206話 勇者と子供たちの食事
信じられないことだが、厨房に置かれたのは……ミノタウロスの頭部だった。
(なんでこんなもんがここにあんだよ!?)
驚くが、答えは一つしかない。
「お前ら……ハリス盗賊団……なのか?」
『ひい』
名前を出しただけで、若夫婦が腰を抜かした。
庶民からすればそれほど恐ろしいのだろうが、にわかには信じがたい。
相手が子供だから、という理由ではない。
おれが信じられないのは、ここにいる子たちがミノタウロスを盗んだ、という事実である。
報告通りなら、フレア王国の一部隊を壊滅させた手練れであるはずだ。
けど、この子たちはどう見てもそれに合致しない。
「違う。けど、違くない」
相反する少女の答えは矛盾するが、ウソではないだろう。
(マジで使い走りなんだな)
実行犯はべつにいて、この子たちはそいつらが運んだミノタウロスを捌いて、現金に換える役割なのだ。
足がつきそうなところを社会的弱者に担わせるのは、どこの世界も共通である。
(どうしたもんかな)
罪は償うべきだが、話はこの子たちだけにとどまらない。
後ろにハリス盗賊団が控えているのだとしたら、そう簡単に足を洗うこともできないだろう。
ステルに頼ってみるのも手ではあるが、連絡手段がなかった。
(とりあえず、役人に突き出すか)
留置所にいれば、身の安全は保障されるはずだ。
けど、そうとはかぎらないのも事実である。
(法の尺度は、国や世界によって違うんだよなぁ)
軽度の罪であっても、強制労働や性欲処理の道具として扱われるかもしれない。
(ないと信じてぇけど……)
盲目に判断してはダメだ。
確認しよう。
「この子たちをフミマ共和国で裁くとしたら、どれほどの刑が予想されますかね?」
「……たぶんだけど、そう重い罪にはならないんじゃないかと」
少し考えた後、旦那がそう答えた。
奥さんもうなずいているので、信憑性は高い。
「拘留中の過度な体罰などは?」
「ない!」
今度は即答だった。
しかも、声からは絶対の自信がうかがえる。
(なら、役所に任せるか)
後々のことは、ステルと相談してからでも遅くない。
「申し訳ございません。あたしがこの子たちをそそのかしました。罪はあたしが償います。ですから、この子たちには寛大な処置をお願いします」
口調を改めた少女が、急に土下座した。
その行動に驚いたのはおれだけでなく、泣いていた子供たちも泣き止むほど面食らっている。
「いきなりどうした?」
「あたしが全部の罪を償います」
「いや、そういうことを訊いてるんじゃねえよ」
「理解してます。けど、あたしが悪いんです」
必死なのは理解できるが、これでは会話が進まない。
「いったん落ち着いて顔をあげろ。お前がその調子だと、子供たちが不安みたいだからよ」
振り返った少女の瞳には、不安で圧し潰されそうな子供たちの表情が写っているはずだ。
「お、お姉ちゃんをイジめないで~ぇ」
「悪いことしたのは、ボクたちがワガママを言ったからなんだ」
「勝手なこと言うんじゃない! あんたたちは何も悪くない!」
「だってお姉ちゃんがごめんなさいしてるのは、ボクたちがお腹が空いたって言ったからでしょ?」
少女はかぶりを振ったが、声に出して否定はしなかった。
「もう言わないから。ごめんなさぁ~い」
「ボクもワガママ言わない!」
子供たちが少女に抱きついた。
泣いてエネルギーを消費したのか、腹の虫まで鳴いている。
身内をかばい、自分の行動を反省できるのだから、心根は腐っていないのだろう。
「すみませんが、この子たちになにか食べさせてやってくれませんか? 支払いはおれがしますんで」
「……わかりました」
思うところはあるようだが、若夫婦は厨房に移動した。
「お前らが悪いことをしたのは、理解しているな?」
『ご、ごべんなざぁ~い』
泣きながら揃って頭を下げる子供たち。
母親役の少女は、それを苦々しそうな顔で見ている。
ふてくされているわけではない。
子供たちにこんなことをさせてしまっている自分が、情けなくて不甲斐ないのだ。
「食事の用意が出来たわよ」
奥さんがカウンターに皿を並べていく。
湯気が立ち昇るそれは、スープだ。
一斉に群がるかと思ったが、子供たちは動くことなくチラチラとおれを見ている。
「遠慮せず、腹いっぱいにしてこい」
「お姉ちゃんは?」
「もちろん腹いっぱい食うよ。なあ?」
「えっ!? ええ」
心配する子供たちは、自分が動かなければそこに近づかないことを理解したのだろう。
少女はカウンターに置かれたスープを口にした。
「美味しい?」
「自分で確かめな」
少女は食べるのに夢中であるように装っている。
そうすることで、子供たちの遠慮を取り払おうとしているのだ。
(マジでお母さんだな)
面倒見のよさは、それを超えているかもしれない。
『いただきます』
子供たちも食事を始めた。
よほど腹が減っていたのか、すぐに皿がカラになっていく。
「焦らないで大丈夫よ。料理はまだいっぱいあるから」
スープのおかわりやサラダなどが提供されていく。
(スゲェな)
冷蔵庫から作り置きが消えていく。
「食材って足りますか?」
「全員が満腹になるのは無理かもしれないな」
メインとなる品を急ピッチで仕上げながら、旦那さんがかぶりを振った。
「んじゃ、おれ買ってきますよ」
「逃げるかもしんねえぞ」
席を立ち外にむかうおれに、少女がそう言った。
「そうしたければそうしろよ。帰ってきたときにお前らがいなければ、役人に通報するだけだからよ。ただ、ご夫婦に危害は加えるな! それを破ったら、おれはお前らを許さなねえぞ!」
クギを刺し、おれは店を後にした。