20話 勇者と二号の対面
開かれた宝箱から、虹色に輝くまばゆい光が溢れ出た。
「うおっ」
あまりの光量に目をつぶった瞬間、
「待たせたな」
そんな声が聞こえた。
声の主は、顕現した二号だ。
後ろ向きで、肩幅より少し広く足を開き、両手を横に垂直に伸ばすシルエットは、コーラの一気飲みが得意そうだ。
「そのネタ。若い子は知りませんよ」
「いいんだ。伝わる者にだけ伝われば」
キリッとした表情で言われると、「リーダー、カッコイイ!」と言いたくなるから、不思議だ。
「ならば、伝わらないわたしは無視します」
『ウソつけ!』
おれと二号の声が重なった。
こういうところは、一心同体だ。
「ウソではありません。わたしには、二号がなぜそのネタをぶち込んできたのか、皆目見当つきませんし、意図も伝わりません」
(なるほど)
そういうことなら、おれも同様だ。
「ふむ。ツンデレのツンか」
「無視して話を続けましょう」
二号の妄言を、サラフィネは相手にしなかった。
「ああ、そうしてくれ」
おれもそれに倣う。
「いや、ずっと宝箱の中にいたんだよ!? ちょっとぐらいかまってくれてもいいじゃん」
「あなたたちを合体させます!」
まさに有言実行だ。
二号は、がっつり無視された。
「ちょっと待て。合体ってなんだよ?」
「合体とは、二つ以上のモノが、一つになることです」
サラフィネが右手と左手の人差し指を重ねてみせた。
「おれとこいつ?」
自分と二号を交互に指さす。
「当然です。それ以外の選択肢があるのですか? よもや女神であるわたしと合体したい、などと破廉恥なことをおっしゃるつもりではありませんよね?」
サラフィネが、心底蔑んだ視線を向けてくる。
「や~ぁだ~ぁ。へんたぁ~い」
否定より早く、二号が合いの手を打った。
「泣かすぞ! テメェ!」
極度にイラついてしまい、本気ですごんでしまった。
これがダメだった。
「んだと!?」
二号の癇に障ったらしい。
「おれのニセモンが、調子のってんじゃねぇぞ」
胸ぐらを掴まれた。
理解はしている。
おれも二号も本物だ。
偽物ではない。
しかし……互いに自尊心があるのも、事実である。
「宝箱に隠れてたお前を回収したのはおれだ。その意味がわかるよな?」
「下位互換のお前が、上位互換であるおれのために働くのは当然だろ」
その物言いにブチ切れ、おれは二号の左頬を殴り飛ばした。
後方に吹き飛ぶ二号と反対側に、おれも吹き飛ぶ。
(イテェ)
左頬がジンジンズキズキする。
「てめえ! やりやがったな」
口の端から流した血を拭いながら、二号が立ち上がった。
「許さねえぞ」
「それはこっちのセリフだよ」
おれも立ち上がり、同時に床を蹴った。
一瞬で互いの距離が詰まり、おれの右ストレートが二号の顔面を捉え、二号の前蹴りがおれの腹にヒットした。
腹が痛い。
これは当然だ。
わからないのは、殴られてもいない顔面が痛いことだ。
いや、わかってはいる。
ただ、それを認めたくないだけだ。
二号も同じだろう。
「てめっ!」
「ざっけんな!」
おれたちは殴り合った。
殴られた箇所は当然痛いが、相手を殴った個所も痛い。
いやがうえにも、納得させられる。
(おれと二号は、一心同体だな)
だから、殴っても殴られてもダメージを受けてしまう。
これは、一種の自傷行為にほかならない。
けど、拳を引っ込めることができなかった。
みっともない意地やプライドが、自分に負けることを許さない。
(どうすりゃいいんだよ!? これ)
「やめなさい!」
声と一緒に飛んできた宝箱が、おれと二号にクリーンヒットした。
『アダッ』
威力は二号より上だ。
あまりの痛さに感覚が消し飛び、一瞬、頭部が消失しような錯覚を起こした。
『なにすんだよ!?』
おれと二号の抗議の声が重なる。
…………
鋭い視線を向けるだけで、サラフィネはなにも言わなかった。
…………
その間が、おれたちを冷静にさせた。
「落ち着きましたか?」
『ああ』
静かな物言いに、おれたちはうなずいた。
「それはなによりです」
表情から若干の怒気はうかがえるが、サラフィネはほっと一息吐いた。
(心配させたみたいだな)
頭に血が上っていたとはいえ、盲目になりすぎていた。
(反省だな)
そのためにも、この痛みを忘れないようにしよう。
「では、話を戻します」
仕切り直すように、改めてサラフィネが口を開いた。
「お忘れかもしれませんが、あなたたちは同一人物です。その二人が喧嘩したところで、勝ちも負けもありません。あのまま殴り合えば、二人同時に死ぬだけです。それをお望みですか?」
『すみませんでした』
おれと二号は、そろって頭を下げた。
「理解していただけたなら十分です」
冷静に努めているが、サラフィネも動転していたのだろう。
「まったくもう」
ほんの少しほほを膨らませる姿は、普段見せないモノだ。
「おほん」
おれと二号の視線に気づき、サラフィネがわざとらしく咳払いをした。
「改めて言いますが、お二人には合体していただきます」
『質問!』
おれと二号が、そろって手を挙げた。
「なんでしょう」
『合体したおれたちは、どうなるんですか?』
「どうにもなりません。元の姿に近づくだけです」
おれと二号は首を傾げた。
「不思議ではありません。清宮成生の魂は二つに砕けたわけではありませんからね。そのすべてが集合したとき、初めて魂の修復が完成されるのです」
(なるほど)
理解はしたが、おれや二号が訊きたいのはそういうことじゃない。
『どっちが主になるんだよ!?』
大事なのは、そこである。
「わかりません」
やはりそうか。
なんとなくだが、そんな気はしていた。
二号も驚いている様子はない。
「慌てないのですね」
サラフィネの視線が、おれと二号の間を行き交っている。
「元を辿れば同じかもしれないが、おれたちは微妙に違う。それはこの短い間でも十分に理解できたからな」
感覚としては、一卵性双生児に近い。
起源は同じであり、他者から見れば似ていて当然。
現実世界ならそれぞれがべつの行動をすることで変化が生まれ、外見的特徴や性格が各々変化していくのかもしれないが、おれと二号が離れていた時間や、そのときに経験したことなど、たかが知れている。
異世界で大魔王を倒すより、地球で生き抜いてきた経験のほうが、遥かにしんどかった。
その下地はおれも二号も同じであり、大きな土台の上に生えた小さな木など、取るに足らない。
だからこそ、おれたちの中にある、ほんの小さな差異が問題なのだ。
異世界で経験したことが原因なのか、砕けた魂のカケラであることが原因なのかは知れないが、おれと二号は別人格なのだ。
少なくとも、おれたちはそう感じている。
(これは意外と、根が深いと思うんだよな)
同一人物がそれを否定しているのだ。
言い換えれば、パソコン内で同一プログラムが互いをエラー認識している感じだろうか。
対処を間違えば、パソコン本体が壊れる可能性だってある。
(さて、どうしたものか)
おれたちは、それをサラフィネに伝えた。
「なるほど。それは捨て置けませんね」
『だろ!?』
「ご安心しください。対処法はあります」
『マジで!?』
「ええ。マジです」
自信満々に胸を張るサラフィネは頼もしい。
さすがは女神だ。
二号も同感らしく、尊敬の瞳を向けている。
「やることは一つです!」
ズビシッと天を指さし、サラフィネが告げた。
「お二人には、殺し合いをしてもらいます」
『えっ!?』
おれと二号は、目を白黒させた。
「ファッ●ンジャップくらいわかるよ。バカやろう」
サラフィネが右肩を小刻みに持ち上げる。
さっきといまの言葉を発したのは同一人物だが、作品が違う。
「フォールシールド」
ツッコむより早く、サラフィネが呪文を唱えた。
デジャブのように、四方を白い壁に覆われた。
「サラフィネ、これってさ……」
おれの質問を遮るように、頭上からヒラヒラと一枚の紙きれが落ちてきた。
『上がります。
気分と一緒ですね。
サラフィネ』
「上手くもねえし、気分はだだ下がりだよ」
反論むなしく、床が上昇した。
高低差で耳がキーンとする間もなく、おれは前回のように打ち上げられた。
「とう!」
今度は見事に着地を決めた。
(さすがおれ)
学習している。
「勇者よ。あっぱれです」
声のしたほうを見ると、ポポがいた。
「仮装はするんだな」
「おっしゃっていることの意味はわかりませんが、問答は時間の無駄です」
ポポがおれに向かって走って来る。
「二号はすでに部屋の中です。準備はいいですね? レディーゴウ!」
わけがわからないまま、おれはポポに蹴り飛ばされ、修練の間に入れられた。