205話 勇者はツイている
おれを刺した少女を含め、店内にいたのは十八人。
全員が子供である。
年齢の幅は広いが、ほとんどが六歳前後で、十を超えていそうなのは数人だ。
「あんたたち、あたしの言うことは絶対だ、って言っただろ!」
叱責する少女が、抜きん出て年上なのは疑いようがなかった。
「だってお姉ちゃんが……」
「だってじゃない!」
「だって~ぇええええええ」
最初に飛び出してきた子が、大泣きした。
『うああああああああああん』
『びええええええええええん』
それは瞬く間に伝播し、幼児全員が大号泣している。
(どうすんだよ。これ?)
少女はお前たちが悪いといった感じだし、幼児は心配したのに怒られてパニックに陥っている。
それに挟まれる十歳前後の数人は、オロオロすることしかできないようだ。
(満を持して……とはいかねえんだよな)
おれが飛び抜けて年長者ではあるが、子供の扱いに長けているわけじゃない。
むしろ、その反対だ。
(どうすっかな)
途方に暮れるおれの耳に、ドンという音が聞こえた。
(んん!? なんだ?)
耳をすませば、子供たちの泣き声に混ざって、音がしている。
ドンドンドン
だれかが壁を蹴っているようだ。
「もう! いい加減泣き止め!」
『イヤ~ッ! 怒っちゃヤァァァァァァ』
こめかみを押さえる少女の困り顔と、烈火のごとく泣き叫ぶ子供たちの姿は、演技とは思えない。
(しばらく放っておいても、大丈夫だな)
全員揃って逃亡することはむずかしいだろうし、試みても足並みは揃わないだろう。
(まあ、一応置いとくか)
魔法の縄を取り出し、逃走しそうなら捕獲するように念じた。
了解です!
そう言っている気がするから、大丈夫だろう。
「じゃあ、頼むな」
任せてください!
縄がサムズアップみたいな形になった。
おれもサムズアップで応え、音の鳴るほうにむかった。
「ここか」
厨房の奥にあるドアから、音がしている。
「だれかいるのか?」
ドアを開けた先には、料理人と給仕のような若い男女が転がっていた。
手足を縛られ、猿ぐつわを噛まされている。
「#$%&」
イモ虫のように動きながら、必死になにかを伝えようとしている。
けど、まったくわからない。
「ちょっと待ってろよ。いま自由にしてやるからな」
手始めに、猿ぐつわを外した。
「助かった。けど、すぐに逃げたほうがいい」
「夫の言う通りです。あなたも巻き込まれてしまうから、早く逃げてください!」
だいぶ焦っているようだ。
いや、ここまで届く子供の泣き声が、この若夫婦から冷静さを失わせているのかもしれない。
「落ち着け。とりあえず、大丈夫だからよ」
手足の拘束を解くと、若夫婦はすぐに立ち上がった。
その足でドアから顔を出し、きょろきょろしている。
「危険はないから、ついてきてくれ」
警戒する二人の背中を押して、おれは少女の元に戻った。
「ほら、もう泣き止みなさい」
怒ることに疲れたのか、少女の口調は優しくなっていた。
「大丈夫だから、ね」
背中や頭をさすり一人ずつ落ち着かせている姿は、母親のようだ。
「この子たちです! 僕たちはこの子たちに襲われたんだ!!」
旦那の大声に驚き、子供たちが再度泣き出した。
「ああもう! せっかく落ち着いてたのに」
少女が髪を掻きむしる。
「悪かったな。けど、もうちょっとがんばってくれよ」
「言われなくてもそうするよ」
ため息を吐きながら、少女が子供たちを慰めていく。
おれはそれを横目に、動いた気配のない縄を回収した。
「なあ、なんで逃げなかったんだ?」
「この子たちを置いていけるわけないだろ」
シンプルな答えが示すのは、年齢的には姉であるが、少女の立ち位置が母であるということだ。
「大事にしてんだな」
「バカ言ってんじゃねえ。大事な子だったら、悪事させるわけねえだろ」
その通りだ。
けど、そうしなければ生きていけないのなら、話はべつである。
「生活は苦しいのか?」
「普通だよ。楽した経験がないからな」
重くズシンと響く言葉だった。
「おっと、憐れみなんかいらねえぞ。そんなもん、腹の足しにはならねえからな」
察するに、彼女たちは孤児なのだ。
けど、安定していないかといえば、そうではない。
総じて痩せ型ではあるが、栄養失調を心配するほど細くはないし、汚くも臭くもない服を着ているのが、その証拠である。
これは、最低限の庇護がなければできないだろう。
(後ろ暗い組織の……使い走りをしてんだろうな)
それは生きるための手段であり、しかたがないことでもある。
が、見なかったことにしてはいけない。
同情からここでの件を穏便に済ませたとしても、再犯するのがオチなのだ。
「初犯か?」
「あたしは違う。けど、この子らはそうだ」
自らの罪を認めることで、子供たちに寛大な処置を願っているのだろう。
ただ、やってしまったことはなくならない。
罰は全員で受けるべきだ。
けど、これだけ必死な姿を見てしまうと、心に響くモノがあるのも事実である。
情状酌量の余地を探ってもいいだろう。
「ここには盗みに入ったんだよな?」
「それは副産物。目的はアレの解体」
少女が指さす先に目をむけた。
「マジかよ!?」
完全に見落としていたが、そこにあったのは、おれが探し求めていたモノだった。