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213話 勇者は鑑定スキルに興味がある

「んじゃ、これできれいさっぱり、さようならだな」


 証明書と領収書をズタ袋に仕舞い、おれは晴れやかにそう告げた。


「そうですな。わてとカナはんたちの縁は、今をもって切れてしまいましたな」

「いいことだ。んじゃ、さようなら」

「お待ちくださいな」


 踵を返そうとしたおれを、マケ・レレが呼び止めた。


「お抱えになっている荷物。邪魔なら引き取りますぞ」

「いくら?」

「四〇〇〇パルクでどうですかな?」

「そりゃまた破格だな」

「いえいえ、今提示したのは最低価格です。状態如何で、更に上積みしますぞ」


 口ぶりからして、荷物(コレ)がミノタウロスの頭部だと知っているのだろう。

 驚きはないが、示された買取価格は意外だった。


(せしめた金を還元するだけでなく、上積みまでほのめかすのか)


 ミノタウロスの有益性が垣間見える。


「コレって、スゲェ代物なんだな」

「そうですな。少なくとも、そのような布に包んで持ち歩くような代物ではございませんぞ」

「でも、包まないよりはマシだろ?」

「野ざらしよりは若干マシ程度ですが、その通りですな。けれど、それ一つで城が建つ、は過言ですが、かなりの豪邸が建設できる代物だということは、努々忘れないでいただきたいですな」

「なるほど。ちなみに、マケ・レレさんはコレがなんなのかご存じなの?」


 口角を上げるだけで、肯定も否定もしなかった。


「失言だったな。中身がなにかも知らず、大金を支払うバカはいないよな」

「強気な交渉は嫌いじゃありませんが、度を超すのは控えたほうがよろしいですぞ」

「気に障ったなら謝るよ。けど、おれは交渉してるつもりはねえよ。してるのは、ただの世間話だ」

「ハハハ。そうでらっしゃいましたか。これは早合点をしておりましたな。こちらは交渉を持ち掛けておりましたので、会話が成立した段階で、始まっているモノと勘違いしておりましたぞ」


 愛想笑いを浮かべながら、マケ・レレが額をペチッと叩いた。


「思わせぶりなことをして申し訳なかったな。けど、そう受け取ることもできるか」

「ですな。では、改めて伺わせていただきますぞ。お荷物を売っていただくことは可能ですかな?」

「悪いけどそれは無理だ。こいつの送り先は決まってるんでね」

「停戦の道具になさるおつもりですかな?」

「その通りだよ」

「ならなおのこと、わてに売ることをお勧めしますぞ」

「いや、お前ら開戦したい派だろ?」


 マケ・レレがかぶりを振った。


「本当かよ?」

「戦争が一時の特需を生み出すのは否定しませんが、永く続くものではありませんぞ。あんなものに頼って儲けたい連中は、金を稼ぎ続ける術を知らない馬鹿か、軍事産業者ぐらいでしょうな」

「お前らも似たようなもんだろ?」

「これは手厳しい。そして、一〇〇パーセント否定できないのが悔しいところですな」


 反省の色はないが、無頓着ではないのかもしれない。

 マケ・レレは自分の立ち位置を、よく理解しているようだ。


「汚名返上となるかはわかりませんが、その荷物を譲ってくださるのなら、必ずや停戦してみせましょうぞ」


 柔和な表情に変わりはないが、言葉に含まれる熱は相当なモノだ。


(どう受け取るべきかな……)


 一笑に付すのは簡単だが、実現できるならおいしい話である。

 労力をかけることなく大金を手にしたうえで、ステルの望みを叶えてやれることにもなる。


「具体的にはどうすんだよ?」

「わてが買い取った荷物を、適正価格で適材適所に配ればよろしいのですぞ」


 簡潔な表現だが、それは的を射てる。

 今回の戦争は、ミノタウロスの存在が開戦か停戦かを決めるのだ。

 マケ・レレがフレア王国と商談できる立場にあるのなら、停戦に近づくのは疑いようがない。

 問題があるとすれば、その窓口を有しているのかどうかだ。


(まあ、大丈夫だよな)


 おれがミノタウロスを討伐したことや、その報酬に五〇〇〇パルクを頂戴したことも知っていたのだから、間者やパイプが存在するのは疑いようがない。


(持ったままウロウロすんのも面倒だし、売っちまうか)


 大人の胴体ほどある頭部を抱え続けるのは、ストレスでもある。


「んじゃ、一応、査定してみてくれよ」


 風呂敷を床に置き、広げた。


「これはこれは。ずいぶん立派ですな。どれ……ほうほう」


 歩み寄ってきたマケ・レレが、ミノタウロスに両手をかざしてうなずいている。

 査定しているようには思えないが、できているのだろうか。


「それでなんかわかんのか?」

「おや? 鑑定のスキルは持ち合わせていないのですかな? ああ、あなたならこんな不人気スキル必要ありませんか」


 マケ・レレの言い分に、おれは首をかしげた。

 ゲームやラノベにおいて、鑑定(それ)があるとないとでは大違いである。

 中にはそれを持っているから、物語を無双できるモノまで存在する。


「説明いたしたほうがよろしいですかな?」


 得心がいかない表情を浮かべているのだろう。

 マケ・レレがそう申し出てくれた。

 商談相手に借りを作るのは避けたいが、渡りに船であるのも事実だ。


「……頼む」


 少し悩んで、おれは頭を下げた。

 デメリットよりメリットのほうが大きい気がするのと、商談においてマケ・レレは真摯だと思ったからだ。

 というか、有意義ならおれも取得したい。

 それが本音である。


「この鑑定というスキルは、手をかざした物体の現状を教えてくれますぞ。しかし、無機物や生存していない個体のみですがな」

「なるほど。それだと使用方法はかなり限定されるな。けど、使いかた次第で有用性は大きく上がる気もするけどな」

「額面通りに受け取ればそうでしょうな。しかし、それはあなたが鑑定のスキルを所有していないからそう思うのでしょう」


 …………


「反論しないのですかな?」

「教えを乞うている立場の人間が、それをするのはおかしいだろ」

「ハハハハハハハ」


 マケ・レレが腹を抱えて笑っている。


「いや、これは失礼しましたな」


 謝ってもらう必要はないが、涙を拭うほど面白いことを言ったつもりはない。


「あなた……今さらですが、お名前をうかがってもよろしいですかな?」

「成生だよ」

「では、成生様とお呼びさせていただいてもよろしいですかな?」

「好きにしてくれ」

「ありがとうございます」


 小さく頭を下げるマケ・レレの雰囲気が、少しだけ柔和になった気がする。


「では、改めて説明させてもらいますぞ。鑑定スキルが不人気な理由は、鑑定できるモノが限られているうえに、その結果を共有することが出来ないからですぞ」

「同じスキルを持っている者同士でも不可能なのか?」

「無理ですな」

「じゃあ、べつの人間が同じものを鑑定した結果、齟齬が生じる可能性は?」

「ありません」


 マケ・レレの言っていることが正しいなら、それは共有しているのと同じことだ。

 けど、それは性善説が根底にあればこそ、成り立つ話でもある。

 一人が本物だと証言しても、もう一人が偽物だと証言することもあるだろう。

 この場合、ウソをついているヤツが悪だが、話はそう簡単ではない。

 なぜなら、本当のことを言っている者が第三者に仲裁を頼んだとしても、そいつが真実を語るとはかぎらないからだ。

 ウソつきの仲間なら偽物と証言するだろうし、本物と証言してもウソつきは認めない。

 とどのつまり、鑑定の結果を共有できないのなら、言った者勝ちなのだ。


「お判りいただけたようですな」

「ああ。よくわかったよ。けど、毒の有無やなんやかんやが知れるなら、冒険者にとっても有用じゃないか?」

「優秀な冒険者であれば、備えを怠ることはありませんぞ。旅の途中で食料が尽きるなど、未熟者である証拠ですな」


 その通りだ。

 スマホやタブレットがあれば事足りる、というIT屋もいるが、こなす業務が複雑になればなるほど、パソコンは手放せない。


(っていうか、高スペックなマシーンが必要なんだけどな)


 情報処理が遅いだけで、上手くいかないことは山ほどある。


「他にご質問はありますかな?」


 おれはかぶりを振った。


「そうですか。では、交渉に戻らせてもらいますな」


 マケ・レレが商人の顔に戻った。


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