228話 勇者の未来図
「成生様は、これからどうされるおつもりですかな?」
馬車が街道を進む中、マケ・レレがそう訊いてきた。
「どうするもこうするも、そっちが紹介してくれる人と会って、話をするだけだよ」
「そうではございません。わてが訊いているのは、ご自身の身の振り方ですぞ」
「おれの身の振りかたは変わんねえよ。いままで通り、一介の冒険者のままだよ」
「はっはっは。それは通らぬ発言ですな。成生様はフレア王国のカブレェラ国王と、攫われたリリィ姫の救出を約束しているではないですか」
それを知られていることに驚きはないが、ここでその話題を出しくる意図は気になる。
「失礼しました。この言い方では、要らぬ誤解を招く恐れがありますな」
おれの気持ちを察したのか、マケ・レレが小さく頭を下げた。
「正直に申しまして、先の約束も、ハリス盗賊団所属のステルと名乗る女性との戦争回避の約束も、問題ではございません」
しれっと告げられたが、ステルのこともバレていた。
こうなると、すべてが筒抜けだと想定したほうがいいのかもしれない。
「しかし、成生様のお気持ちは別ですぞ。今現在、成生様が抱えているモノの優先順位は、非常に気になるところですな」
「反感は買いたくないってことか」
マケ・レレがかぶりを振った。
「概ね間違っておりませんが、正しくもございませんな。我々は立場ある者であり、守るべきモノや譲れないモノを多く抱えております。そのために剣を取ることを、躊躇いはいたしませんぞ」
これは宣戦布告ではなく、決意表明だ。
現状敵対するつもりはないが、おれの態度次第ではそれもいとわない、ということだろう。
「勘弁してくれよ。おれはどこにも肩入れするつもりはねえよ」
「そうですな。成生様は極めて中立に近い立ち位置でいらっしゃる。ですが、すでに中立とは程遠い場所にいらっしゃるのも、事実でしょうぞ」
それは胸に刺さる言葉であり、おれも認識している。
(リリィ姫より、カナたちを優先してるもんなぁ)
でなければ、ステルを捜索に戻している。
それを選ばなかったのだから、そういうことなのだ。
「面倒くせえけど、抱え込んだのはおれ自身だからな。アイツらの面倒は、ある程度見るつもりだよ」
ガシガシと髪を掻きながら、おれは立ち位置の変化を認めた。
「生涯ではないのですかな?」
「生涯保障をしてやる力もなければ、偉くもねえよ。やれてせいぜい、手に職をつけてやるぐらいだよ」
「それで、グルドに目をつけたわけですな」
「あれは偶然の産物であって、おれが仕組んだわけじゃねえよ」
直接的に口にはしなかったが、マケ・レレが疑っているのは間違いない。
「だいたい、弟子にするだなんだの話は、店主の提案だよ」
「そうなるように仕向けた、のではございませんかな?」
「それこそ無理な話だろ。まあ、百歩譲ってそう導いたんだとしたら、火事でケガなんかさせねえよ」
命に別状はないだろうが、後遺症が残らないとはかぎらない。
あのヤケドは、そう思わせるほどひどかった。
「そう言われればそうですな。あれは、非常に残念な報告でした」
「その口ぶりだと、利用したことがあるんだな」
「ええ、もちろんですぞ。グルドの店主の腕は確かですからな」
マケ・レレが町の定食屋に赴くイメージが浮かばない人もいるだろう。
しかし、実際はそうでもない。
政治家や大企業の社長が大衆酒場に居ることはよくある話だし、驚くようなことではない。
どれだけ高い地位に就いたとしても、美味しいと思うモノは死ぬまで変わらない、というのもよく聞く話である。
「あそこの料理、美味いよな」
「ええ、思い出しただけで幸せになりますな」
想いがシンクロする。
それだけに、あの味が失われる可能性があることが、残念でならなかった。
(ダメだ)
深く考えると落ち込んでしまう。
「で? そろそろおれが会う相手のことを教えてくんねえか? そのために色々訊いてきたんだろ」
「流石ですな。御見それしました」
「世辞はいらねえよ。第一、それに気づくように仕向けたのはそっちだろ」
手の内をさらすことで、マケ・レレは気づいてほしかったのだと思う。
これから会う相手は、自分より地位が高い人物ですよ、ということに。
と同時に、その人物におれを会わせて大丈夫かを探っていたのだろう。
「成生様は幸運ですぞ。あの方にお目通りが叶うのは、ヤスモ王国でもごく一部の者だけですのでな」
幸運という言葉とは裏腹に、イヤな予感しかしない。
(マジで勘弁してくれよ)
これ以上の面倒事は、本気で精神が崩壊しかねない。
体感としては、この世界に来てから不幸続きである。
(いや、勇者になってから、ずっとそうかもしんねえな)
あっちこっちに転移させられ、その都度大魔王と戦わされるなど、苦行以外のなにものでもなかった。
(あ~っ、ヤベッ。いまだに大魔王の気配すらねえじゃん)
この先二ヤマ三ヤマあるのだとしたら、心がもたない。
最悪、なにもかもがイヤになって、おれが大魔王になってしまう可能性だってある。
「全部ぶっ壊してやるよ!」
そう叫びながら暴れ狂う姿が浮かび、ブルッと背筋が震えた。
「おや? 寒いですかな?」
「いや、大丈夫だよ」
馬車にはゲルにあった空調が備え付けられていて快適だ。
震えたのは、それが笑い話ではないからである。
(本気になれば、世界地図を塗り替えることは、そうむずかしくないんだよな)
世界の脅威であるミノタウロスを瞬殺できたのが、その証拠だ。
(あ~あっ、どっかに平和な世界はないのかな~)
「見えてきましたぞ。あそこに、成生様をお待ちの方がいらっしゃいます」
物思いにふけるおれを無視して、マケ・レレが前方を指さした。
その先には、城があった。