探せばいい。
進むスピードも各人の自由だ。
新幹線がいてもいいし、特急、快速、各駅停車がいてもいい。
大事なのは、それぞれが未来を選べる、という事実である。
そしてそこには、走ってみたけど心地よくないから脱線する、者がいてもいい。
(ただ、これは日本人だから言えることなんだよな)
絶対王制の国で育った者に、それを納得させるのは非常に難しい。
(おれがいなくなれば、元の木阿弥、ってこともあるだろうしな)
個人的にはその可能性が高い気がするが、悲観してもしかたがないし、良いほうに転がると信じたほうが気持ちも明るくなる。
「だからこそ、最低限の下地は作ってやんねえとな」
ユウキが首をかしげている。
「みんな仲良くは無理かもしんねえけど、ある程度折り合いをつけてやれば納得するだろ? 自分が大陸の覇者じゃなくてもよ」
「無理です。王様は納得しません!」
「そうでもねえよ。現に自分が最強だ、っていう幻想は打ち砕いたからな」
…………
「王様を……倒したのですか?」
「ついさっきな」
「あの金色の装備を身に着けた王様を?」
「宝剣は無事だけど、鎧は砕け散ったよ」
「さすがは師匠。俺とは雲泥の差ですね」
それはたぶん、力量の差ではなく、覚悟の差をさしている。
「殴ってでも止めたかったのか?」
「はい」
迷いない答えだ。
「でも、出来なかったんだよな?」
「……はい」
肯定の声は小さかった。
静かな牢屋でなければ、聞き取れなかっただろう。
「ステルと師匠の会話を聞き、王様が戦争準備をしていることを理解しました。だから俺は、師匠と別れて戦争回避を訴えに戻ったんです」
軍部に精通していたユウキは、おれより先にすべてを把握したようだ。
「リリィ様が攫われた魔族領と開戦すれば、その身は確実に危うくなりますし、罪なき民も無事では済みません」
至極真っ当な意見だが、それが通らないのはおれも目の当たりにしている。
「矛を収める気のない王様を止める方法は、たった一つでした」
「実力行使か」
「はい……でも駄目でした。おれに覚悟がなかったから、剣を構えることすらできませんでした」
「覚悟?」
「命を懸ける覚悟です」
「また大層だな」
「それぐらいでなければ、事態は変わりません」
わからないでもないが、それこそ個人が背負うモノではない。
「勇者として、上が間違っているのなら戦ってでも止めるべきなのです。けど、おれにはそれができませんでした」
ユウキがギュッと拳を握る。
「王様を討てば、路頭に迷う仲間がおり、父を失って泣くリリィ様がいます。そして、混乱に乗じて魔族領が攻めてくるかもしれません。それを考えたら、おれは動けなかったんです」
ネガティブに考えすぎだ、とは言えない。
それはだれかを思えば、至って当然の思考なのだから。
「そういうことなら、後のことは任せるよ」
「後のこととは?」
「フレア王国を一つにまとめてくれ」
「無理です」
「無理でもなんでもそれは勇者の仕事だよ。とはいえ、特段難しい話でもねえよ。おれがしてほしいのは、内輪揉めをするな、ってことだけだからよ」
国内でジッとしてくれていればそれでいい。
「師匠の言葉のほうが説得力があります」
「おれはダメ。さっきも言ったけど、これから魔族領に行くからよ」
「何をしに行かれるのですか?」
「リリィ姫を探しながら、停戦交渉にな」
ユウキが驚いて目を見開いている。
「そんなことが可能なんですか?」
「わかんねえよ。けど、やる価値はあると思ってる」
ガチャと音がした。
カギが開いたようだ。
「よし。んじゃ、おれは行くな」
「待ってください! 俺も行きます!」
立ち上がったユウキが、おれを真っ直ぐ見つめている。
その顔は、勇者のそれだった。