223話 勇者は執事に恐怖する
「それ以上の暴言は看過しませんよ」
執事の声には、断固たる強さがあった。
(お~、マジか)
纏う空気感が、本気度をうかがわせる。
それはもう殺気と表するのが最適であり、チンピラ程度なら瞬殺できそうだ。
(こっわ!)
本能的にそれを感じ取っているからこそ、チンピラたちの足もガクガクブルブル震えているのだろう。
(わかるよ~)
迫力はすさまじいの一言だ。
足こそ震えていないが、おれも鼓動がちょっとだけ早かったりする。
正直、おっかない。
「あなた方の主張では盗人がいると言うことでしたが、とんだ言いがかりのようですね。お騒がせいたしまして、大変申し訳ございませんでした」
執事が呆れたようにため息を吐き、おれたちに深く頭を下げた。
「嘘じゃねえ! 間違いねえんだ! こいつらが俺たちの商品を掻っ攫って行ったんだ!」
「話を聞く限り、証明は不可能のようですが?」
「だ・か・ら! 仲間が犯行を見てんだ! 何度言わせるつもりだ!」
勢いよく唾を飛ばしながら、チンピラが地団太を踏む。
「そのお仲間はいらっしゃるのですか?」
「いねえ!」
「なら、そのお方を連れてきてください。話はそれからです」
取り付く島もないチンピラが奥歯を噛んだ。
よほど悔しいのだろう。
ギリギリと音が鳴っている。
「どうされました? お帰りはあちらですよ」
「覚えてろ! テメエら許さねえからな!」
捨て台詞をはき、チンピラたちは逃げるように去っていった。
「少しお時間よろしいですか?」
一件落着……とはいかないようだ。
執事が纏う空気は、依然重たいままである。
「当施設は、お客様に快適に過ごしていただくこと、を第一に考えております」
ありがたいことだ。
しかし、それは全面的にこちらの味方ではないと告げている。
「先ほどの連中より聡明でいらっしゃるようですね。お察しの通り、我々はあなた様の味方ではございません。当施設をご利用中のお客様、全員の味方です」
プライバシーの保護は万全、だとしても、それは借りている敷地内の話である。
いまおれたちがいる共有通路との境であれば、当然ほかの者が通り、騒動を目撃する可能性だってある。
不安や不快に感じる者もいるだろう。
それは、お客様に快適に過ごしていただく、という趣旨に反している。
「以後、気をつけます」
「謝罪は不要です。彼らの態度を見る限り、再度押し寄せるのは確定しているようなモノですから」
眼光鋭くなった執事が続ける。
「今回は彼らの言い分に信がなかったのでお帰り願いましたが、次回はどうなるかわかりません。もし仮に彼らが正しいのなら、お客様には出て行っていただきます」
毅然とした態度と口調であった。
この執事が仕事に熱意と誇りを有しているのは疑いようがないし、有言実行する実力も兼ね備えている気がしてならない。
もし仮におれたちと争うことになっても躊躇はしないし、殺すこともいとわないだろう。
「では、引き続きご寛ぎください」
一礼し、執事が踵を返した。
(子供たちには見せらんねえな)
去り行く後ろ姿は、ヒットマンのようだ。
「なあ、もしあの執事と戦うことになったら、勝てると思うか?」
「私は無理です。ユウキ様なら可能性はありますが、勝ちを断言することはできないでしょう」
「おれは?」
ステルがかぶりを振った。
「勝てないか」
「いえ、そうではございません。私が否定したのは、勝敗を予測することです。お二人の実力を計ることが出来ない私では、如何とも答えられません」
ステルの判断はおれと同じだ。
執事はユウキと同等かそれ以上。
下手をすれば、ミノタウロスより強いかもしれない。
ただ、どれだけ上振れしようとも、単純な戦闘能力だけで測るなら負けることはない……はずだ。
断言できないのは、あの執事にはとっておきの切り札、のようなモノがある気がしてならないからだ。
(いや、絶対になんかあるよな)
一つだったらいいほうで、二つ三つ、もしくはそれ以上隠している気がする。
そしてなにより、それを使うことにためらいがなさそうなところが、一番怖い。
職務を遂行するためなら、自分の命を投げ出す覚悟すら感じさせた。
「はああぁ~」
あっちもこっちも問題だらけの現状に、特大のため息が漏れた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねえけど、大丈夫にしねえとな」
客でいるかぎりは守ってもらえるのだ。
それがどれほど続くかはわからないが、一秒でも長くする必要はある。
(とはいえ、こりゃ、次の宿泊先も考えとかなきゃダメかもしんねえな)
追い出される未来を想像し、おれは髪を掻いた。