222話 勇者はシラを切る
「おい! 責任者出て来い!」
ガラの悪そうなダミ声が響き渡った。
声は、玄関近くに設置された通信機から発せられている。
「あれがインターホンか」
「インターホンと言うのですか?」
「さすが師匠! 博識です」
「いや、正式名称は知らねえよ。おれはアレに似たモノを知ってるだけだよ」
通信機に近づくと、液晶っぽいガラスに、右ほほに十字傷のある強面の男がアップで映し出されていた。
とある人斬りを思い出したが、彼は優男であり、ほほの傷も左右が逆だ。
(うん。別人だな)
興味が失せ、無視したいところだが、奥に執事がいるからそうもいかない。
彼が連れてきたということは、無関係な人物ではないのだろう。
「あ~っ、ちょっと行ってくるけど、ユウキかステラのどっちかでいいからついてきてくれ」
「では俺が」
「いえ、私が行きます。ユウキ様はフレア王国での立場がございますので、ここはご遠慮ください」
立ち上がりかけたユウキを制し、ステルが腰を浮かせた。
文句を言うかと思ったが、ユウキは無言で座り直した。
自分の立場を理解しているようだ。
「んじゃ、いくか」
「はい。お供します」
並んで玄関を出て、トコトコ歩く。
「やっと出てきやがったな! テメエ! いったいどういうつもりだ!? アアン!?」
おれの姿を確認した途端、チンピラ風の五人組がギャンギャン吠えだした。
まだ一〇〇メートル以上離れているのだが、いきり立っているのがよくわかる。
「状況からして、揉めた連中の仲間だよな?」
「だと思います。現場にいた連中は皆殺しにしましたが、他に仲間がいた可能性は十分に考えられますので」
「見覚えは?」
「ありません」
「生き残りがいる可能性は?」
……
「あります」
即答しなかったのだから、思い当たる節があるのだろう。
「頭に血が上っており、死亡確認をしておりませんでした」
痛恨極みのような表情で言われても、反応に困る。
次からは気をつけろよ、なんて言うことはできない。
「よし。じゃあ、まずは知らぬ存ぜぬで対処するか」
「了解しました」
打ち合わせをしながら、おれたちはチンピラとの距離を詰めていく。
「テメエら! コラッ! 早く来い!」
(よく我慢してんなぁ)
ものすごく怒っているチンピラが立っているのは、フロントから続く共有通路の際だ。
そこから先はおれが借りた敷地ではあるが、鼻息荒く飛び掛かって来ても不思議ではなかった。
粗野に見えるが、それをしない理性を持ち合わせている……わけではない。
チンピラがそうしないのは、隣りに付き添っている執事が理由だ。
リーダーっぽいヤツの左頬に殴られた跡があるので、調教済みなのだろう。
「なんか用か?」
一〇メートル手前ぐらいで、おれは足を止めた。
「テメエが搔っ攫ったガキどもを返せ!」
「そんな事実はない。帰れ!」
施設の出入り口方向をビシッと指さした。
「テメエ! 殺されてえのか!」
「ゴホンッ」
おれの胸ぐらを掴もうと手を伸ばしたが、執事の咳払いでチンピラは動きを止める。
「ゴホンッ」
再度の咳払いとともに、足元を指さした。
「す、すんません」
自分の足が敷地スペースに踏み込んでいることに気づき、チンピラは慌てて退いた。
(よっぽど強烈なのをお見舞いされたんだな)
そうでなければ、これほど従順にはならないだろう。
「おい! テメエ! もうちょっとこっち来いや!」
「やなこったい。話があるならそこでしろ」
距離を詰めたからといって負けることも殴られることもないが、わざわざ従ってやる義理もない。
「攫ったガキどもを返せ! あれは俺らの商品だ!」
「だから知らねえって言ってんだろ。ここにいる子は、おれがこの町で知り合った子供たちだよ」
「嘘つくんじゃねえ!」
「ウソじゃねえよ」
「証拠あんのか!?」
チンピラの顔がドンドン赤くなる。
理性を失っている証拠だ。
もう一押し二押しすれば、言質が取れるかもしれない。
「お前こそ証明できんのかよ」
「アアン!? 証明もクソもねえだろが! あれは俺らの商品だ!」
怒鳴り散らす様子からして、証拠はなさそうだ。
(ラッキー)
今回の騒動はこちらにも非があり、本来ならきちんとした話し合いをしなければならない事案である。
けど、相手に証拠が無いなら、煙に巻ける。
「話になんねえな」
「それはこっちのセリフだ。いいから、そこの女が奪った商品を返せ! テメエがガキどもを攫ったのは知ってんだ!」
「本当か?」
ステルがかぶりを振った。
「嘘つくんじゃねえ! テメエが皆殺しにした部下の中に、生きてた奴がいんだ! そいつがテメエのことを、はっきり覚えてたぞ!」
結構なカードを切ったつもりかもしれないが、それがあるのは想定済みだ。
「子供たちに逃げられたことを有耶無耶にする狂言の可能性だってあるよな?」
「その通りです」
おれの問いかけに、ステルが同調した。
「テメエにとっちゃその女の美貌は当たり前かもしんねえが、世の中じゃ珍しいんだ。俺らは人買いだからな。高く売れそうな人は忘れねえし、見間違えねえ!」
自信満々なのは伝わるが、それを誇るのはいかがなものか。
説教したところで響かないだろうし、してやる義理もない。
(この辺で打ち切ったほうがよさそうだな)
これ以上は、こちらにもボロが出る可能性がある。
「帰れ! ハウス!」
犬を追い払うように手を払った。
「テメエ!」
ブチギレたチンピラがパンチを飛ばしてきた。
敷地に踏み込むこともお構いなしだ。
「ったく」
おれはチンピラの腕を掴み、くるっと回転しながら関節を極めた。
「イデデデデ」
「暴れると余計に極まるぞ」
「うるせえ! 放しやがれ!」
「んじゃ、おイタはしないと誓えるか? 誓えないなら、腕の一本ぐらい折ってもいいんだぞ」
極めた腕に、少しだけ力を加えた。
「イギャギャギャギャ。わかった。誓う。誓うから許してくれ!」
泣いて地面をタップする姿は情けない。
けど、言質も取れたし、おれはチンピラを解放した。
「なんなんだテメエらは。やることなすことムチャクチャすぎんぞ」
奴隷商人に言われたくはないが、その通りだ。
無茶苦茶なのは理解している。
けど、それを認めることは出来ない。
認めたら最後、なにを要求されるかわかったものじゃない。
だから、ここは突っぱねるしかないのだ。
「うるさい! いいから帰れ!」
「俺らから奪ったガキどもを返せ! そしたらすぐに消えてやる」
「そんなことはしていない!」
「だから! 仲間がそこの女に襲われた、って言ってんだろが!」
ステルが無言でかぶりを振る。
「襲ってねえってよ」
「テメエらぶち殺すぞ!」
「それ以上の暴言は看過しませんよ」
再度乱闘になりそうだったが、執事の一言でチンピラたちは静かになった。