229話 勇者はヤスモ国王と対面する
城門の前で馬車が停車し、窓から顔を出したマケ・レレが口を開いた。
「私だ。事前に伝えていた通りに、会談の席を用意しろ」
「了解しました。直ちにセッティングいたします」
門番らしき男が、ダッシュで駆けていく。
すさまじい速さで、あっという間に姿が見えなくなった。
「出してくれ」
「はっ」
動き出した馬車が、なぜかUターンした。
(降車位置の調整かな?)
と思ったが、違うらしい。
どんどん城から離れていく。
「んん!? 帰るのか?」
「申し訳ございませんが、今日のところは近くの村でお休みください」
「それはかまわねえけど、移動しなくてもいいんじゃねえか?」
おれは寝る場所にこだわりはないし、布団さえあれば物置でもかまわない。
「そう言っていただけるのはありがたいことですが、客人を無下に扱うことは出来ませんからな。そしてなにより、成生様を城にお泊めできない理由は、他にもありますぞ」
「機密情報でもあんのか?」
「存在するのは情報ではなく、人物ですな」
かぶりを振りながら、笑みを浮かべたマケ・レレがそう言った。
翌日。
一泊した村から城に戻り、通された部屋にはキングサイズのベッドが置かれていた。
そしてそこには、王様が横になっている。
「こんな姿で申し訳ないね」
服装の話ではない。
身につけているのは寝間着だが、おれが袖を通している物より上質だ。
王様が申し訳ないと言っているのは、自身の体調だろう。
血色は良いが、頬はこけ、腕も痩せている。
病状が芳しくないのか、ベッドから体を起こすことにも苦労している。
「寝ててもらっていいですよ」
「そういうわけにもいかんさ」
辛そうに王様が上半身を起こすと、控えていたメイドが巨大なクッションを背中に置いた。
「ありがとう」
すぐに体を預けたことからも、大分弱っていることがうかがえる。
「クロードよ。此度のセッティング、ご苦労だった」
「お褒めにあずかり光栄ですが、その名で呼ぶのはおやめください。今のわては、商人のマケ・レレです」
「まだそのような世迷い言を申すか。いい加減、宰相の地位に専念してほしいのだがな」
「はっはっは。それは無理でございますな。国を動かすより、経済を動かすほうがよほど面白い」
「困ったものだ」
王様はこめかみを押さえてかぶりを振るが、その表情はどこか楽しそうに映る。
まるで、やんちゃな子供を心配しながらも、温かく見守る親のようだ。
(まあ、あながち間違っちゃいねえんだろうな)
血の繋がりはわからないが、二人にはそれと同等か上回るなにかがあるのだろう。
そうでなければ、第三者のおれがいる場で、こうも砕けた様子は見せないはずだ。
(いや、待てよ)
違う可能性も考えられるんじゃないだろうか。
「成生さんからも言ってやってください。有り余る才能を無駄遣いするな、と」
急に話を振られたのも、意味があるのかもしれない。
「何を仰いますか。わてが商人だったから、成生様はここにいらっしゃるのですぞ。それをお忘れなきよう、お願いします」
「その通りだな。商人として遊んでいたからこそ、このような好機に巡り合えたのだ」
胸を張るマケ・レレに、大仰にうなずく王様。
三文芝居のようだ。
…………
(ああ、なるほど)
少し考えたら、理解できた。
王様とマケ・レレは、今回の騒動に自分たちは無関係だ、と暗に告げているわけだ。
(そういやぁ、フミマに入国する前に暴れてたバカは、ヤスモ王国の人間だ、と豪語してたもんな)
それらを含めて狂言だ、と言いたいのだろう。
こんな回りくどいことをしなくてもいいと思うが、立場上すべてを開けっ広げにできないのだろう。
「ご理解いただけたようですな」
マケ・レレはおれが察したことを察したようだ。
「いやいや、そうとはかぎらないんじゃないか?」
肯定してやるのは簡単だが、おれはあえて否定した。
当然そこには、まだ信用してませんよ、というメッセージを添えている。
「おれはここに来るまでに結構な人数と交流してきたからな。無意識に誘導された可能性も捨てきれないだろ」
「本気で仰っておられますかな?」
「疑うなら、まずはそっちの態度を改めたらどうなんだ? 納得できないことを言われても暴れたりしねえし、王様が重病でなくても怒らねえよ」
…………
「ふはははは。面白い男だな」
王様の声が急に元気になった。
「いつから気づいていた?」
「確信はいまもありませんよ。ただ、もし仮に王様が重病なんだとしたら、ここにはいないんじゃないかな、って思っただけですよ」
療養するには、ここはきな臭い場所が近すぎる。
「だから仰ったじゃないですか。成生様は非常に頭がよく、冷静な判断をされる方ですぞ、と」
王様はなにも言わなかったが、マケ・レレは認めたようだ。
「他国から独裁者のように思われている人物が、戦地になりかねないこんな貧相な城で、療養されるわけはございませんからな」
ペラペラと自白していく。
「我も苦しいとは感じていたが、昨夜のうちに移動した、と勘違いしてくれる可能性に賭けたのだ」
「それこそ無理な話でございますな。重病人の国王が、そのような対応をする理由がございませんぞ」
「成生さんとの会談なら、十分にそれに値するだろう」
「それはその通りですが、過度な対応は国を苦しめる可能性になりかねませんぞ」
言い争うような雰囲気だが、そんなことはない。
これも、暗に察しろ、と伝えているわけだ。
「わかった。わかったよ。ここでの会話はなかったことにすればいいんだろ」
マケ・レレが黙ったまま、深く頭を下げた。
「で? こうまでして、おれを巻き込んだ理由はなんなんだよ?」
「巻き込んだのは我々ではない。どちらかと言えば、我々も被害者なのだ」
王様の発言に、おれは首をかしげた。