208話 勇者は食事代を払う
肉と魚を大量に買い込み、おれはグルドに戻った。
「ただいまぁ!?」
子供たちの姿がなかった。
いや、正確にはある……のだが、その数が片手で数えられるぐらいに減っていた。
「遅かったな」
母親役の少女が残っているのだから、逃げたということはないだろう。
「ほかの子は?」
「奥の部屋で寝てる」
満腹になり、睡魔に襲われたらしい。
店の中では寝れないし、椅子に座ったままでは落ちて危なそうだったので、奥さんが空いている部屋を貸してくれたそうだ。
「ありがとうございます」
頭を下げるおれに、気にしないで、というように奥さんが手を振った。
「あたしの質問に答えろ」
(質問?)
された覚えはないが、挨拶のあれがそうだったのだろう。
「遅かったか? まあ、肉屋を探すのに、少し時間がかかったかもな」
「それだけじゃないだろ!?」
咎めるような口調からして、少女は外であったことに気づいているのかもしれない。
「それだけだよ。これ、どこに置けばいいですか?」
サラリと流し、若旦那に声をかけた。
「こっちに持ってきてくれ」
「了解」
厨房には多くの野菜が並べられていた。
配達も無事済んだみたいだ。
「ここでいいですか?」
「ああ」
野菜の隣りに置いたが、キッチンがパンパンだ。
「これ、全部処理できます?」
「それは問題ないけど、仕舞うところが問題だ」
「冷蔵庫もパンパンなんですか?」
厨房の隅にはそれらしきモノが二台ある。
大きさも業務用でデカイ。
「子供たちの食欲が凄くてほぼ空になってしまったが、ここにあった頭が入ってる」
「じゃあ、それはおれが引き取りますよ」
「おい! 勝手なこと言うな!」
少女は文句があるようだが、これは決定事項なのだ。
ただ、納得できない気持ちは理解できる。
「こいつの取引で、報酬はいくら貰えるはずだったんだ?」
「五〇〇パルク」
「んじゃ、おれが倍の一〇〇〇パルクで買ってやるよ」
『ええっ!?』
おれの提案に少女だけでなく、若夫婦も驚いていた。
それはもう、目ん玉が飛び出るんじゃないかというほどひん剥いている。
「現金即決がいいなら、いま払ってもいいぞ」
少女がいるカウンターに移動し、隣りに腰かけた。
「一、二、三……」
硬貨を一枚一枚重ね、十枚一束のコインタワーを作っていく。
(邪魔だな)
一〇〇枚を超えたあたりで、そう思った。
防犯的にもよろしくない。
「すみませんけど、丈夫な袋ってありますか?」
「い、一〇〇〇パルクを入れて大丈夫な袋という意味なら、ここにあるわけないだろ!」
「そそそ、それに、いいい、一〇〇〇パルクを持ち歩くなんて、ぜぜぜ、絶対ダメです!」
仕込みの手を止め様子を見に来た若旦那と奥さんが、揃ってかぶりを振りまくっている。
(腰に四〇〇〇パルク以上あるんだけど)
とは言っちゃいけない雰囲気だ。
「ですよねぇ~、はっはっは」
とりあえず愛想笑いをしながら硬貨を仕舞い、布袋の口を閉じた。
「っと、その前に、子供たちの飲食代はいくらですか?」
「い、いらない」
「安心してください。支払うのは適正価格ですよ」
「そうじゃない。君が仕入れた食材が、支払金額を超えているんだ」
「またまた。そんなわけないじゃないですか」
怯えたような感じからして、遠慮しているのは間違いない。
「主人の言っていることは本当です。貴方の買った食材は、どれも高級品ですので」
「マジですか?」
信じられないが、二人揃って激しくうなずいている。
「これはミドナ産の高級霜降り牛肉だし、こっちはヤスモ産のブランド豚。マグロ、アンコウ、フグといった海産物も、すべて高級品だ」
「野菜も?」
「ああ。あの店にある最高級の品を届けてくれた」
そう言われると、すべての食材のハリとツヤがいい気がする。
「これだけ良質な物は、僕みたいな定食屋じゃ一生仕入れられない。だから、代金は本当に不要だ」
それはそうなのかもしれないが……商品として提供できなければ損である。
「じゃあ、技術料として一人五パルク払わせてください」
おれはカウンターに五パルク置いた。
「駄目だ。受け取れない」
「正当な報酬です」
「いらない」
若旦那は断固として拒否している。
ここまで頑なであるなら、「わかりました。今回はごちそうになります」と言ってもいいのだが、子供たちに押し入られたことで昼の営業が出来なかった損失も補填する必要がある。
それはおれが負担する金ではない、という者もいるだろうが、子供たちの今後や若夫婦の安全を考慮するなら、一時的にでもおれが後ろ盾のような立場に収まったほうが無難である。
「わかりました。もしそれが受け取れないというなら、証拠を提示してください」
「証拠?」
「技術料として五パルク支払うのが正しいかどうか、味で判断しましょうよ」
「それは意味のない提案だ」
冷静にツッコまれるとその通りなのだが、認めたら負けだ。
「料理人が味以外で語るのはナンセンスじゃありませんか?」
「……わかった。君が納得するモノを提供しよう」
挑発というよりは苦し紛れの戯言だったのだが、若旦那の琴線に触れたらしい。
腕をまくり、厨房にむかっていく。
この時点で、支払いは確定した。
なぜなら、出てくる品が美味しかろうとマズかろうと、査定をするのはおれなのだ。
「さあ、食べてくれ」
出てきたのはデミグラス風のシチューだった。
芳醇な香りが、空腹を刺激する。
「いただきます……うん。美味い」
肉の柔らかさや野菜の味わいなど、文句のつけようがなかった。
説明されなくとも、仕事の丁寧さが伝わってくる。
(いや、スゲェな。ここも充分、勝負できるな)
日本の有名な洋食店より美味しく感じるし、銀座丸の内でも勝算がある気がしてならない。
「これもどうぞ」
ニンニクの芳醇な香りがするガーリックライスのようだが、違う。
色とりどりの細かい野菜が見え隠れしているから、ニンニク風味のチャーハンと評したほうが適切だ。
「うん。美味い」
文句のつけようがない。
前に食べたラーメン屋のチャーハンが素朴な味だったためか、今回は無性に美味く感じてしまう。
(いや、あれがダメなわけじゃないんだよ)
ただ、おれが濃い味付けが好みなだけだ。
デザートに、プリンまで提供された。
(完璧だ)
満腹という幸福感に満たされた腹をさすりながら、出来るならこの店を買い取りたいとさえ思っている。
「ごちそうさまでした」
おれは追加で五パルクを十八列並べた。