236話 勇者は再度ラーメンを食す
フミマ共和国を後にし、おれはゆっくりとした足取りでフレア王国を目指している。
途中、妨害があると予想していたのだが、いまのところそれもない。
暖かな日差しを浴びつつ、さわやかな風を感じるだけだ。
不穏な空気も一切ない。
(このまま、だれともすれ違わずに入国できる……そんなことねえんだろうな)
…………おれの心配は杞憂に終わり、何事もなくフレア王国に入国できた。
(平原で襲われなかったのは初めてだな)
普通のことだが、ちょっと感動している自分がいる。
このまま先に進んでもいいが、順調過ぎるのも問題だ。
(ステルたちのためにも、ある程度時間は潰さないとな)
ぐう~、っと腹が鳴った。
空腹は感じていなかったが、音を聴いたらそうなった。
「よし。飯にすっか」
幸い、この町には一度滞在している。
どこにどんな食事処があるかは理解しているが、
「再訪するしかねえよな」
前に食べたラーメン屋一択だ。
「んん!?」
店の前には五人並んでいた。
(まあ、この程度ならいいか)
並ぶのは好きじゃないが、これは許容範囲である。
おれも最後尾に加わった。
「ごちそうさま。いや~、何度喰っても美味いね」
「ありがとうございます! またお越しください!」
店員に見送られ、ユウキと食べた思い出のラーメン屋を後にした。
「うぷっ。ちょっと食いすぎたな」
前回のメニューにシュウマイを追加したこともあり、腹パンパンだ。
いま襲撃されたら、リバースしてしまうかもしれない。
「しかたねえ」
もう少しブラブラするつもりだったが、消化運動もかねて先に進もう。
「目指せ王都! だな」
「そいつはやめといたほうがいいよ」
独り言に返事があった。
声をかけてきたのは、隣りにいる初老のおばさんだろう。
「よくないことでもあるんですか?」
「御上が拳を振り上げるみたいだよ」
「そうなんですか。それは物騒ですね」
「ああ。老い先短い婆が死ぬのは構わないけど、若いもんが先に逝くのは悲しいからね」
女性の表情は憂いに満ちている。
もしかしたら、だれか大切な人を失った経験があるのかもしれない。
「ごめんね。あんたの身なりを見たら、つい余計なことを言っちまったよ」
冒険者っぽいおれと、戦地が重なったのだろう。
「婆のいけないところだね」
「そんなことはありませんよ。心配してもらって嬉しいです」
「ならよかった。じゃあ、気をつけてね」
「ありがとうございます。そちらもお元気で」
互いに会釈し、おれたちは別れた。
町の入り口は真っ直ぐだが、おれは最初の路地を曲がって足を止める。
…………
ちょっと待ったが、女性が追ってくることはなかった。
(違うのか)
ハリス盗賊団の連絡員が接触してきたのだと勘違いしてしまった。
純粋におれを心配して、声をかけてくれただけのようだ。
(ありがたいな)
感謝と同時に、ある思いが湧いた。
「根っこは腐ってねえな」
これなら、国の再生もできるだろう。
「後は……どんだけ被害を出さないか、だよな」
そんなことを考えながら、おれは王都に向かうことにした。
「ああ……こりゃ、無理だな」
王都は見えないが、武装した軍隊を視界に捉えている。
その規模数百人。
進軍こそしていないが、標的がおれであることは疑いようがない。
「さて、どうすっかな」
話し合いで片づくなら最高だが、そんな都合よくはいかないだろう。
なにせ、遠目からでもやる気満々なのが伝わってくる。
「あの~、先に結んだ契約について、カブレェラ王と確認作業をしたいのですが」
一応、下から接してみたが、無駄なようだ。
「消えろ!」
取り付く島もない。
「そうもいかないんすよ。なんとか取り次いでもらえませんかね?」
「ならん! 第一、貴様のようなどこの馬の骨ともわからぬゴロツキが、王への謁見など叶うはずがないだろう!」
面識がなければ、そう言うのも当然だ。
(数日前に現れた転移者は、その辺のごろつきと変わんねえよな)
とはいえ、これだけは言わせてもらう。
「お前らの装備は、おれがいたから完成したんだぞ!」
ピカピカの鎧や武器は新品その物であり、魔獣を素材にした件の新装備で間違いない。
「それを見抜いたのは褒めてやるが、その性能までは見抜けないようだな。上からは発見しだい殺せと仰せつかったが、その必要もない! さっさと消えろ!」
見なかったことにしてくれるらしい。
(意外と優しいな)
まさか慈悲をかけてもらえるとは思いもしなかった。
けど、それに応じてやることはできない。
おれは王都に用があるのだ。
「それ以上は看過せんぞ」
兵士の眼光と声が一段と鋭くなった。
歩みを停めず、踵を返すこともしないおれが気に入らないようだ。
「攻撃開始!」
『おおおおおおおおおおおおお!!!!』
怒号ととともに、騎士団が襲いかかってきた。