207話 勇者はミノタウロスを譲らない
野菜はリンゴっぽいモノを買った露店で調達しよう。
「すみません。少しお時間いいですか?」
「おや? あんたはさっきの兄ちゃんだね。どうしたんだい?」
「紹介してもらったグルドに行ってきたんですけど、そこで知り合った子供にごちそうすることになりまして。申し訳ないんですけど、野菜を配送してもらうことって可能ですか?」
「手間賃を貰えるならかまわないよ」
「じゃあ、これで栄養価の高い物をお願いします」
布袋から一掴みで取り出した硬貨を渡した。
たぶん、二、三〇パルクはあるだろう。
「こんなに必要なのかい?」
「約二十人分です」
「なら、こんなにはいらないよ」
一〇パルク返ってきた。
「肉とか魚は取り扱ってませんよね?」
「家は八百屋だからね。魚が欲しいならお向かいさん。肉は一本裏のところがおすすめだよ」
「ありがとうございます」
魚屋にむかうため、踵を返した。
(んん!?)
違和感を覚えた。
だれかに見られているような気がする。
けど、きょろきょろしても視線は合わない。
(勘違いかな?)
いろいろあって自意識過剰になっているのかもしれない。
(ってわけでもなさそうだな)
視線を動かすたび、その先の空気が揺れている。
たぶん、音もなく視界から逸れているヤツがいて、群衆に紛れておれを監視しているのだろう。
害が無いなら放置してもいいが、こんなことをするヤツが無害であるわけがない。
(さて、どうしたもんかな)
なんとなくだが、身のこなしが入国審査の列で暴れたヤツらに酷似している……ような気がする。
(空気感も似てるんだよな)
いつ襲われても不思議じゃないヒリヒリ感で満載だ。
(ここは……マズイよな)
日が昇り、通りを行き交う人は確実に増えている。
なにかあれば、二次三次被害が発生するだろう。
(場所を変えるか)
おれはゆっくりと歩き出した。
「魚屋はそっちじゃないよ」
「まずは肉屋から行ってきます」
「そうかい。さっきも言ったけど、一本裏にある店がおすすめだよ」
「ありがとうございます」
会釈しながら、辺りを探る。
ついてくるようだ。
ただ、全員かどうかは怪しい。
なんとなく、二手以上に別れているような気がする。
(一回負けてるんだから、襲うならそんなことしねえよな)
……
「あっ!」
気がついた。
ヤツらが戦力を分散させる意味は、ちゃんとある。
「ヤベッ」
おれは来た道を全力で戻った。
「させんぞ!」
ヤツらも気づいたようだ。
三人のフードを被った男たちが目の前に立ち塞がり、おれの足元と心臓めがけてナイフを投げた。
「よっ」
走る速度はそのままに、ナイフをキャッチした。
避けて後ろの歩行者に被害を及ぼさない配慮だが、小型の武器を入手したかったのもある。
「それっ」
真ん中のヤツにケリをくらわせながら、両サイドにラリアットをかました。
それで戦闘不能にできたかは定かでないが、確認している余裕はない。
急いで戻らなければ、子供たちや若夫婦が危ない。
「当たりだな」
グルドの前にフードを被った男たちが五人ほど確認できた。
「ちっ」
むこうもおれに気づいたらしい。
「その店は現在貸し切りで、入店お断りだよ」
扉に手をかけようとする男に、ナイフを投げた。
「我々も中にいる者たちの関係者なんだがね」
飛び退いてそう言われても、はいそうですか、というわけにはいかない。
「口でならなんとでも言えるだろ? 信じてほしければ、証拠を見せろよ」
「そんなものはないさ」
「いや、あるね。犯行現場に残す硬貨があんだろ?」
「それはハリス盗賊団のことを指しているのか? だとしたらお門違いだ。我々はフレア王国の人間だ」
言質は取れた。
「なら帰れ! ここにフレア王国の人間はいねえよ」
「何度も言わせないでもらおう。我々は中にいる者たちの関係者だ」
「それは厨房にいる若夫婦のことか?」
「違う。食事をしている子供たちだ」
「それはおかしな話だな。あいつらは、おれにハリス盗賊団だと認めたぞ」
饒舌だった男が、急に黙った。
「人違いだった、ってことでいいよな」
「ああ。よく見れば他人だ」
「じゃあ、手を引け!」
「それは出来ない相談だ。子供たちに見覚えはないが、店内にある物は、我々のモノだ」
こいつらが欲しいのは、ミノタウロスの頭部だ。
渡すのは簡単だが、それで終わりとはならないだろう。
一度でも運搬に係わった子供たちを殺す可能性は、十二分に考えられる。
公正な裁きによって罪を清算するならまだしも、口封じで殺されるのではたまったものじゃない。
(まあ、んなことは絶対にさせねえけどな)
でなければ、ここで助ける意味が無い。
「物を渡してもらえるなら、そちらの条件を呑もう」
おれはかぶりを振った。
「なら、こちらも引くことは出来ない」
「焦んじゃねえよ。おれが否定してるのは、アレはお前らのモノでもなければ、ガキどものモノでもねえってことだよ」
「戯言をぬかすな! アレは我らの物だ」
「違うね。アレはおれのモノだ」
これは紛れもない真実だ。
あのミノタウロスは野良ということになっているのだから、討伐したおれに所有権がある。
流れでフレア王国の所有になった感じはあるが、それを承諾した覚えはない。
「我らと刃を交えるというのか?」
「んなことは考えてもいねえよ。ただ、アレを譲ってほしいなら、おれに話を通せ、って言ってんだよ」
「いいだろう。その喧嘩、買ってやる。首を洗って待ってるんだな」
フード男たちが走り去った。
「でぇ? お前は帰んないのか?」
裏口に回り、中に入ろうとしているバカに声をかけた。
「さ、さらばだ」
捕まえることは可能だが、こいつの処理に時間をかけたくない。
もとい、来るなら一回で終えてもらいたい。
「一〇〇でも一〇〇〇でもかまわねえから、ちゃんと準備して来いっ、て言っとけよ」
「そ、その言葉、ぜ、絶対に後悔させてやるからなぁ」
捨て台詞はモブの一言に尽きるが、おれを油断させる作戦かもしれない。
注意深く辺りを探ったが、危ないヤツはいないようだ。
「ふうぅ」
一息吐き、おれは買い物に戻った。