218話 勇者はステルとユウキと再会した
「おい!? どこ行ってたんだ!?」
火災現場に戻ったおれのもとに、顔面蒼白のカナが駆け寄ってきた。
よほどのことがあったと想像できる。
「はあぁ~、こっちもか。でぇ!? なにがあった?」
「金が盗まれた!」
頭痛の種がまた一つ増えた。
「犯人はどんなやつだ?」
「目出し帽を被った怪しい三人組」
「あいつら……じゃねえのか」
フード男たちが再来したと思ったのだが、そうではなかった。
(まあ、あいつらなら殺されてるか)
カナたちが無事なのだから、野蛮な連中じゃないのだろう。
……
「ミノタウロスの牙は無事か?」
「ああ。ここにある」
カナがズボンの両サイドのポケットを叩いた。
それぞれに一本ずつ収納されているようだが、半分くらい頭を出している。
「ってことは、被害は金だけか」
「悪い」
「責めてないから安心しろ。それより、ケガ人はいねえんだよな?」
「それは大丈夫」
「ならいい。ケガをするのは若旦那だけで十分だからよ」
本音はそれすら看過できないが、健康以上に大事なモノはない。
とはいえ、ピンチなのも事実である。
「どっかに避難するにしても……先立つ金がねえんだよな」
「心配はご無用です」
悩むおれに、そんな声がかけられた。
声を発したのは、栗色のロングヘアーと目じりの上がった切れ長の瞳が印象的な美女。
一六〇センチ後半はありそうな長身で、胸も大きい。
(ステル……だよな!?)
そっくりさんの可能性を疑ってしまうが、
「師匠!」
後ろにユウキがいるのだから、間違いない。
しかも、その両手には盗まれた袋が二つとも握られている。
「それ、どうしたんだ?」
「怪しい恰好をしたやつらが師匠の袋を持っていたので、問い詰めた後に取り返しました」
「よくおれのだって気づけたな」
「師匠にいただいた大事な物とお揃いですからね。見間違えたりはしません!」
胸を張って言うのはいいが、同じ物は世の中にごまんとある。
それをおれの物と決めつけるのは、早計でなかろうか。
「ご安心ください。ユウキ様はそれが成生様の物であると確信しておりました」
「マジで!?」
「マジです」
声に抑揚がない。
実際そうなのだろうが、事実を淡々と報告している。
「見分けるコツとかあんの?」
「ここです」
ステルが袋の一部を指し示した。
そこには『〇七二』の刺繡が縫い付けられていた。
「シリアルナンバーか」
「ええ。ちなみに、頭の〇はブランドの識別番号です」
そんなつもりは一切なかったが、思いのほか良いモノを買っていたようだ。
「これを盗んだヤツらは?」
「怪しい身なりをしていましたので、警備隊に引き渡しました」
「フードは被ってた?」
「フードではなく目出し帽です」
金だけを奪ったようだし、ミノタウロスを狙う連中ではないだろう。
ただ、入国審査で暴れる輩といい、ミノタウロスを狙うフード男たちといい、治安が悪い町である。
(まあ、戦争が始まる可能性を考慮すれば、当たり前なのか)
鼻の利くヤツはすでに逃げているはずだ。
「成生様の考えを遮るようで申し訳ございませんが、状況を説明していただけないでしょうか?」
「見ての通りだよ。火災やらなんやらで、てんやわんやだ」
「町が大変なのは理解できますが、この状況はどういうことですか?」
ステルが訊きたいのは、奥さんや子供たちのことだった。
「彼女たちはこの町の住人で、ミノタウロスをきっかけに知り合ったんだよ」
「なるほど。理由があったから手籠めにしたわけですか」
ステルが奥さんや子供たちを一瞥し、ボソッとつぶやいた。
「冗談でもやめてくれよ」
「冗談ではありません。若い女性と子供しかいないのが、その証拠です」
起伏無く淡々と話すステルに恐怖を感じたのか、奥さんやカナが身を固くしながら一歩後ずさった。
「馬鹿を言うな! 師匠がそんなことをするはずがないだろ!」
「いいえ、そういったことをするお方です。実際、私は裸で蹴られました」
「師匠!? そんなことはしてませんよね?」
結論だけで言うなら、した。
けど、蹴られる原因がステルにあったのを忘れないでほしい。
「そんな!?」
ユウキのまなじりが露骨に下がった。
無言の肯定と取られたようだ。
次から次に降りかかる災難の雪崩に、頭痛を超えて脳みそが悲鳴をあげている。
下手をすれば、このままどうにかなってしまいそうだ。
「あ~もう、マジで面倒くせえな! 大体、なんでユウキたちがここにいんだよ」
二人はリリィの居場所を突き止めに行ったはずだ。
「帰って来てるってことは、調査を終えたんだよな?」
ステルとユウキが揃ってかぶりを振った。
「じゃあ、なんでここにいんだよ!?」
「あの子たちの処遇に関し、相談せねばなりませんでしたので」
ステルが後方を指さした。
「マジかよ!?」
信じられない光景に、おれは意識を放り出したくなるほどのめまいに襲われた。
視線の先には、二~三〇人の子供たちがいたからだ。