219話 勇者は立派な宿を確保した
「あの子たちは大丈夫なのか?」
薄汚れた外見と穴の開いたボロボロの衣服からして、無下に扱われてきたのは間違いない。
「元奴隷ではありますが、健康状態は良好です」
「それはよかった……って、そういうことじゃねえよ。なんで元奴隷の子供たちを、リリィ姫の捜索にむかったおまえらが連れて歩いてんだよ?」
「文句はユウキ様にお願いします。私はほぼ無実です」
「完全無罪を主張するわけじゃないんだな」
「ええ。事実として、この場に帯同しておりますので」
ステルは堂々としている。
まるで、自分には落ち度がないと言ってるようだ。
「お話し中のところ申し訳ありませんが、師匠、場所を移しませんか?」
おれやカナを含めて約二十人。
ステルとユウキを含めて約三十人。
合わせて約五十人が集っている。
結構な大所帯で通りを塞ぐ形になっているので、消火や救護を行っている者たちからすれば、邪魔以外の何者でもない。
「カナ、大人数が落ち着ける場所ってあるか?」
「マケ・レレと会ってた広場みたいなところはあるけど、どこも治安が悪い」
おれとステルとユウキがいるのだから、治安どうこうはどうとでもできる。
けど、そこに腰を落ち着けてしまえば、再度動くのが困難になる可能性もあった。
ユウキたちが連れてきた子供たちは、体力的にもウロウロするのは厳しそうだ。
(しかたねえ。成金みたいでイヤだけど……背に腹は代えられねえよな)
顔色の悪い子も数人いるし、無理はさせられない。
「奥さん、この辺で一番大きい宿屋ってどこですかね?」
「ご案内します」
おれの意図を察し、奥さんはすぐに行動してくれた。
「よし。ゆっくりでいいから、みんなついて来いよ」
「いくぞ!」
「はぁ~い」
カナを筆頭に町の子供たちが歩き出す。
「う~っ、また歩くの!?」
「コックさん大丈夫かな?」
中には渋ったり若旦那を心配して動かない子もいたが、年長組が寄り添うことで少しずつ進んでいく。
「もう少しだけ頑張ってね」
『はい』
ステルの声かけに反応するが、元奴隷の子供たちの表情は暗いままで、生きる気力がないように映る。
「さあ、いくぞ!」
元気一杯のユウキを、ウザそうに見つめる子もいた。
(引率って大変なんだな)
火災現場を離れながら、おれはそんなことを思った。
「ここです」
案内されたのは平屋だった。
敷地面積は広く豪華な御殿ではあるが、ここが一番大きな宿とは信じがたい。
「ここですか?」
「はい。ここです」
迷いない肯定された。
「んん~」
思わずうなってしまったが、地元の人間が言うのだからそうなのだろう。
けど、すぐ近くに多層建築が建ち並んでいたりもする。
「あっちに宿はないんですか?」
「あります。けど、こちらのほうが大きいです」
奥さんは自信満々だ。
これを疑うのなら、自分で探せという話である。
それにまだ泊まれると決まったわけでもないし、ここでウダウダしていても話は進まない。
「わかりました。とりあえず、空きがあるか調べましょう」
おれは奥さんと一緒に建物に入った。
中も立派だ。
絢爛豪華な調度品が邪魔にならない程度に配置され、床には毛足の長い絨毯が敷き詰められている。
(子供たちを外に待たせたのは、正解だったな)
下手をすれば、門前払いをくらったはずだ。
(まあ、おれも似たり寄ったりだけどな)
正装とは言いがたいうえに、火災現場で纏った煤汚れや匂いが残っている。
地球の星付きのホテルなら、確実に利用を断られる外見だ。
「すみません。今日から数日の間、五〇名の宿泊は可能ですか?」
「えっ!? 五〇名の宿泊ですか?」
正面フロントのお姉さんに声をかけると、信じられないモノを見るようにまばたきを繰り返された。
「満室ですか?」
「いえ、空きはありますが……」
「ありがたい。じゃあ、五〇人でお願いします」
「しょ、少々お待ちください」
お姉さんが奥に姿を消した。
「あの……案内しておいてなんですが……本当にここに泊まるのですか?」
おれの後ろにいる奥さんは、なぜか及び腰だ。
「受け入れてもらえるならそうしますよ」
「失礼ですがお客様。当店のご利用は初めてでいらっしゃいますか?」
執事服に身を包んだ男が、話しに割り込んできた。
客商売としてはどうかと思うが、店もヒマではないのだろう。
それに、こんなことで気分を害するほど、ガキでもない。
「はい。初めてです」
「では料金の説明からさせていただきます。当店が保有する宿泊施設は一三棟ございますが、現在お貸しできるのは四棟だけです。そのどれもが一日五〇パルクほどかかります」
一室ではなく、一棟貸しのシステムらしい。
人数を考えれば、むしろ好都合だ。
「問題ありません。ちなみに、五〇人が無理なく過ごせる広さはありますか?」
「一番大きな建物であれば可能ですが、ご同伴の方々は使用人ではございませんよね? でしたら、二棟ご利用いただいたほうが、よろしいかと思います」
執事の目が窓の外にむけられた。
視線が合った瞬間、窓に張り付いてこちらをうかがっていた子供たちが、さっと身を隠す。
その様子からして、店の品位にビビッているのは間違いない。
「貴重な助言ありがとうございます。では、二棟お願いします」
「合計で一〇〇パルクになりますが、よろしいのですか?」
「はい。大丈夫です」
痛い出費ではあるが、一人頭で割れば一日二パルクである。
下手なところより泊まるより、間違いなく安上がりだ。
「食事やベッドメイキングを含む清掃などはご利用なさいますか?」
「しません」
即座に断った。
本音はつけてもいいのだが、雑事は子供たちにやらせたほうがいい。
基礎教育という面もあるが、そのほうが遠慮せず施設を使えるだろう。
「わかりました。では、お支払方法はどうされますか? 一日ごとに支払うことも可能ですし、まとめてご精算でも構いません」
「一日ごとでお願いします」
「了解しました。では、本日分のお支払いをお願いします」
そこで、ユウキに現金の入った袋を預けたままであることに気づいた。
「すみません。ちょっと待っててもらえますか」
そそくさと外に出て、ユウキから袋を受け取った。
「お待たせしました。これでお願いします」
一〇〇パルクを支払い、おれは今日の宿を確保した。