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204話 勇者は入国してすぐ刺される

 なにかあるだろうと予想していたが……なにもなかった。

 警察署のようなところで事情聴取を受けただけで、すぐに解放された。

 もう少しゴチャゴチャすると予想していたのだが、目撃証言の多さと信ぴょう性が担保されたのも大きかった。

 滞在中の居場所報告なども、必要ないらしい。

 不思議な対応ではあるが、


「入国の目的は探し物を見つけるためなんですよね? なら、一所に留まることもありませんよね?」


 と言われれば、納得するしかない。

 事実その通りだし、警備隊の顔に張り付いた、確認するのも面倒だ、という思いもヒシヒシと伝わってくる。

 どちらにせよ、面倒が無いならありがたい。


「あっ、伝え忘れましたが、特別入国許可証には有効期限があるので、お気を付けください」


 警察署を後にする際にそう告げられたので、裏返して確認した。

 空欄のカレンダーに、一週間分だけ星印がある。

 たぶん、一週間(それ)が期限なのだろう。


(充分だな)


 三日後にはフレア王国に戻らねばならないのだから、なんの文句もない。


「さて、どうすっかな?」


 入国できたのはいいが、ミノタウロスを探す手がかりはなにもない。

 もっというなら、ここに運び込まれたのかどうかも、定かではなかった。


「とりあえず、見聞を広めるか」


 田舎者のフリをしつつ、話を聞いてみよう。


「すみません。これっていくらですか?」

「三個で一パルクだよ」

「生で食べられます?」

「ちょっと硬いけど、大丈夫だよ」

「じゃあ、三個ください」


 屋台で売られているリンゴっぽいモノを買ってみた。


「ありがとうね。一口かじって駄目そうなら、この先にあるグルドって食堂に持っていくと調理してくれるよ」

「へぇ~、そうなんですか。ほかの食材の持ち込みも可能ですかね?」

「ああ。大抵のもんはどうにかしてくれるよ。もしどうにもできないなら、返されるけどね」

「じゃあ、これとこれとこれもください」


 じゃがいも、にんじん、白菜、っぽいモノを追加購入した。

 そして、それらを持ってグルドにむかう。


「ここか」


 黒い屋根と白壁の一軒家に看板が掲げられていた。

 文字は読めないが、フライパンを持ったコックと料理が描かれているから、ここがグルドだと思う。


(まあ、違う可能性もあるけど、そんときは場所を訊けばいいよな)


 おれはドアを開けて中に入った。


(…………んん!?)


 暗くてだれもいない。

 厨房にも人影がなかった。


「昼休みか?」


 二階や奥の部屋にいて、気づいていないのだろうか。


(んなわけねえよな)


 もしそうなら、施錠をしているはずだ。

 入り口近くに会計台があり、わずかながら現金も置いてあるのだから、留守ということはないだろう。

 不用心極まりないが、そうせざるをえない状況なのだ。


「すみません! だれかいませんか!?」


 野菜を机に置き、おれは声を張り上げた。


「は~い」


 緊迫感とは無縁の朗らかな口調と雰囲気を兼ね備えた少女が、奥から現れた。

 栗色の髪を後ろで結ってポニーテールにしていて、ぱっちりとした二重が印象的な、かわいい系の美少女だ。

 年齢は一五、六に見えるが、化粧っ気がないからそう思うのかもしれない。

 実際は二十過ぎ、と言われても納得できるスタイルだ。


「あの……ここってグルドという食堂ですか?」

「はい。そうです」

「この野菜を買った店の人に、ここに行けば調理してくれると教えていただいたんですけど」

「はい。承っております」

「じゃあ、これでお願いできますか?」

「喜んで!」


 よどみない対応はありがたいが、マニュアルを復唱している感じがするのはなぜだろう。


(大手外食チェーンの店員を想起させるからか? いや、口元は笑っているのに、目が死んでいるからか?)


 見れば見るほど、ブラックバイトで疲弊した子と重なってしまう。


「辞めてもいいんだよ」


 ブラック企業に勤める過酷さは理解しているので、ついポロッとこぼしてしまった。


「ええっ!?」


 なぜか、ものすごく驚かれた。


「ああ、ごめん。ウソウソ」


 無責任なセリフを撤回したが、覆水盆に返らずだ。


「本当に、ヤメてもいいんですか?」


 少女の瞳に希望が宿ってしまった。

 その姿はまるで、自殺を踏み止まれるかどうかの瀬戸際のようだ。

 これを目の当たりにして、なかったことにはできない。


「ああ、いいとも」


 なんの権限もないが、おれはそう言った。


「ありがとうございます!」


 ぶわっと涙を流し、少女が走り寄ってくる。

 抱きとめてやるべきだろう。

 そして、少女の辛さや悲しみに共感してあげるべきだ。

 けど、それはできない。


(ナイフを腰だめにかまえてなければ……話はべつなんだけどな)


 感動もへったくれもなかった。

 少女は、確実におれを()るつもりだ。


(冗談じゃねえよ)


 憐れんだ感情を返してほしい。


 グサッ


 ナイフが白菜に突き刺さった。

 机に置いた白菜を盾にしたのだが、あまり意味はなかったようだ。

 突き抜けた刃が、こんにちわしている。

 しかも、少女は刺した刃を回転させていた。

 人体でこれをやられてしまうと、内臓が傷つき治療が遅れたり、最悪できない可能性が生じる、大変危険な行為である。


「ふざけんなよ」

「くそっ」


 踵を返すが、そうは問屋が卸さない。


「ちょ、待てよ」


 逃げようとする少女の手を、おれはガッチリ掴んだ。


「離せ!」


 ぶんぶん振り回されても、それはできない相談だ。


「くそっ! みんな! 逃げろ! ヤベェ奴が来たぞ!」


 奥のほうからドタドタと動き回る音が鳴り響く。


「きゃっ!?」

「バカ!」

「ねえ!? これどうすんの!?」


 声からして、子供のようだ。


「持てるもんだけ持って、さっさと逃げろ!」


 少女の一喝で落ち着いたのか、すぐに静かになった。

 バタンと扉が閉まる音も聞こえた。


「逃げられちまったな」

「全員が捕まるよりマシさ」


 少女の言葉にウソはない。

 それぐらい清々しい表情を浮かべている。


「自分のことはいいのか?」

「アウトローな暮らしをしてきたんだ。覚悟なんて当の昔に決まってる。さあ、役所に突き出すなり、娼館に売るなり好きにしな」


 肝が据わっている、のではなく、あきらめてしまっている。

 なんとも言えない感情が胸に湧いた。

 と同時に、このままこの子を役所に突き出す気にはなれなかった。


「天涯孤独なのか?」


 そっぽをむかれた。


「逃げたお仲間はどうなんだ?」


 …………


 なにも反応がない。


「しかたねえな。んじゃ、お仲間に訊くか」


 おれが店の奥に視線をむけると、小さな音がした。


「出て来いよ。いるのはわかってるぞ」

「バカ言ってんじゃねえ! だれもいねえよ!」

「お姉ちゃんが痛い目にあってもいいのか?」


 おれはバンッ、と机を叩いた。


「ヤダ! お姉ちゃんをイジメないで!」


 五歳ぐらいの少女が飛び出してきたのを皮切りに、十歳前後の子供たちがぞろぞろと姿を見せた。


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