21話 勇者は二度目の異世界転移をする
「よく来たな」
前回同様、二号は大の字で待ち構えていた。
唯一違うのは……顔面のあちこちに青アザがあり、ところどころハレていること。
まるで、壮絶な殴り合いをした試合後のボクサーのようだ。
「なにがあった?」
「ふっ。ハンデだよ」
「いや、訊きたいのはそういうことじゃねえんだよ。おれはここで、なにが起きたのか、が知りたいんだよ」
「ふっ」
なぜか鼻で笑われた。
「いや、マジでなにがあったんだよ?」
「お前がおれを待たせるなんて、世も末だな」
答える気はないらしい。
それならそれでかまわないが、おっかないのも事実だ。
(おれと二号は一心同体で、片方が受けたダメージはもう片方にも影響する、っていうルールだったよな?)
なのに、いま対峙している二号のダメージを、おれは受けていない。
自分じゃ見えないから顔を触ってみるが、ハレてる感じもしない。
二号の青あざがある個所を強く押しても、痛くなかった。
「イテテ。おい、卑怯だぞ」
二号は痛いらしい。
(不可解だ)
修練の間で受けるダメージは各々という考えかたもできるが、それならおれが指で押した痛みを二号が受けるのは筋違いだ。
(わからない)
サラフィネの言葉通りなら、ここでおれたちは戦う……のだが、前提が崩れた状態で、それを行う勇気はない。
「おい。本当になにがあった。これじゃあ、怖くてなにもできんぞ」
「ふうぅぅぅぅ」
重く、深く、二号が息を吐いた。
「…………そんなに…………知りたいか?」
たっぷりとした間をもって訊かれた。
心臓の鼓動が早まる。
聞くべきか、聞かざるべきか。
(悩む)
が、おれはうなずいた。
「ふぅぅ、しかたねえな。教えてやるよ」
キリッと眼光を鋭くする二号。
その姿はハードボイルドであり、格好よかった。
(ひょっとしたら、ここでおれの知らない戦いがあったのかもしれないな)
二号の傷は、その激戦の勲章だ。
(二号を見誤っていたな)
反省の念が沸き上がるおれの耳に、
「わたしのお尻を触り、さらには胸を揉もうとしたのです」
どこからともなく現れたサラフィネの声が突き刺さった。
ポポの格好はやめたようだ。
いまは毎度おなじみのオーバーサイズの神官着を身に纏い、あごヒゲも外されている。
などと、冷静に観察している場合ではない。
「尻を触り、胸を揉もうとした……ですと?」
いつも棒立ちのサラフィネが、どこか構えているようにも見える。
とはいえ、半信半疑なのも事実だ。
「お前、やったのか?」
「やってない」
はっきりとした否定。
なら信じよう。
(二号はおれだ)
こいつがやってないと言うなら、やってない。
「……ここまで殴られるほどは」
「やってんじゃねえか!」
自分に返ってくるのを承知で、おれは二号のほほを殴った。
「イッテェな! なにすんだ」
「バカやろう! お前を信じたおれの心のほうが、はるかにイテェんだよ」
二号の痛みはおれの痛みであり、ほほの痛みは同等だ。
けど、自分自身に裏切られた心の痛みは、おれだけのモノだ。
「なんでセクハラしたんだよ!?」
胸ぐらを掴んで揺するおれに、二号は蚊の鳴くような声でつぶやいた。
「そこに山があったから」
「有名登山家か!」
「いや、それ誤訳らしいよ」
「やかましい! 誤訳だろうがなんだろうが、いまはどうでもいいんだよ。いまはお前の行いが問題なんだよ!?」
「罰は受けた」
ぶっきらぼうに、二号はそう言い放つ。
(これはアレだな)
自分が悪いのに、教師や上司に説教されることを不服に思っているガキの態度だ。
こういうヤツにわめき散らしても、逆効果である。
「その量刑はだれが決めた?」
責めるなら、感情の起伏を無くし、淡々と。
努めて冷静に、追い詰めなければならない。
「裁かれる者が、裁く者を無視してないか?」
二号は口を開かなかった。
視線も合わない。
二号が外しているから。
それでわかった。
こいつも、自分が悪いと理解しているのだ。
「謝ろう。一緒に」
「うん」
優しく声をかけると、二号が小さくうなずいた。
『ごめんなさい』
おれたちは横に並び、同時に頭を下げた。
「謝罪は大事です。そして、よくできました。ですが」
嫌な予感がする。
なぜなら、『ですが』は、直前の言葉を否定するものだから。
「謝れば許されると思わないことです!」
(あ~あっ、やっぱりな)
関係ないおれまで怒られた。
「なんですか!? その不貞腐れた表情は!」
(イカン)
無意識に顔に出てしまったようだ。
「許せません。折檻です」
言うや否や、サラフィネの肘打ちがおれと二号に炸裂した。
言葉が出ないほど痛い。
大魔王をはるかに凌ぐ強烈な一撃だ。
「あなたたちには罰を与えます」
「いや待て。もうすでにこれが罰だろ」
「その量刑はだれが決めたのですか?」
言葉のブーメランが突き刺さり、ぐうの音もでない。
「わかったようですね。では、あなた方に裁きを与えます。一号と二号は直ちに合体し、違う異世界に旅立った三号を見つけて来てください」
「いやいや、そんなすぐに次の冒険にはいけないよ。働きすぎはよくないよ。ブラック企業反対!」
「お任せください、女神様。必ずや、やり遂げてみせましょう」
異議を唱え休みを要求するおれの隣りで、二号は跪き、大仰にかしずいた。
いまさらだが、こいつとは別人かもしれない。
「では、合体です」
おれの気持ちは無視され、サラフィネが祈りはじめた。
「汝らの魂が一つになることを、女神サラフィネが許可する」
おれと二号の足元に、魔方陣が出現した。
「リザレクション」
ドクン、と心臓が撥ねた。
その大きさは、体内から飛び出てしまうのではないかと錯覚するほどだ。
沸き上がる恐怖に、おれは思わず瞳を閉じた。
「勇者よ。儀式は完了です」
恐る恐る瞼を開くと、足元の魔方陣は消えていた。
隣りにいた二号もいない。
「あいつは……」
「あなたを支えることにしたようですね」
自分の胸を触った。
鼓動を感じる。
そこには、二人分の強さがあるような気がしてならない。
「これが、二号の残した最後のメッセージです」
サラフィネが四つに折った紙を渡してきた。
「異世界で読んでください」
「ありがとう」
感謝の意を示すため、おれはその手紙を両手で受け取った。
「勇者よ。再度の健闘を祈ります」
サラフィネが祈り、足元に魔方陣が生まれる。
「そして、くれぐれも忘れないでください。あなたの仕事は、大魔王を倒すことです」
「いや、魂の回収は!?」
「おまけです」
二度目のやり取りを最後に、おれは異世界に跳んだ。