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217話 勇者は木札を渡された

 広場にゲルはなかった。

 解体して、逃げたのだろう。

 迅速な行動だが、すべてが消え失せたわけではない。


「お待ちしておりましたぞ」


 マケ・レレだけは残っていた。

 護衛もつけず、堂々としたものだ。

 やましいことはない表れとも取れるが、開き直っているだけかもしれない。


「再会は願わない、って言ったよな!?」

「ええ。覚えておりますぞ」

「じゃあ、火事(アレ)はなんだ!?」


 マケ・レレが、ゆっくりとした動作でかぶりを振った。


「知らねえ、が通用すると思ってんのか!?」

「ご立腹の様子からして、余程のことが起きたのですな」

「おまえの差し金だろ!?」

「信じていただけないでしょうが、わては関与しておりませんぞ」


 ブチッとなにかが切れた。

 いますぐ握った拳を叩き込みたいが、その衝動を必死に抑える。

 辛うじて踏み止まれたのは、マケ・レレの商人としての姿勢を知っているからだ。

 全幅の信頼はできないが、相応の信用はできる人物であることを、おれは取引を通じて体感している。


「それを証明できんのか?」

「無理ですな」

「じゃあ、なにをもって無関係と主張してんだよ」

「わてがここに留まっているのが、その証拠ですぞ」


 それは一理ある。

 部下の姿がないのだから、マケ・レレも姿を消すことは可能だったはずだ。

 その選択をしなかったのは、おれが戻ってくることを予想したからだろう。

 でなければ、一人でここに残る意味がない。


「犯人の心当たりは?」

「ありませんな」

「それじゃあ、自分がシロだと証明できないよな?」

「できませんな。ですから、わてはここに残ったのですぞ」


 努めて冷静な口ぶりだ。

 それが自信の表れなのか、ウソを包み隠す面の皮の厚さなのか。

 どちらにせよ、決めつけることはできなかった。


「伝えたいことでもあるのか?」

「まずはケガ人の回復を心より願っております。それと、これをお預けしますぞ」


 深々と頭を下げた後、マケ・レレが縦三センチ横二センチほどの木札を渡してきた。

 表と裏に、それぞれ異なる模様の複雑な焼き印が押されている。


「なんだよ? これ」

「それを提示すれば、ヤスモ王国内で大抵のことは可能ですぞ」

「はあ!?」


 わけがわからず、おれは眉根を寄せた。


「入国は言わずもがなですな。ヤスモ王国を支配する、というのはさすがに無理でしょうが、王様に謁見するくらいは余裕でしょう」


 とんでもないモノを渡されたわけだ。


「で? こんなもんを預けて、おれになにをしてほしいんだよ?」

「特に要望などはございませんな。ただ、此度の件で犯人を捜すのであれば、それが役に立つでしょう……いえ、違いますな。役立つのは犯人探しではなく、わての無実の証明ですな」


 言ってることは鶏が先か卵が先か、ということだ。

 しかし、それを証明するための手段がえげつない。


「大国であるヤスモ王国を巻き込むつもりかよ」

「それは違いますな。巻き込まれる、はなく、すでに巻き込まれておりますぞ」


 頭痛に襲われた。

 マケ・レレはヤスモ王国の人間であり、かなり重要なポストに就いているのだ。


「ふざけんなよ!」


 火事とはべつの怒り込み上げてくる。


「心中お察ししますが、わても同じような状況ですので、同情はいたしませんぞ」

「マジでふざけんなよ! だれだ!? このイカれた物語書いたヤツは!?」

「もちろん存じ上げませんな」

「わかってんよ! ああもう! マジで面倒くせえ!」


 髪をかき乱すが、こんなことではどうにもならない。

 募るばかりで、一ミリのストレス発散にも寄与しなかった。


「それでは、わてはこれにて失礼させていただきますが、よろしいですかな?」

「勝手にしてくれよ。第一、すぐ再会すんだろ?」

「ははははは」


 笑うだけで、マケ・レレは答えなかった。


「ったく、冗談じゃねえよ……ああそうだ。近いうちに会いに行くって上司に伝えておいてくれ」

「承知しましたぞ」


 おれとマケ・レレは同時に踵を返した。


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