230話 勇者はミドナ王国の消失を知る
「我々も被害者、なんですか?」
おれの質問に王様がうなずき、
「そこに噓偽りはありませんぞ」
と、マケ・レレも同意した。
「具体的には?」
「関わりたくもない戦争に、引き込まれそうになっておる」
吐き捨てるように言う王様の表情は、苦々しく歪んでいる。
「でも、それは好機でもありませんか?」
「自国の安全を盾に、他の三国を攻め滅ぼす絶好の機会、と仰りたいのかな?」
「その通りです」
取り繕う必要もないので、おれははっきりと肯定した。
「それは我が国にとって好機ではない。あんな問題だらけの土地など、タダでも不要だ」
「問題だらけ……差し支えなければ、なにが問題なのか、教えていただけませんか?」
「それは、わてから答えさせていただきます」
左耳に着けたピアスを外しながら、マケ・レレがおれの隣りから王様の隣りに移動した。
立ち位置の変化を体現したのだろうが、驚いたのはそこじゃない。
「お初にお目にかかります。わたくしはヤスモ王国宰相のクロードと申します。どうぞお見知りおきを」
度肝を抜かれたのは、小太りだった男が、長身痩躯のイケメンに早変わりしたことだ。
「マジかよ……ウソだろ」
社会人としては失格だが、本音が漏れてしまった。
「嘘ではなく、こちらが本当の容姿です。とはいえ、驚かれるのも無理はありません」
「口調も全然違うじゃねえかよ」
「それぞれの立場と容姿に合わせた口調を採用しております」
語尾にな、ぞが付くマケ・レレの言葉遣いは、クロードの容姿に似つかわしくない、と理解はしつつも、感情が追いつかない。
「説明は不要かもしれませんが、ピアスがマジックアイテムであり、身に着けた者をマケ・レレに変身させる効果があります」
とんでもない代物であり、マケ・レレが名跡だということが心底理解できた。
「んじゃ、おれが身に着けたら、マケ・レレになれるの?」
「仰る通りです。しかし、これはわたくし個人の私物であって、何人にも譲るつもりはございません」
大事そうに両手で包む様子からして、宝物なのだろう。
(いらねえよ)
間違っても、そんな本音を口にすることは許されない。
「大事なもんを外してまで対応するってことは、ここからは宰相の言葉として聞いたほうがいいんだよな?」
ピアスに言及し続けるとボロが出そうなので、おれは話を戻した。
「その側面もございますが、わたくしがこの姿になった一番の理由は、言葉に重みをもたせるためです」
「重み?」
「国の根幹に触れる場合、立場ある者が発した言葉は説得力を含みます」
「なら、王様が話すべきじゃねえか?」
宰相も偉いが、目の前にはヤスモ王国のトップがいるのだ。
矛盾とまではいわないが、それをさせないべつの理由があるのだろう。
「勘違いなさらないでください。わたくしが説明するのは、国王の言質を取らせないため、ではございません。ただ単に、これ以上ご負担をかけるべきではないからです」
ポーカーフェイスだが、一瞬だけ王様に目配せしたクロードには憂いがうかがえた。
(おれが思っているより、病状は悪いのかもしんねえな)
注意深く見れば、いまも小さく肩で息をしている。
「なんなら、場所を移したほうがいいんじゃねえか?」
「そこまでの気遣いは不要です。それと、成生様も聞き及んでおりますでしょうが、我が国は絶対君主制です。いまここで我々が席を外しても、国王に説明しなければなりません」
はっきりとそう口にした後、クロードが「それは二度手間です」と小声で付け足した。
おれは口の動き込みで理解できたが、王様はどうだろうか。
距離が近いぶん、聞こえている可能性は十分ある。
(肝が据わってる……わけじゃねえんだろうな)
たぶん、それが聞こえていようといなかろうと、関係がないのだ。
声こそ出していないが、王様も笑っている。
「では、改めて説明させていただきます。なぜ我々がフレア王国、魔族領、フミマ共和国を問題だらけと評したのかを」
「ちょっと待った」
「なんでしょう?」
おれの制止に、クロードが少しだけ嫌そうな表情を浮かべた。
話の腰を折ったのは申し訳ないが、このまま進めることは許されない。
「いま名前を挙げられて気づいたけど、三国じゃなくて四国じゃねえか? 名前が思い出せねえんだけど、魔族領の横にあったよな」
「ミドナ王国ですね」
「そう! それだよそれ」
「残念ながら、ミドナ王国は存在しません」
「はあ!?」
にわかには信じがたい言葉であり、おれは眉を寄せた。
「その反応は理解できますが、存在しない国は存在しません」
「いや、フレア王国のカブレェラ王はあるって言ってたぞ」
「そうでしょうね」
あっさりと認められ、頭の中がこんがらがる。
「ミドナ王国は既に存在しない国ですが、フレア王国と魔族領がそれを認めることはございません」
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脳内を大量の?マークが飛び交っている。
「公表されておりませんが、数年前にミドナ王国内で王族が皆殺しにされる事件が発生しております」
「マジかよ!?」
「確かな情報です。難を逃れた遠縁は存在しますが、その者たちは王族を離れてから代を重ねており、国の運営を任せることは適いません」
「お飾りでもいいんじゃねえか?」
国主がいない状態に比べれば、百倍マシなはずだ。
「フミマ共和国のような民主主義ならそうでしょうが、絶対君主制の我が国やミドナ王国では、そうではございません。国主の決定は絶対であり、異を唱えることは許されないからです。我々家臣が頭を悩ませるのは、国主の決定を如何に実行するか、だけです」
「なるほどな」
そうであるなら、お飾りなど不要だ。
素人は無茶や無理を簡単に口にする。
(おれも経験あるんだよな~)
スマートフォンが普及する以前、インターネットの閲覧にパソコンが広く利用されていた時代があった。
「おたくでパソコンを買ったけど、インターネットに繋がらんぞ!」
ある日そう怒鳴り込んできた年配の客がいたが、プロバイダー契約すらしていなかったのには驚かされた。
高齢者で仕組みを理解していなかったのもあるが、わからないからこそ苦情を言いに乗り込んでこれたのだ。
懇切丁寧に説明し納得して帰ってもらったが、それが可能だったのも日本が民主主義で資本主義国家だからである。
もし仮に日本が絶対君主制であり、客が王様であったなら、おれは自腹を切ってでもパソコンをインターネットに接続しなければならなかっただろう。
(こっわ!)
想像しただけで背筋が震える。
「ご理解いただけたようで幸いです」
「ああ。よ~くわかったよ」
「では、話を進めさせていただきます。存在しないはずのミドナ王国が存在し続けている理由は、たった一つです。それは、フレア王国と魔族領が行う後の戦争の勝者が、フミマ共和国ともども手にする約束になっているからです」
これまた衝撃的な内容だった。
ポイント評価をしていただき、ありがとうございます。
引き続きお付き合いください。