22話 勇者は異世界の勇者と出会う
一瞬で景色が変わり、おれは森の中にある村の入り口から、一〇メートルぐらい離れたところに立っていた。
「よっ」
ジャンプして、空から見下ろした。
かなり広い森だ。
点々と切り拓いた場所が確認できるが、全体像は知ることができない。
(家……だよな)
遠くの開拓地にも建造物らしき物はあるのだが、はっきりとは視認できなかった。
けど、下の村と同じような雰囲気だから、村と認識していいだろう。
「っと」
着地した。
転移は成功したようだ。
「さて、どうするかな」
腕を組んで考える。
冷静にかまえてはいるが、本来ならそんなことは許されない。
というのも、目の前の村が、魔物の軍勢に襲われているからだ。
「ああああああ」
「きゃああああ」
「いやああああ」
阿鼻叫喚だ。
家が焼かれ、家畜が殺され、逃げまどう村人にも、凶刃が振り下ろされている。
時間の猶予はあまりない。
「でりゃ!」
「だりゃ!」
若い男衆はモンスターと五分に渡り合っているが、いかんせんモンスターの数が多すぎる。
多勢に無勢は明らかで、本来なら加勢するの一択だ。
けど、ためらってしまう。
理由は……
「そこまでだ!」
颯爽と参戦する者がいたから。
「罪なき村を焼き払い、罪なき者を手にかけし蛮族が! これ以上の狼藉、たとえ神が許しても、勇者である俺が許さん!」
疾風のごとく村を駆け回り、雑魚モンスターを斬り伏せまくっている。
彼に気づいたからこそ、おれは加勢をためらった。
「ハアアア!」
勇者が剣を一閃させると、最低でも二、三体の魔物が屠られていく。
「セイヤ!」
多いときは、二桁まである。
しかし、その中に村人が含まれることはない。
確実に、モンスターだけを殲滅していた。
(実力差は歴然だな)
そう思えるからこそ、おれは動かなかった。
無用な参戦は、いらぬ混乱を招く恐れがある。
「ぐがっ」
「ぎゃああ」
最後の雑魚が斬り伏せられた。
「後はお前たちだけだ」
威風堂々といった感じで、勇者が三匹の魔物に剣先を向けた。
「ぐははははは」
「げははははは」
「かふふふふふ」
三匹目の笑いかたが独特だが、余裕しゃくしゃくで高みの見物を決め込んでいた様子からしても、自分たちが負けるとは思っていない。
(うん。こいつらがボスで間違いないな)
佇まいからして、偉そうだ。
「一応訊いておいてやろう。貴様、何者だ?」
「我が名はベイル。神に選ばれし勇者だ!」
名乗りながらポーズを決めている。
格好いいかは疑問だが、立ち振る舞いは勇者っぽい。
「そうか。貴様が勇者か。だが、雑魚を倒したくらいで、いい気になるなよ」
敵もちゃんとしている。
三下感はあるが、悪くない反応だ。
「我ら漆黒の三連星を、甘く見るでない!」
「漆黒の三連星!?」
思わず声が漏れてしまったが、だれも反応しなかった。
(よかった)
空気を壊さなかったことに、おれは胸を撫で下ろした。
(けど、こいつらはなにをもって、その二つ名を語っているんだ? お前らどこも黒くないじゃん。黄色い肌に赤い鎧を着てるじゃねえか!? 鏡見たことねえのかよ?)
訊きたいことはいくつもあるが、場違いな質問が許される雰囲気ではない。
「漆黒の三連星、か。大した異名だが、俺の正義の前では無力だな」
(スゲェなベイル。受け止めたぜ)
その器は、まさしく勇者だ。
「かふふふふふ。次にお前が発する言葉は、無念、だ」
漆黒の三連星が槍を構えた。
「俺に不可能はない。故に、その感情を抱くことはない」
ベイルは余裕の笑みを浮かべている。
(残念。次の言葉は、無念、じゃなかったな)
場違いだから声には出さないが、そうツッコまずにはいられなかった。
「すぐに覚えさせてやるさ。かふふふふふ」
笑ってはいるが、空気が張り詰めていく。
「やってみるんだな。いくぞ!」
決戦の火ぶたが切られた。
漆黒の三連星という通り名は、伊達じゃなかった。
巨体に見合わぬスピードで、一体が正面からベイルに突っ込んだ。
残りの二体は左右に展開する。
ドンッという派手な衝撃音を伴い、ベイルと漆黒の三連星……長いな。
(よし。名前をつけよう)
ベイルを含めサッカー選手で統一すれば、混乱することもない。
勇者ベイルはそのままベイル。
漆黒の三連星は、正面から突っ込んだ一匹目がルシオ。
左に回り込んだ二匹目がロベカル。
右に回り込んだ三匹目がカフー。
ちなみに、三匹目は笑い声から名付けた。
(うん。ワールドカップも勝てそうだ)
しかし、ベイルには勝てないだろう。
ルシオがぶつかった隙をついて、ロベカルとカフーが挟撃する。
それが勝ちパターンであり、漆黒の三連星と云われる所以なのだ。
が、この作戦には弱点がある。
最初の一対一に負けてしまうと、その後の挟撃が意味をなさないことだ。
いまがまさにそれで、ベイルがルシオを押し込み、撥ね返していた。
「バァァァカなぁぁぁぁ」
後方に飛ばされたルシオは、木をなぎ倒しながら森に消えていく。
『百連突き』
止まれないロベカルとカフーが、高速の槍を繰り出す。
それは見事で、二人合わせて百回ぐらいだ。
(一人で百回じゃねえのかよ)
などと、無粋なことは言わない。
敵であろうと味方であろうと、指摘してはいけないモノがある。
「凄い技だな」
ベイルも褒めている。
「だが、それじゃあ、俺には届かないぜ」
切り返しもカッコイイではないか。
これこそ勇者だ。
「サウザントブレイド」
すさまじい速度で、ベイルの連撃が繰り出される。
技名に恥じることなく、本当に千の軌跡を描いているかもしれない。
こうなってしまえば、ロベカルとカフーの百連突きは、児戯だ。
『バァァァァカなぁぁぁぁ』
二人仲良く返り討ちにあった。
「これでわかっただろ。もう悪さをするんじゃない。約束するなら、今回は見逃してやってもいいぞ」
無数の裂傷は刻まれているが、致命傷にはなりえぬモノばかり。
勇者ベイルは、慈悲の心も持ち合わせているようだ。
素晴らしいが、憎悪の炎を瞳に宿すロベカルとカフーが、その忠告を受け入れるようには思えなかった。
「許さんぞ! 勇者ベイル」
戻ってきたルシオにも、それは言える。
「やめておけ。お前らに勝ち目はない。さっさと魔王のところに戻るがいい」
ベイルが三人を追い払うように、剣を薙いだ。
「おのれナメおってからに。いいだろう。我ら漆黒の三連星の真の力を見せてやる」
「仕方ない」
「かふふふふふ。この手だけは使いたくなかったがな」
ルシオ、ロベカル、カフーが一か所に集まった。
『我らの究極奥義。三位一体!』
三体が重なり、合体した。
『ぐはげはかふふ』
(おおっ! 笑い声も混ざってんじゃねえか。三位一体ってそのまんまだな、とか思ってごめんよ)
ほんの少し感動してしまった。
『こうなったからには、いままでのように優しくはできんぞ。あの世で後悔するがいい』
「お前らほどの兵が倒されたとなれば、魔王軍はさぞ慌てるだろうな。上手くすれば、俺という脅威に備え、いくつかの村が解放されるかもしれん。その可能性のため、俺も本気を出させてもらおう」
ベイルが納刀し、抜刀術の構えを取った。
『いいだろう。我らと勇者。どちらかの命を以て、決着だ』
急に胸熱な展開だ。
「くらえ。我らが最終奥義。ブラッディ」
技を繰り出すために、漆黒の三連星が肘をねじった。
「スク」
瞬時に抜刀し、おれは地面を蹴った。
「ライ」
言い終わるより早く、おれは漆黒の三連星を斬り伏せ、その口を塞いだ。
(危なかった)
それはもう、いろんな意味で。
しかし、危機は去った。
正義が勝ったのだ。
「おめでとう。勇者ベイル」
手を取り、ベイルを労った。
「ありがとう。なんて言うわけねえだろ」
(だよね)
「貴様、何者だ」
「名乗るほどの者ではありません。通りすがりの冒険者です」
「ウソをつくな。漆黒の三連星は通りすがりの冒険者に倒せる魔物じゃない」
(いや、倒せたよ)
などと、口が裂けても言ってはいけない。
結果的にだが、おれは勇者ベイルの活躍を横取りしてしまったのだ。
責められてもしかたがないし、甘んじて批難も受け入れよう。
がその前に、おべんちゃらで逃げられるかどうかは試しておきたい。
「あれは勇者様の活躍があればこそです。勇者様と対峙していたがため、漆黒の三連星は手傷を負い、なおかつ私に対して無防備だったのです」
「そうだな」
ベイルはまんざらでもなさそうだ。
(イケる)
このタイプは持ち上げれば持ち上げるだけ、調子に乗る。
「ええ。勇者様の存在が決め手となり、村から危機が去ったのです。すべては勇者様あってこそです。見てください。救われた村人も、勇者様に感謝しています」
『ありがとうございます』
おれの言葉に賛同し、村人たちが一斉に頭を下げた。
(ナイス!)
心の中でおれは親指を立てた。
これで、事なきを得れるだろう。
「母ちゃん。あれが勇者様だよ」
鼻水を垂らしたガキが、おれを指さした。
(空気を読め! 隣りにいるベイルの表情が、険しくなったじゃねえか!)
「でも、村を救ってくれたのはあの方よ」
鼻たれ坊主に手を引かれた母親が、嗜めるように諭した。
「でへっ」
ベイルが相好を崩す。
わからないでもない。
鼻たれ坊主の母親は、ものすごい美人だ。
化粧っけはないが、生まれついての美貌と人並み優れたスタイルを持ち合わせており、村中で彼女と添い遂げる選手権が巻き起こったであろうことは、想像に難くない。
(さすが母ちゃん。ナイスアシスト)
「ああ、あれは勇者様のお供だよ。ボスを倒せないから、雑魚を相手にしてたんだ」
(鼻たれ小僧が! 殴ってやろうか)
当然、そんなことは出来ない。
出来ないが、そう思わずにはいられなかった。
「あらそうなの? じゃあ、母さんの間違いだわ」
(母ちゃん。そんな簡単に折れちゃダメ!)
心からそう願ったが、この流れは変わりそうにない。
「そうだよ。あっちの勇者様のほうが、強そうだもん」
「そう言われればそうね。顔も……好みかも」
(ほほを赤らめながら言うんじゃない)
嬉しいことは嬉しいが、この後のことを考えると、面倒臭さしかない。
「これはもう……決着をつけるしかないな」
(ほらね)
ベイルが危険なことをつぶやきはじめた。
「まずは横取り野郎を殺して」
(剣の柄に手をかけるんじゃない!)
「その後で、奥さんにおれの下の剣の威力を思い知らせてやる。げへっげへっげへへへへ」
涎を垂らしながら妄想している。
最低とは言わないが、友達にはなりたくない。
村人たちもそう思ったのだろう。
一人、また一人とこの場を去っていく。
身の危険を敏感に察知した母親も、一目散に逃げていった。
鼻たれ坊主でナイスバディを隠すぐらい、怯えている。
(追随しよう)
おれも踵を返した。