234話 勇者はユウキの捕縛を知る
「よし。潰すか」
「お待ちください!」
おれの宣言を聞き、マケ・レレが両手を広げた。
その表情は真剣で、身体からは命に代えても止めてみせる、みたいなオーラを立ち昇らせている。
「冗談だよ」
「心臓に悪い冗談はお止めください。国主が死んでしまいます」
たしかに顔面蒼白だ。
心臓を押さえているが、大丈夫だろうか?
「!! ぶはっ!」
息を吹き返したようだ。
「冗談というのは、皆がそうであると判断できて、初めて成立するモノです」
口調こそ穏やかだが、批難の色が濃く出ている。
「悪かったよ。それと、口調がクロードになってるぞ」
「おほん」
マケ・レレが、あえて咳払いを口にした。
切り替えるためには必要なのだろう。
そして、そうでもしないとダメな破壊力があったようだ。
(イカンな)
緊迫した空気を和ませるつもりだったが、逆効果だった。
「取引をしてくださるのなら、これだけは覚えておいていただかなければなりませんぞ。わてが望むのは現状維持です。これは天変地異が起きても覆せない決定であり、いついかなる理由があろうとも、フレア王国にも魔族領にも消えてもらっては困るのですぞ」
ことさらに強調するということは、それぐらいゆずれない、ということなのだろう。
「でもよ、実際はだれも血を流さずに統一できたら、それがベストなんだろ?」
「わかりました。みんなが幸せになる、と言ったことは謝りますぞ」
マケ・レレが深く頭を下げた。
「揚げ足を取ってるわけじゃねえよ。みんな幸せ、って謳ったところで、そんなの無理なのは百も承知だからな。おれが知りたいのは、それを成す人物が描いてる画だよ」
「わての理想は現状維持で間違いありません。フレア王国と魔族領がお互いを出し抜こうと画策したモノを破壊しながら、フミマ共和国で愉快に楽しく商売がしたいだけですぞ」
「それは都合よすぎるだろ」
「理解はしておりますが、それぐらいの利益は認めていただきたいですな。すべてが終わった後、わては死ぬほど忙殺させられるのですから」
「具体的には?」
「表立った停戦協定の締結と、混乱するであろうフレア王国と魔族領に対する経済的支援。ハリス盗賊団の解体と、解雇した連中の再就職支援。当然、ここにはカナはんたちも含まれます。そして最後に、フミマ共和国を含むすべてで被災された方々への手厚い支援ですな」
それは治世者が行うモノであり、一商会の代表が担うモノではない。
「まるで大陸の覇者みたいだな」
ニコニコするだけで、マケ・レレは否定も肯定もしなかった。
本人にもその自覚はあるのだろう。
(まあ、当然だよな)
おれに対してやると言ったことは、それぐらいの覚悟と自負がなければ、到底成し得ないモノだ。
(マケ・レレはやる気みたいだけど、おれなら絶対ヤダもんな)
やるべきことを考えただけで泣けてくる。
だからこそ、言質は取っておくべきだ。
「本当にやり遂げるんだな?」
「マケ・レレの名に懸けて」
本当のところ、それがどれほどの重さを有しているのかはわからない。
けど、クロードにとって、軽くないことだけはたしかだ。
(まあ、最終的におれが信じるかどうかだけなんだよな)
不信が残るのなら、交渉を打ち切ればいいだけの話である。
ただ、おれにその気はない。
(どうしたって、ステルやカナたちには支援が必要だもんな)
いまの所持金でどうにかなるのは数週間が限度だ。
それ以降は若旦那のところで働きながら徐々に自立する予定だったが、いまとなってはご破算である。
治療やリハビリでどうにかなればいいが、最悪廃業だってあるだろう。
「結論から先に言わせてもらうと、おれとしてはマケ・レレの提案を受け、契約を結ぶことに相違ないよ。けど、いくつか確認させてくれ」
「なんなりと」
「ハリス盗賊団を解散するなら、後ろ暗い仕事はなくなるのか?」
「残るでしょうな」
マケ・レレの回答に迷いはなかった。
「清廉潔白で噓偽りのない世界は理想ですが、実現は不可能ですぞ」
付け足されたのは達観したセリフだが、おれも同意見だ。
地位や徳の高い人物が融和を説いたところで、全員が手を繋ぐことなど不可能なのだ。
(神様同士だってモメてんだからよ)
サラフィネとクリューンもバチバチだった。
(人間ならなおさらだよな)
悲しいことかもしれないが、それが現実である。
「なら、いまみたいに汚い裏仕事に子供たちを引き込むのか?」
「そうなる子もいるでしょうな。ただ、改善は図りますぞ」
「どうやって?」
「わてが間接雇用し、後継者や人材不足の店に派遣しますぞ」
それはすばらしい試みだが、額面通りのモノだけではない。
人材派遣を行った会社でどんな業務をこなしたかを聞けば、そこがどれほどの経済基盤を持っているのかを推測することは可能だ。
電話やインターネットのないこの世界において、それは絶大な効果を発揮するだろう。
裏から探るのではなく、表から堂々と探らせるわけだ、
(マケ・レレって、頭いいよな)
さすがは大国の宰相である。
「ご安心ください。望まざる者を間者にはいたしませんぞ」
こちらの考えもお見通しのようだ。
「そんな心配はしてねえ、って言えばウソだけどよ。その辺は勝手にしてくれよ。ただ、あのリゾートにも派遣はするよな?」
「すぐには無理ですが、技術が備われば第一に」
自分の利益が最優先。
それを隠さないマケ・レレは、信用できる。
少なくとも、表面だけキレイに見せる者よりはマシだ。
「オッケー。わかった。もう大丈夫だ。マケ・レレの提案、受けるよ」
「ありがとうございます。では、これからの動きですが……」
「失礼します!」
息を切らせた男が入室してきた。
「何事だ!?」
「火急の知らせが届きました!」
男の手には手紙が握られている。
「見せてみろ…………これは驚きましたな。フレア王国にて、勇者ユウキが反逆罪で捕らわれ、収監されたそうですぞ」
「はあ!?」
にわかには信じがたいが、手渡された手紙にはたしかにそう書かれている。
「誤報の可能性は?」
「ありませんな」
「そっか。なら、おれの動きは決まったな」
「助けに行かれるのですな」
「結果的にな」
怪訝な表情を浮かべるマケ・レレに、おれはこう告げた。
「おれの目的は、カブレェラ王だよ」