211話 勇者は四〇〇〇パルク支払う
少女が口にした登録料とは、後ろ暗い組織の名簿に記載してもらうために支払う金であった。
基本それを払うかどうかは任意であるが、記載の有無で仕事を斡旋してもらえる割合は大幅に違うらしい。
ギリギリで生きている者たちからすれば、請け負う仕事の量で生き死にが決まる。
任意と謳ってはいても、実質的には強制だ。
(自分たちは安全なところで高みの見物をしているだけのくせに、上前を撥ねたうえに、上納金のようなモノまで毟り盗るのか)
ゲスに加えてクズだった。
そんな連中だと知っていれば、あのとき逃がしはしなかった。
(けど、これで潰す理由ができたな)
必ず再会するだろうし、そのときは容赦しない。
とはいえ、まずはきちんとミノタウロスの所有者になるのが先決だ。
「んじゃ、その登録料はおれが払ってやるよ。いくらだ?」
瞳をパチクリさせるだけで、少女は口を開かなかった。
「聞こえなかったか? 登録料はいくらか教えてほしいんだけど」
「ご、五〇〇パルク」
「一人頭じゃなく、総額で五〇〇パルクだよな?」
少女がうなずいた。
「よし。んじゃ、払いに行くから、案内してくれ」
「嘘だろ!?」
「ウソじゃねえよ。ほら、さっさと行くぞ」
「わ、わかったから、引っ張んじゃねえ」
「おっと……ちょっと待った。大事なもんを忘れるとこだったな」
おれは台所にむかい、ミノタウロスの頭部を取り出した。
「う~ん」
成人男性の胴体ぐらいあるソレは、非常に目立つ。
(こんなもん担いでうろちょろしたら、下手すりゃ捕まるよな)
そうでなくとも、変な噂は立つだろう。
おれはそれでもかまわないが、若夫婦や子供たちにはよろしくない。
「デカイ風呂敷とかあります?」
…………
「これでどうでしょう?」
奥さんが出してくれた布は、ジャストサイズだった。
頭部を手早く包み、肩に担いだ。
「うし。これで完璧だな。んじゃ、案内してくれ」
驚きで声も出ないのか、少女は無言で歩き始めた。
肩を並べて隣りを歩きたいわけではないが、絶妙な距離を置かれている。
その証拠に、おれが歩くスピードを上げると、少女もそれに倣うのだ。
反抗期の子供を持つ親御さんの気持ちが、少しだけ理解できた。
「この先だ」
案内されたそこは、薄暗い路地の入口だった。
日が差さない立地であるらしく、とても暗いし肌寒い。
(トンネル……じゃねえよな?)
上空には青が見えるが、建物が大部分を隠している。
「何用だ?」
辺りに人影はない。
けど、声は聞こえた。
ガサガサしているので、複数人いるのだろう。
(まあ、どうでもいいけどな)
何人いようが関係ない。
要件を済ませるだけだ。
「この子たちの登録料を支払いに来た」
…………
「奥に行け」
「あいよ」
一本道を進むと、大きめの広場に出た。
真ん中には、モンゴルの遊牧民が使用しているゲルのようなモノが設営されている。
「ボスがお待ちだ。さっさと入れ!」
門番のように入り口前に立っている大柄な男は、筋骨隆々で威圧的だ。
(見かけ倒しじゃなさそうだけど、怖くもねえな)
雰囲気からして番犬のようだが、噛みつきはしないだろう。
(まあなんにしろ、脅すのが仕事なんだろうな)
ここに来るのは大抵が弱者であり、足元を見られている者がほとんどだ。
それらを威圧することで、自分たちをさらに優位なポジションにする算段だと思う。
実際、それが成功していることもうかがえる。
威勢のよかった少女が、小さく震えているのだ。
「安心しろ。いざとなったら守ってやるからよ」
肩に手を添え、おれは少女と一緒にテントに入った。
室内は明るく、空調もあって快適だ。
「いらっしゃいませ」
小太りの男がおれたちを迎えた。
身長は一五〇センチぐらいで小さい。
着ているのは、シンプルだが意匠の凝ったチャイナ服のようなモノ。
腰まで届く大きなスリットが目を引くが、長ズボンを穿いているので安心だ。
(キラキラしてんなぁ)
右耳にぶら下がるピアスは、巨大な宝石を真ん中に小さな宝石が散りばめられている。
非常に高そうな逸品だ。
糸のように細い両目がその分目立たないが、それも織り込み済みなのだろう。
笑っているような印象を与えるそれで、抜け目なくこちらを観察している。
「わてはここを取り締まらせていただいているマケ・レレと申します。本日は登録料の支払いということを伺ってますが、そちらのお嬢さんは数年前に契約したカナはんでしたよな?」
少女がうなずいている。
(カナっていうのか)
名前すら知らない子たちの金を払おうというのだから、おれも大概だ。
「支払いはカナはんの分だけでよろしいですかな? それとも、お仲間の分も込みですかな?」
「今日、カナと一緒に仕事を請けた子供たち、総勢十八人分。それと、登録の破棄もしてほしい」
「わかりました。では、四〇〇〇パルクいただきますぞ」
「えっ!? なんで!?」
カナは目を剥いて驚いているが、おれはいたって冷静だ。
(まあ、足元は見るよな)
カタギの人間じゃないのだから、それは当然だ。
そして、そこには違うメッセージも込められている。
(おれの所持金も知ってるわけだ)
四〇〇〇パルクならギリギリ払える。
けど、この後のことを考えるのなら、支払うことは賢明ではない。
生きていくうえで、どうしたって金は必要なのだ。
仙人なら霞を食って生きていけるが、おれにはできない。
「どうされましたかな?」
マケ・レレの細い眼が、一層細くなった。
「いや、ずいぶんと額が大きかったんでね。登録料が五〇〇パルクだから、破棄も同程度を予想してたんだけどな」
「これは失礼。説明が足りませんでしたな。登録料は五〇〇パルクで間違いありませんが、抹消における事務手数料や依頼の破棄などに、三五〇〇パルクが追加されておりますぞ」
「高すぎだろ」
「カナはんたちが請け負った仕事は、それだけ重要度が高いということですな。損失や信頼の回復には、何かと入用ですのでな」
ミノタウロスの価値を考えれば、妥当な価格なのかもしれない。
不当請求だと暴れることもできるが……
「わかったよ。そういうことなら、払うしかないよな」
おれは硬貨の入った布袋を、マケ・レレの前に置いた。