235話 勇者の足取りが軽くなる
「ステル。子供たちは元気か?」
「えっ!? な、成生様!?」
おれの登場に驚いたのも束の間。
「見ての通り、元気に遊んでおります」
すぐにそう説明してくれた。
楽しそうに駆け回っているから、間違いはないだろう。
「鬼ごっこ……じゃなくて、ドロケイだな」
複数人が逃げ、複数人が追いかけている。
「ドロケイとはなんですか?」
「気にしないでくれ。子供たちが遊んでる姿が、おれの知ってるドロケイって遊びに似てただけだからよ」
「そうですか。その遊びのルールも気になりますが、ヤスモ王国での首尾をお聞かせください」
「そのことなんだけど、詳しくは彼に聞いてくれ」
「彼!? まさか!」
歩いてくる執事に気づき、ステルが目を見開いた。
「その反応からして、彼がだれなのかは知っているんだよな」
「……はい」
ステルがうなずいた。
一拍の間があったのは、知らないフリができるか考えたのだろう。
「この町の暗部を仕切る方であり、私の上司でもあります」
「ハリスと申します」
名乗りながら、執事がお辞儀した。
「いつからご存じだったのですか?」
「お前らの関係もハリスさんのことも、ついさっき聞いたよ」
ヤスモ王国から戻る馬車の中で説明された。
「そうですか。黙っていて、申し訳ございません」
「べつにかまわねえよ。ただ、悪いと思うなら、一仕事してもらうぞ」
「仕事……ですか?」
「そう。とっても大事な仕事だよ」
ステルの頬を一筋の汗が伝った。
たぶん、イヤな予感を覚えているのだろう。
(さすがだな)
感心すると同時に、的中を教えてやることにした。
「ステルには孤児院の設立と子供たちの職業訓練をしてもらうことになった」
「はあ!?」
「驚くのはよくわかる。けど、これは決定事項だから」
「いや、待ってください。私の上司はハリス様であり、成生様ではございません」
「その点は問題ない。これはマケ・レレ商会の決定であると同時に、ハリス盗賊団の決定でもある」
ステルが絶句している。
自分を助けてくれるはずの上司に、はしごを外されたのだから当然だ。
「わかる。混乱するよな」
自分の知らぬところで話が進んでいれば、そうなるのは当然だ。
しかもそれが、ひた隠しにしてきた部分なのだから、なおさらだろう。
「いや~、おれも驚いたよ。まさか、ハリス盗賊団のハリスが名跡だとはな」
マケ・レレと同じ扱いで、いまは目の前の男がその地位にある。
本名をヴィエラと言うらしい。
断言できないのは、本人から聞いたわけじゃないからだ。
「まあ、なんにしろ。これでステルとの契約は果たせるからな」
「なんでそうなるのですか!? 戦争を回避しなければ、子供たちの安全は担保されませんし、私との約束は戦争の回避です!」
「当然、その契約は果たすよ」
「どうやってですか!?」
ステルの剣幕がすごい。
「これからカブレェラ王に会いに行く」
「無理です! もう、個人でどうにかできる分水嶺は過ぎています」
「ユウキが捕まったのも知ってるんだな」
「もちろんです。第一報を届けたのは、フレア王国に潜入させている私の部下ですから」
「容疑は?」
「反逆罪です」
マケ・レレのところには詳しい罪状までは報告がなかったが、ステルにはあったようだ。
「にわかには信じられないけどな」
あの実直な性格のユウキが、反旗を翻すとは考えられない。
「苦言を呈するぐらいなら、想像できるんだけどな」
ダメなものはダメ! とはっきりと言うだろう。
「それがいけなかったようです。フレア王国に戻ったユウキ様は、カブレェラ王の振る舞いを咎めたそうです」
「マジか!?」
「間違いありません。ユウキ様は、力による侵略を認めない! と王宮で宣言されたそうですから」
「なるほど。その準備をしているカブレェラ王からすれば、一番言われたくないセリフだよな」
ユウキの真っ直ぐな性格を好む者は多いはずだし、勇者という肩書もプラスに働くだろう。
表立って追従する者もいるだろうし、捨ておくことはできないはずだ。
だからこそ、カブレェラ王はユウキを反逆罪で捕らえたのだと思う。
「よっぽど自信があるんだな」
「フレア王国はそのための力を蓄えております」
聞けば、フレア王国の軍備拡大はいまに始まったことではないらしい。
数年前から魔獣の素材を含んだ武器の開発を行っており、強度を上げる研究や製作時間の短縮は成功しているそうだ。
「なるほど。だから、たった数日で大量生産できたのか」
「脅威はそれだけではありません。成生様によって折られた宝刀も修復されただけでなく、数段レベルが上がった状態に仕上げられたそうです」
ステルは唾を呑み込むが、おれにその危機感は伝わらなかった。
「まあ、なんとかなるだろ。それより、ステルは各地にいる子供の安全を優先してくれよ。でないと、契約を果たしても意味ねえだろ」
「まさか……武力制圧なさるおつもりですか?」
「しねえよ! ったく、どいつもこいつも人を歩く殺人兵器みたいに言うんじゃねえよ」
とはいえ、おれにその気がないというだけで、フレア王国や魔族領の反応などは未知数である。
最悪、やり合うこともあるだろう。
「では、どうされるのですか?」
「相手次第だよ。だからこそ、どうなってもいいように避難するんだよ」
「短時間でそれは無理です」
「わかってるよ。だからこそ、ハリス盗賊団の力が必要なんだよ」
「我々は各国に散らばる混成部隊だからな。メッセンジャ―として役割をこなすには最適だ」
ハリスが付け加えた言葉で、ステルは理解したようだ。
「了解しました。直ちに身の安全を確保するように通達します!」
「話が早くて助かるよ」
「存分に働け。その際、ここにいる子たちのことを気にする必要はない。ハリスの名跡に誓い、何人も手出しはさせん」
「はっ! ありがとうございます!」
空気に溶けるようにステルがいなくなった。
「お茶でも飲んでいかれますか?」
速攻でおれが動くと、通達が行き届く前に衝突する可能性がある。
ハリスの誘いは時間稼ぎの意味も兼ねているのだろうが、おれは遠慮することにした。
「トボトボ歩いていくよ」
良くない連中に襲われた場合、ここに留まるより動いていたほうが対処がしやすい。
「そうですか。では、お気をつけていってらっしゃいませ」
「ありがとうよ」
「餞別ではございませんが、一つ報告させていただきます。グルドの主人は快方に向かっております。成生様の初期治療の効果が高く、後遺症も残らない見込みです」
早く歩いてはいけないのだが、足取りが軽くなるのをとめられなかった。