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214話 勇者はミノタウロスを売った

「鑑定結果を発表させていただきますぞ。お持ちの品は正真正銘ミノタウロスの頭部であり、処理や状態も申し分ありませんな。よって、八〇〇〇パルクで買い取らせていただきたく存じますぞ」


 カナが息を呑んだ。

 驚くのも当然だ。

 提示された額は、当初の倍である。


「増額するにしても、破格すぎないか?」

「そんなことはございませんぞ。ミノタウロスの素材が市場に出るのは、多くて年に数回程度。どんなに多い時でも、片手で足りますからな。取引がない年も珍しくありませんぞ」


 マケ・レレは開いた手のひらを突き出したが、すぐに三本の指を閉じてピースサインに変化させた。


「これは暗号ではございませんぞ。ただ単に正確な数字を示しただけです。わては片手で足りるとは言いましたが、それは取引が行われる回数であって、ミノタウロスが討伐された数ではございませんからな」

「てことは、去年は二頭の討伐がなされ、五回に分けて市場に出回ったわけだ」


 マケ・レレが拍手した。


「いや、素晴らしい。武芸だけでなく、学問にも精通しておられるようですな」

「スカウトならお断りだよ」

「存じておりますぞ。仮に成生様が働きたいと仰られても、わてらが断りますのでな」


 意外なようにも思えるが、それは至極当然なことである。

 自分たちに好意的でない人間を雇うなど、リスク以外のなにものでもない。


「話を戻させていただきますが、ミノタウロスは非常に価値ある品ですぞ。それこそ、成生様が想像する数倍はくだらないでしょうな」

「いくらなんでもそれは言いすぎだろ」

「そんなことはございませんぞ。なにせ、ミノタウロスを討伐できる猛者など、数えるほどしか存在しませんからな。まあ、それ以前の常識として、ミノタウロスとの遭遇自体が人生で一度あるかないかの奇跡体験ですがな」

「アンビリーバボーなのか」

「そうですな。会えば死を覚悟する化け物が、その辺をホイホイ歩いているわけはありませんぞ」

「じゃあ、こいつは稀有な存在なんだな」


 ミノタウロスの頭をポンポン叩いた。


「その通りですな。まあ、真逆の主張をする者もおるようですが……わてには到底信じられませんな」


 十数時間前の会話すら筒抜けらしい。

 フレア王国としては大問題だろうが、間者がいることを一切悟らせないマケ・レレがすごいのだ。


「ミノタウロスの討伐には多額の費用が計上され、利益を相殺することも珍しくございませんぞ。事後処理の経費を含めれば、損することもありますからな」

「市場にほぼ出ない幻の素材だとしても?」

「それは成生様だから仰れることですな。わても長いことこの業界に身を置いておりますが、ミノタウロスを一撃で屠れる存在など、見たことも聞いたこともございませんぞ。普通は魔法や弓で弱らせた後、集団でとどめを刺すのが当たり前ですからな」

「タコ殴りにするわけか」

「ですな。ミノタウロスを仕留めるということは、それほど難儀なことですぞ」


 感覚としては、地球でいうところの巨大特撮怪獣に近いのかもしれない。

 電磁砲やらウルトラヒーローの活躍で、やっと倒せる規格外なのだ。


「正直、これほど状態の素晴らしいミノタウロスは見たことがありませんな」


 ぶつけるエネルギーが強ければ強いほど、ぶつけられたほうも無事では済まない。

 爆発四散も十分に考えられる。


(んん!? ちょっと待てよ)


 マケ・レレの言っていることが本当なのだとしたら、引っかかることがある。


(ハリス盗賊団は一部を持ち去っただけで、残りは焼却処分したんだったよな?)


 そんなことがありえるのだろうか。


(貴重で高価な宝の山を炭に?)


 にわかには信じがたい話だ。


「お考え中のところ申し訳ございませんが、商談に戻らせていただいてもよろしいですかな?」

「あっ、ああ。悪い。続けてくれ」

「ありがとうございます。では、成生がお持ちのミノタウロスを八〇〇〇パルクでお譲りくださるように願いますぞ」

「決断を下す前にもう一つだけ教えてくれよ。ミノタウロスの仕入れに大金が必要なのは理解できたが、目の前の頭部(コレ)に多額の支出はないよな? なら、その査定額はおかしくないか?」


 安く仕入れて高く売る。

 それが商売人の鉄則だ。


「仰りたいことはわかりますぞ。しかし、先ほども申したように、ミノタウロスを討伐できる猛者はごく少数に限られます。その方たちに、わてと取引したら儲かる、という認識を持っていただくのは、決しておかしな話ではございませんぞ」

「先行投資だと宣言するわけか」

「受け取り方は成生様のご自由にどうぞ。わては商売人であって、治世者ではございませんのでな」


 マケ・レレは自分が正直者であるとはかぎらない、と言いたいのだろう。

 けど、商売人としては信用に足る人物だと思う。

 儲けるにしろ損をするにしろ、商人としてのプライドをかけているのは間違いない。

 ただ、全幅の信頼をするほど、おれもバカではない。


(絶対、裏があるんだよな)


 名簿の消去費用で全財産を毟り取り、ミノタウロスで倍にして返す。

 これを良い人で片付けられるヤツは、考えなしの能無しだ。

 純粋無垢などという表現で取り繕うことも許されない、大馬鹿者である。


(……どうしたもんかな)


 ミノタウロスを処分することはかまわないが、マケ・レレを全面的に信用もできない。

 決断後に、ああしておけばよかった、こうしておけばよかった、と嘆いても、後の祭りなのだ。


(保険はかけておくべきだよな)


 子供たちのためにも、それは必要だ。


「よし、決めた。ミノタウロスを売却することに異論はないが、一部残してくれ」

「具体的にはどの辺りですかな?」

「それがミノタウロスの一部だと証明できるならどこでもいいよ。まあ、可能なら腐りにくく運びやすい個所が最高だけど」

「では、牙でどうでしょう?」


 マケ・レレが口から飛び出る一本の牙を指さした。


「牙単体で証明できるのか?」

「可能ですぞ。何度も申しておりますが、ミノタウロスの素材は大変貴重です。その理由の一つが、素材が持つ強度です。おい、誰かおらぬか!?」

「お呼びでしょうか?」


 入り口の前に立っていた男が姿を見せた。


「ちょっと一本牙を抜いてみろ」

「はっ」


 男がミノタウロスの牙を引き抜こうとするが、ビクともしない。

 顔を真っ赤にしてプルプル震えている様は、とても演技とは思えない。


「ご苦労さん。もういいぞ」

「…………はっ」


 悔しそうな表情からは、自分まだイケますけど!? みたいな気概が感じるが、強がりなのは一目瞭然だ。


「今度はコレで叩き割れ」


 マケ・レレがハンマーを渡した。


(ミノタウロスはまだおれのもんなんだけどな)


 商品の破損は看過できないが、それはマケ・レレも同じはずだ。

 せっかく良いモノが仕入れられそうなのに、進んで価値を下げるような商人(おとこ)ではない。


「よろしいのですか?」

「遠慮せず、思いきりやれ」

「はっ!」


 名誉挽回、汚名返上といった感じで、男は鼻息を荒くしている。


「どぉうりゃ!」


 全力で振るわれたハンマーが直撃した。

 が、変化はなに一つない。


「お分かりいただけましたかな? このようにミノタウロスの素材はとてつもない強度を誇っており、他の素材とは一線を画しておりますぞ」

「みたいだな。けど、そうだとしたら子供たちに解体することは不可能だろ」

「そんなことはございませんぞ。ミノタウロスの牙や骨は固いですが、皮であるなら裂くことは可能です。カナはんたちに依頼したのは、皮を剥いで肉を小さくカットし、持ち運びしやすくした状態で納品することですからな」

「間違いないか?」


 カナがうなずいている。


「オッケー。信じるよ。じゃあ、牙を二本残して、残りはマケ・レレに売るよ」

「ありがとうございます。ではさっそく、売買契約の書類を作成させていただきますな」


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