225話 勇者は魔獣に足止めされる
ヤスモ王国は、それほど離れていないらしい。
町を出て半日ほど歩けば国境に着く、と門番のお兄さんが教えてくれた。
(常人で半日なら、おれなら数時間だな)
そう思い走り始めたが、上手くはいかないようだ。
『グルルルルルル』
一〇分も進まないうちに、オオカミっぽい魔獣に囲まれてしまった。
その数は一〇〇や二〇〇ではきかない。
(またかよ)
姿は見えないが、おれがフミマ共和国に行くのを邪魔した、ビーストテイマーの仕業だと思う。
「ビステマアアアア」
と鳴く変な鳥はいないが、おれの進行方向を塞ぐことに特化した陣形を組んでいるのが、その証拠だ。
野生の魔獣なら四方八方から挟撃するだろうし、これほどの集団で襲う理由がない。
おれを仕留める狩りだとしたら、費用対効果が悪すぎる。
骨までしゃぶっても、食事にありつけるのは数匹がせいぜいなのだから。
「おい! こいつらを解放しろ!」
声を張り上げたが、無駄だった。
『グルルルルル』
むしろ、魔獣が一斉に突っ込んでくる合図になってしまった。
「勘弁してくれよ。無益な殺生はしたくねえんだよ」
迫りくるオオカミは、まるで一本の槍のようだ。
「おいおい、ウソだろ!?」
走るオオカミの背に一回り小さなオオカミが乗り、その背中にもう一回り小さなオオカミが飛び乗っていく。
身体のサイズからして、父ちゃん、母ちゃん、子供だろう。
(罪悪感ハンパねえな)
一家まとめて仕留めることに心が痛む。
けど、これはやらなければいけない。
『グルルルルル』
第一矢は目前まで迫っているのだ。
このまま手をこまねいていれば、ガブッとイカれてしまう。
「風波斬!」
竜滅刀を一閃させた。
『グルッ』
多くの魔獣は短く鳴いて絶命したが、中には素早く横に回避し、再度突進してくる個体もいた。
後ろには二の矢三の矢も確認できる。
「でりゃりゃりゃりゃ」
すべてに対処するため、風波斬を連続で放った。
鋭い牙で噛みつかれても死ぬことはないだろうが、病気をうつされる可能性はある。
魔獣であることを考慮すれば、狂犬病よりキツイかもしれない。
(まあ、病気があると決まったわけじゃねえけど、危ない橋は渡るべきじゃねえよな)
いまのおれには、療養にあてる時間は存在しない。
『グルルルルルル』
かなりの数を屠ったが、まだまだいるようだ。
(道を作ってすり抜けるか)
全滅にこだわる理由もないし、そのほうが時間のロスも少ない。
「風波斬!」
魔獣を蹴散らしながら、直進する剣戟を追いかける。
「風波斬!」
推進力が弱まったら追撃だ。
「風波斬!」
三度目で、オオカミの群れを突っ切ることに成功した。
「よっしゃ」
と思ったのも束の間。
『カアアアアア』
今度は大量のカラスが空を覆いつくしている。
「デケェな」
小さい個体で一メートル。
大きいのになれば、三メートルを優に超している。
『カアアアアア!!』
やる気満々のようだが、おれとしては遠慮したい。
本人の意思でやる気ならまだしも、操られている魔獣を殺すのは気が引ける。
(カラスの相手をしているうちに、追いついてきたオオカミの相手もしなくちゃなんねえしな)
一刻も早くヤスモ王国に行きたいおれとしては、無益な殺生も時間の消費も極力省きたい。
第一、ここで足を止めるぐらいなら、オオカミの群れと戦っている。
「あ~っ、もう。マジで面倒くせえな」
グチりながらも、前進するしかない。
「風波斬」
『グカアアァ』
八つ当たりの剣戟で複数のカラスを撃ち落としたが、その数は一〇に満たなかった。
「こりゃ、短時間じゃ無理だな」
どんなに少なく見積もっても、一〇〇は残っている。
「よし。無視しよう! ブースト!」
身体向上し、おれはカラスたちの下を一気に駆け抜けた。
「カァ……カアア!?」
背後から驚いたような声が聞こえるが、かまってやる必要はどこにもない。
「このまま突き……」
進むことはできないようだ。
『パオオオオオオン』
ゾウの群れがむかってきている。
四足歩行の個体が大多数だが、中にはガネーシャのような二足歩行で、手に半月刀のようなモノを所持している個体も確認できた。
「アイツ……だ」
しゃべることもできるらしい。
「大地に……ヤツの……生き血を……捧げろ」
無駄に間が空くのは、操られているからだろうか。
ぐるぐる回り定まらない眼球と、口の端から溢れ出る泡は、薬物中毒者を思わせた。
「やれ! ヤレ!! 殺れ!!!」
『パオオオオオオン!』
ガネーシャの号令一下、ゾウが突っ込んでくる。
風波斬で道を切り開くことは可能だが、この調子だと奥に新たな魔獣が待ち構えている可能性が高い。
(迂回は……)
無理そうだ。
見渡すかぎりゾウで埋め尽くされている。
空もカラスで一杯だ。
(後ろは……オオカミの群れだよな)
ちゃんと追ってきている。
完全に周囲を固められた。
「風波斬!」
複数のゾウに命中したが、動かなくなったのは数頭だけ。
(う~ん。硬いな)
単純比較だが、ゾウの防御力はカラスの二倍以上ありそうだ。
「覚悟を決めるか」
こうなってしまった以上、殲滅するしかない。
(初動ミスだな)
一種ずつ対応していたほうが、結果的には早かった気がする。
「まあ、後の祭りだよな」
やるしかない。
後は、時間のロスをどれだけ少なくできるかだけだ。
(ワンチャン。だれでもいいから助けてくんねえかな)
颯爽と現れるヒーローを願いつつ、おれは竜滅刀を構えた。
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