226話 勇者は後片付けをしなくていい
だれも助けに来ないまま、おれは黙々と魔物を駆逐していく。
その過程でオオカミが電撃を放ったり、カラスが火を吹いたときは驚いたが、「うおっ!?」や「マジか!?」などのリアクションをするほどではなかった。
唯一声を出したのは、ゾウが鼻から水鉄砲を繰り出したときだけだ。
消防車の放水を連想させるそれは想定内だったが、量に驚いた。
蛇口をひねれば出るかのごとく、止めどなく射出されたのだ。
おかげで、そこかしこがグチャグチャだ。
「ふざけんなよ!」
足場が悪くなることが許せなくて、怒声を発してしまった。
とはいえ、慣れてしまえばどうということはない。
感情の起伏が無くなるのと同時に、おれは優先的にゾウを狩っていった。
「おいしょ」
振るった竜滅刀が、最後のガネーシャを真っ二つにした。
「やっと終わったな」
戦闘開始から、かなりの時間が経過している。
体感的には、三時間ぐらいだろうか。
これほど長い戦闘になったのは、魔獣が強かったから、ではなく、次々に戦力が補充されていたからだ。
その数は少なく見積もっても、一〇〇〇は超えている。
オオカミ、カラス、ゾウだけでなく、多様な魔獣が参戦してきた。
周辺は見渡すかぎり死骸で埋め尽くされており、地獄絵図のようだ。
「このまま、ってわけにもいかねえよな」
死骸に引き寄せられた動物や魔獣が暴れるぐらいならマシだが、疫病は怖い。
腐敗などが原因で、新たな伝染病が生まれる可能性だってある。
ここはフミマ共和国とヤスモ王国を繋ぐ街道でもあり、人や物にかぎらず、通行量は多いはずだ。
放置すれば、二次被害が発生するかもしれない。
(最悪……パンデミックも考えられるよな)
防げない災厄は存在するが、だれかの怠慢でそれが引き起こされたなら、納得できない。
「関係ねえよ」
と開き直ることも可能だが、おれには無理だ。
やったことへの責任は、放棄するべきではない。
(とはいえ、自分の都合を優先するなら、すぐにヤスモ王国にむかったほうがいいんだよな)
沈む夕陽から察するに、日没までは一時間もない。
暗くなれば、人の出入りを規制する可能性だって考えられる。
(今日中に着きたいんだけどなぁ)
ヤスモ王国でなにがあるかわからないからこそ、時間の余裕は多ければ多いほどありがたい。
(まあ、無理だよな)
ここでそれを選べば、それは人災だ。
「しかたねえ。やるか」
気持ちを入れるべく、腕まくりをした。
「ファイヤーボール」
手のひらに小さな火球を生み出す。
本来なら、いつも通り穴を掘って死骸を集めてから焼却したほうがいいのだろうが、今回は数が多すぎる。
申し訳ないが、このまま焼却させてもらおう。
「お待ちください!」
ファイヤーボールを放とうとした瞬間、制しの声がかけられた。
見上げれば、一体のワイバーンが旋回している。
長い尻尾と広げた羽も含めれば、縦横ともに三メートル以上ある。
「デッケェなぁ」
「いえ、これでも小さいほうです」
独り言にそう返してきたのは、ワイバーンの背中に乗った男だ。
(なんだ。あいつがしゃべってたのか)
口にはしないが、ちょっとガッカリしてしまった。
「成獣になれば、倍のサイズになる個体もいます」
降下してきたワイバーンから降りた男が、そう説明してくれた。
「私はヤスモ王国飛翔隊隊長、エグタと申します。この度は原因不明のスタンピードを収めていただきいただき、誠に感謝しております」
「こりゃ親切にどうも。おれは冒険者の成生と言います」
「成生さんですか。すばらしいお名前ですね」
「ありがとうございます。で、エグタさんはどのようなご用件で?」
「現場確認です」
「それって、隊長がこなす任務なんですかね?」
「仰りたいことは理解できます。通常でしたら、斥候は部下の仕事です。ただ、今回はスタンピードの発生と戦闘を含む爆発音が同時に確認できましたので、最速で飛べるワイバーンとコンビの自分が赴きました」
エグタが自分のことを誇るように、隣りに立つワイバーンを撫でる。
「グルッキュ」
愛情が伝わっているようで、ワイバーンも嬉しそうに鳴いている。
カワイイ仕草だが、なぜかおれを見る目は鋭い。
「グルキュキュキュ」
鳴き声も、バイクのエンジンを吹かしたときとそっくりだ。
(威嚇だよな? これ)
気に障ることをした覚えはないが、機嫌は悪そうだ。
「申し訳ありません。魔物の死臭で、興奮しているようです。お気を悪くされたなら、私が代わりに謝ります」
「大丈夫です。お気になさらないでください」
「ありがとうございます。ところで、成生さんはこの後どうされる予定ですか?」
「死骸を焼却してから、ヤスモ王国にうかがおうと思っています」
「なるほど。やはり止めて正解でした」
エグタが胸を撫でおろした。
「今回のスタンピードは自然発生ではなく、何者かの悪意が原因だと思われます。それを調査するためにも、死骸は残しておきたいのです」
おれはファイヤーボールを消した。
「ご理解ありがとうございます。後のことは私どもに任せ、ヤスモに向かってください。死骸の処理などはこちらで行いますので」
渡りに船とはこのことだ。
(任せられる人間がいるなら、そうするべきだよな)
騎士団ならマンパワーもあるだろうし、原因究明もしてくれるだろう。
(おれの場合、焼き払う一択だもんな)
そうなれば、証拠もへったくれもない。
(うん。考えれば考えるほど、任せたほうがいいな)
ただ、もう一度だけ確認しておこう。
「本当にお任せしてよろしいのですか?」
「はい。お任せください」
言質は取れた。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
「この度は本当にありがとうございました」
頭を下げるエグタに見送られ、おれはその場を後にした。