209話 勇者は責任を説く
「その金はなんだい?」
「子供たちの分です」
「それはいらないと言ったはずだ」
「教育費として受け取ってください」
若旦那が首をかしげた。
「おれが金銭を払わなければ、子供たちが食べた料理をどう説明するんですか?」
若旦那の首が、折れるんじゃないか、と心配になるほど傾いている。
「子供たちが食事にありつけたのは、この店に押し入ったからです」
頷いて同意はしているが、首の傾きはいまだ解消されていない。
「そこで偶然おれと出会い、罪を重ねることはしませんでした。けど、罪を犯さなかったわけではありません」
『ごめんなさい』
店内にいる子供たちが頭を下げた。
「素直に謝罪ができるのも、だれ一人傷つかず満腹になれたから、かもしれません。けど、そうなれたのは、ただ運がよかった、だけです」
これは大げさに言ってるわけじゃない。
ボタンが一つでも掛け違っていたら、こうはならなかった。
もっと凄惨な状況になっていたとしても、なんら不思議ではない。
「これを寝ている小さな子供たちにどう説明しますか? 運がよかったからだよ、神様がご褒美をくれたんだよ、なんて言えますか? おれには無理です。だって、この子たちは犯罪者なんですから」
罪を犯さなければいけない状況に追い詰められていたのかもしれないが、それを選んだのは子供たち自身だ。
都合の悪いところに目をつぶり、よかったことだけを反芻させていいわけがない。
「でも、おれはこの子たちが心底悪い人間だとは思っていませんし、謝罪と反省ができる子たちだと、信じてもいます」
さめざめと泣いている子もいる。
「この子たちに自分たちが犯した過ちを再認識させるためにも、このお金は受け取ってください。でないと、おれはこの子たちに説教する権利がありません」
言ってて小っ恥ずかしいし、ガラじゃないのも理解している。
けど、これは年長者がしなければならない社会教育でもあった。
「そんな観点はなかったな」
「そうね。自分のことだけでなく、この子たちの未来も考えなきゃいけないのね」
奥さんが子供たちの涙を拭きながら、慈悲深い笑みを浮かべている。
「んじゃ、これは受け取ってくださいね」
「わかった。受け取ろう」
若旦那はおれが並べた硬貨をレジに納めた。
支払いの件は、これで終わり。
次は、子供たちと向き合う番だ。
「説教は後でするとして、どうなんだ? 売ってくれんのか?」
急な展開に少女が眉根を寄せた。
「ミノタウロスだよ。あれ、おれに譲ってくんねえか?」
「一〇〇〇パルクで?」
「ああ。ここで渡すのはやめておくけど、現金での即決払いも可能だ」
「魅力的な話だけど……駄目だ。譲れない」
断られるのは意外だった。
というか、予想していなかった。
「理由は?」
「一〇〇〇パルクじゃ、数年で底をつく」
「働くという選択肢はないのか?」
「身寄りのない小汚いガキを雇うお人好しなんていないし、いたとしても、今と変わんない連中だ」
その通りかもしれない。
悪いやつはどこにでもいる。
そして、その悪いやつらが、目の前の子供たちの生活を支えているのだ。
目先の利益はおれの一〇〇〇パルクが上回るが、長い目で見れば、引き続き仕事をくれる悪いやつと付き合っていくほうが得なのだ。
(雇用か……)
こればかりは、どうすることもできない。
雇うことはもちろん、働き口を斡旋することすら不可能だ。
(これはもうダメだな)
おれが口や手を出せる範疇を、優に超えてしまった。
「んじゃ、ミノタウロスはどうするつもりなんだ?」
「闇市に持っていって売っ払う」
「売る相手は決まってるのか?」
少女がうなずいた。
「んじゃ、あきらめるしかねえな」
「わりぃ」
「気にすんな。それと、謝る相手が違うだろ」
「乱暴なことして、ごめんなさい」
少女は若夫婦に対し、深々と謝罪した。
「許す許さないの前に、なんで家を狙ったのか。それを教えてくれないか?」
当然の心理だ。
このままでは、枕を高くして眠ることは未来永劫できない。
「調理器具があったから」
「料理をするのかい?」
「しない。解体して売り出さないと、足がついちゃうから」
「住処でやったほうが安全だし、目撃者も少なくできるんじゃないかな?」
「あそこは寝るだけ。ミノタウロスを解体できる刃物なんてない」
少女はそう言うが、実際はそれすら怪しい気がする。
もちろん拠点としている場所はあるだろうが、持ち主はべつのだれかだし、再開発などの方針転換がなされれば、追い出される可能性が高い。
だからこそ、最低限のモノしか持っていないのだ。
いや、大前提として、刃物を買う金があるなら、食費に充てるだろう。
「う~ん……」
腕を組み、若旦那が思案顔を浮かべている。
「少し席を外させてもらうよ」
そう告げ、小さい子供たちが寝ている別室に消えた。
…………
「寝顔は、まるで天使だ」
戻ってきた若旦那は、満面の笑みを浮かべている。
「いつの時代だってそれは変わらないし、それを守るのは大人の仕事だ」
自分に言い聞かせるような口ぶりだが、奥さんもうなずいている。
おれにも彼が言わんとすることは予想できた。
「家で働くかい?」
「えっ!?」
少女だけは予想していなかったのか、ひどく驚いている。
「もちろん全員を雇用することは出来ないけど、数人なら大丈夫だ」
「でも……あたしたちは親なしだから」
「大丈夫。僕もそうだった」
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