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232話 勇者は提案される

 クロードがベッドサイドにあるハンドベルを二回鳴らすと、メイドがワゴンを押しながら入室してきた。


「お飲み物はいかがいたしましょう?」

「コーヒーありますか?」

「はい。ご用意しております」

「じゃあ、コーヒーをお願いします」

「かしこまりました」


 あっという間にセッティングを終え、メイドが退出した。

 クロードや王様の好みは確認しなかったが、きちんと用意されている。

 さすがの一言だ。


「いただきます」


 椅子に座り、ティーカップに口をつけた。


(美味い)


 パンチのある苦みとフルーティな香りが、絶妙なバランスで口に広がる。

 この世界に来て、マズイものを口にした記憶がない。


(食い倒れの旅なんて、楽しいだろうなぁ)


 グルドを拠点にすれば、出先で外れを引いても問題ない。

 若旦那の料理で、いくらでも口直しはできる。


(ああ、でもアレか。若旦那、ケガしてんだよな)


 いまの状態はわからないが、大事ないことを祈るばかりだ。


「お考え中ところ申し訳ございませんが、もう少しお付き合いください」


 クロードの言葉で、おれは現実に引き戻された。


「悪い。続けてくれ」

「付け足したいのは、ミドナ王国のことです」

「いや、ミドナは存在しないだろ」

「その通りです。しかし、おかしいと思いませんか? 王族が皆殺しにあったにも係わらず、国が体制を保持することなどあるのでしょうか?」


 たしかにそうだ。

 ミドナ王国が現存している理由がない。


「普通に考えたら、クーデター以外考えられねえもんな」


 でなければ、王族を殺す必要などだれにもない。


「その通りです。ミドナはクーデターにあい、ハリス盗賊団に乗っ取られたのです」

「なるほど。だから国の名前が変わんねえのか」


 バカ正直にハリスの看板を掲げるより、ミドナの看板を掲げたままにしておいたほうが動きやすいはずだ。


「ったく、とんでもねえヤツらだな」

「いえ、その評価は誤りです。あの連中は、上司の命令に従っただけです」


 ????


「はあ!?」


 意味がわからない。


「ハリス盗賊団はミドナ王国に本拠があるってことは、ミドナ王国の子飼いだろ?」

「違います。ハリス盗賊団とは、フレア王国、ミドナ王国、魔族領の三方が人材を出し合い組織した諜報部隊です。ですから、本拠はミドナ王国に存在しようとも、ミドナ王国の犬ではありません」

「三国共同の諜報部隊……フミマ用か」

「正確には、我が国とフミマに対する調査と暗躍が仕事です。ですから、我が国とフミマに対する報告に虚偽は許されませんが、それ以外は欺き裏切りなど、何でもありだったようです」


 頭が痛い。

 なにをどう考え、どんな結論に達したら、そんなものが出来あがるのだろうか。


「ってか、よくそんな組織を抱えるよな」


 不発弾の下で眠るような感覚が、おれには理解できない。


「それについては同感ですね」


 クロードだけでなく、王様も深くうなずいている。


「遅い早いは関係なく、いずれ暗殺は実行されていたでしょう」


 同感だ。

 他国の勢力を含む諜報部隊を国内に囲い込むなど、殺してくれと言っているようなモノである。

 思慮が足りないのか、上手く利用できると勘違いしたのか。

 どちらにせよ、知恵不足である。


「ただ、それと今回の戦争は別の話です」

「だよな。暗殺は数年前に完遂してんだからな……って、待てよ」

「お気づきのようですね」

「おれが原因か」


 机に突っ伏してしまった。


「その通りです。突如現れた巨大戦力が、フレア王国と魔族領の均衡を崩したのです」

「マジかよ!? おれはてっきり、ミノタウロスを駆逐したことがいけなかったんだと思ったんだけどな」

「その予想で合っています。ただ両国にとって、成生様の存在は想定外でした」


 想定外……それはなんとなく理解できる。


「あのミノタウロスは魔族領からの宣戦布告で、リリィ姫とユウキたち主戦力の殺害が目的だったんだな。けど、おれが乱入したことで、無傷で終わったわけだ」

「その通りですが、補足があります。魔族領からすればミノタウロスがあっさり殺されたのは計算外ですが、フレア王国ならそれは可能だと想定していたはずです。だからこそ、ちゃんと次の手を用意していました」

「リリィ姫の誘拐だよな」


 クロードがかぶりを振った。


「魔族領が計画していたのは、ミノタウロスの強奪です。しかし、彼らが想定していたのは爆発四散した破片の回収だったようで、ほぼ無傷の巨体を持ち帰る術は用意していませんでした。ですから、仕方なく時間稼ぎにリリィ姫を攫ったのでしょう」

「なるほど。でもそれだと、想定外は魔族領だけじゃねえか?」

「フレア王国側の誤算は、成生様の存在そのものです。カブレェラ王からすれば、ミノタウロスを軽く屠り、自らをはるかに凌駕する成生様を捨ておくことはできません。もし仮に敵になろうものなら、我が国と事を構えるぐらいの一大事ですから」


 そう言われれば、ずいぶんと好待遇だった気がする。


「なんとか味方にできないかと考えた末、リリィ姫やユウキ殿を利用する手を考えたのでしょう。純粋無垢なユウキ殿なら扱いやすいですし、リリィ姫が攫われたのも事実ですからね。カブレェラ王からすれば、渡りに船だったはずです」


 まんまとそこに乗せられたわけだ。


「しかし、ステルの存在が、再度計画を狂わせたのです」

「ステルはスパイなんだから、どう動こうと関係ないだろ」

「その認識は間違いです。彼女はスパイのフリをしていただけです。現に彼女が持ち去った書簡は、ミノタウロスの輸送部隊に宛てたカブレェラ王からの書簡でした」

「懐中時計は?」

「物取りを思わせるカモフラージュだったのではないでしょうか」


 それなら説明がつく。

 が、なせそれをクロードが知っているのだろう。


「もしかしてだけど、ヤスモ王国もハリス盗賊団に混ざってねえか?」


 クロードと王様が拍手した。

 正解のようだが、こんなにも嬉しくないのは初めてだ。


「お前、この札渡したときに言ったよな!? 物語は書いてねえってよ」

「勿論です。わたくしは一切関与しておりません」


 ウソでないのは理解している。

 もし仮にヤスモ王国がシナリオを決めているなら、こんな回りくどいことはしないだろう。

 話を聞くかぎり、面に顔を出さずとも、大陸の統一は可能なはずだ。


「ってことは、ステルは二重スパイなのか」

「その通りですが、怒らないでください。彼女は子供たちを守りたかっただけです」

「子供?」

「ハリス盗賊団は諜報や暗殺が主な任務ですので、常に危険が伴います。従って、そこに投入されるのは、替えのきく孤児(じんざい)です」


 嫌な話だが、至極当然でもある。

 いつだって割を食うのは一般庶民であり、貧民だ。


「ご不満は十分に理解出ます」

「特権階級にいるのにか?」


 よくないのは理解しているが、どうしても責めるような口調になってしまう。


「それを踏まえて、ご提案があります」


 クロードはおれの目を真っ直ぐ捉え、口を開いた。


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