220話 勇者は牛車に乗った
「ご案内の準備をしますので、少々お待ちください」
執事が建物の奥に消えた。
…………
「お待たせしました」
電光石火で戻ってきた。
姿を消してから、まだ一、二分しか経過していない。
「準備が整いましたので、ご案内させていただきます」
「よろしくお願いします」
「では、こちらにどうぞ」
外に出ると、二頭の牛がいた。
ホルスタインではなく、水牛っぽいやつだ。
個体の色やガラも一因だが、後ろに荷車が装着されていることが、沖縄や東南アジアを想起させる。
「これで移動するんですか?」
「宿泊施設までは少し距離がありますので、皆様にご利用いただいております」
ありがたいサービスだ。
子供たちも乗車済みだし、拒む理由はどこにもない。
おれもスッと乗り込んだ。
「では発車します。道中安全に配慮致しますが、落下等の不測の事態が起きませぬよう、ご注意ください」
静かな動き出しで事故は起こらなそうだが、注意喚起を促すのも理解できる。
それが起きても不思議ではないくらい、子供たちのテンションが爆上がりしているからだ。
牛車に乗るのが初めてなのもあるが、リゾートに自分たちがいることが信じられないのだろう。
キャッキャ、うふふと喜ぶ子供たちに目を細めていたが、
(結構なげぇな)
おれはいつからかそんな風に感じていた。
移動を始めてから、すでに一〇分以上が経過している。
安全に配慮した牛歩であることが主な理由だが、移動距離も短くはない。
(歩いたら大変だったな)
牛車に乗っているからなんてことないが、子供たちにはやや厳しい道のりだ。
(にしても、本当にデカイな)
広大な敷地に戸建ての宿が複数建築され、その周辺の土地を含めてレジャーを楽しむ富裕層向けの高級リゾートなのだと、隣りに座る奥さんが教えてくれた。
特定の遊具が据えられている施設もあれば、野外キャンプを楽しめる施設もある……らしい。
断言できないのは、それを目にすることが出来ないからだ。
というのも、各棟プライバシーの保護には力を入れており、共有道路を通るだけでは、その棟になにがあるかは知りえない造りになっている。
(失敗したかもな)
互いの距離が離れているということは、なにかあったときに対処が遅れる可能性が高くなる。
安全確保を優先するなら、多少手狭でも一か所に集まっていたほうが都合がいい。
「着きました」
変更も視野に入れようとした矢先、牛車が停止した。
大きい平屋であるが、西洋建築っぽかったフロントとは違い、こちらは日本家屋っぽい。
「おお! 縁側だ! ……んん~、縁側か?」
構造としては縁側だが、大きさが縁側のそれではなかった。
ミニバスケぐらいなら、余裕でできる。
(あれはウッドデッキであって、縁側とは認められないな)
おれの中に眠っていたよくわからない日本人のプライドが、そう主張している。
けど、大した問題ではない。
大は小を兼ねるというし、すばらしい施設だ。
「成生様、住み分けはどうされますか?」
大事なのはそこだ。
「二棟借りたから、奥さんとカナたちで一棟、ユウキとステルが連れてきた子供たちで一棟、でいいと思ってたんだけど、どう思う?」
「最善だと思います。では、こちらを使用するのはどちらにしますか?」
どっちでもいいが、決定権はおれにあるようだ。
「あ~、そうだな。んじゃ、こっちはユウキとステル組だな。それと後で来るから、くつろいで待っててくれ」
「了解しました」
ステルはユウキと一緒に子供たちを降ろし、家に入っていった。
「では、参りましょう」
「はい。よろしくお願いします」
牛車が再度歩き出した。
一棟目と同じ時間をかけ、二棟目に着いた。
こちらは欧風建築を想起させる。
特徴的な赤煉瓦の屋根には、サンタクロースが飛び込めそうな大きな煙突が据えられている。
(いってみるか)
パンパンのズタ袋を担いでいれば、それっぽさに磨きがかかる。
けど、この世界で通用するかは謎だし、子供たちがマネしたら危険なので、やめておこう。
などとくだらないことを考えている間に、子供たちは家に入り探検を始めていた。
元気があっていい。
「んじゃ、おれは少し出かけてくるから、適当に過ごしてください」
奥さんとカナに子供たちの世話を任せ、おれは日本家屋を目指した。
一本道で迷うことはないが、執事が付き添ってくれるようだ。
親切……だけではない。
おれがべつの施設にいかないように、見張る役割もあるのだろう。
「それぞれの敷地前にあるこの装置を押していただけば、家屋に居ながら来客を把握できます」
ユウキたちが使用する敷地の前にあるインターホンのようなモノを指さし、そう説明された。
「試してみてもいいですか?」
「もちろんです」
ボタンを押した。
音もしなければ…………応答もない。
もう一度押そうとした瞬間、おれの目の前にステルの顔が浮かび上がった。
「おお!?」
ホログラムのような鮮明さに、思わずのけ反ってしまった。
「成生様、どうされました?」
「いや、なんでもない。設備の説明を受けたから、試しただけだよ」
「そうですか。では、お待ちしております」
ホログラムが消えた。
ステルが通信を切ったのだろう。
「スゲェな。これって魔法ですか?」
「左様でございますが、詳しいことはわかりかねます」
ちょっとだけ残念だった。
ただ、餅は餅屋というように、わからないことがあるのは当然だし、説明されたからといって理解できるともかぎらない。
「案内ありがとうございました」
「ごゆっくりおくつろぎください」
互いに挨拶し、おれと執事は別れた。