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203話 勇者は特別入国証を手に入れる

 おれが目の前の男をボスだと判断した理由は、二つある。

 一つは、ほかの連中と同じ黒フードを纏っているが、一人だけ意匠が凝っていること。

 もう一つは、立ち姿に隙が無いことだ。

 高度な戦闘訓練を受けているのは、疑いようがなかった。

 戦っても勝てる……とは思うが、それを安直に実行させない不気味さも兼ね備えている。


「貴様、何者だ?」

「通りすがりの冒険者だよ」

「嘘を吐くな。貴様ほどの実力者が、どこの勢力にも属してないわけがなかろう」

「じゃあ、反対に訊くけどよ。お前はどこの勢力に属してんだよ」

「ヤスモ王国だ」


 あっさりと白状したが、これを真に受けるほど、素直ではない。


「騒ぎを起こした理由は?」

「貴様の所属を明かすのが先だ」


 簡単に情報はくれないらしい。


(まあ、当然だよな)


 戦場で敵に塩を送り続けるバカはいない。

 見返りがあるからこそ、それをするのだ。


(情報を精査するためにも、もう少し会話を続けてみるべきだろうな)


 おれとボスのやりとりを注視していることもあり、フード男たちの暴挙が止んでいる。

 この状況が続くのであるなら、その時間をとることも可能だ。


「おれはフリーランスだよ」

「そんな国は聞いたことがない」

「国の名前じゃねえからな。フリーランスってのは、無所属って意味だよ」

「方言というわけか……では、出身国を教えてもらおう」

「騒ぎを起こした理由を教えてくれたら、話してやるよ」


 男が笑みを浮かべた。

 模倣したことに対するリアクションだとは思うが、どうだろう。


「我々は窮地に立たされているのでな。これは、その状況を脱するために必要な行為だ」

「ヤスモ王国ほどの大国が大変なのか?」


 男が一層深い笑みを浮かべた。


「貴様は危険だな」

「おいおい、深読みしてんじゃねえよ」

「深読みでないことは、貴様が一番よく理解しているはずだ」


 意味がわからない。

 理解できないおれがバカなのか、男が盛大な勘違いをしているのか。

 十中八九後者だが、決めつけはよろしくない。


「お前がヤスモ王国の所属で、窮地に立ってるんだろ? おれはお前が言ったことを、額面通りに受け取っただけだよ」

「その通りだ。貴様の認識に相違ない」

「なら、おれが危険だ、っていう評価はおかしいだろ」

「そんなことはない。貴様は危険だ」


 男が腕と指を素早く動かした。

 静観していたフード男たちがそそくさと撤退の準備を始めたのだから、それは部下に対するハンドサインなのだろう。

 このまま見過ごすべきではないが、動こうとするたびに男が懐のナイフを投げるような仕草で牽制してくる。

 狙いは一般市民。

 おれが動いた瞬間、幾人かは絶命する。


「卑怯だぞ」

「はっ」


 正義漢ぶってみたが、鼻で笑われた。


(なんか恥ずかしいな)


 顔が熱い。

 これ以上はおれの心にもダメージが残りそうなので、ジッとしていよう。


「本国に伝えておくぞ。ミノタウロスを単独撃破する猛獣が解き放たれている、とな」


 フード男たちの足元に魔法陣が現れた。

 細部は違うが、サラフィネの転移魔法に似ている。

 逃がすべきではないが、一撃必殺のナイフは投げさせたくない。


「ったく、お前のほうがよっぽど危険だろ」


 呆れるおれを尻目に、フード男たちが消えていく。


「我が存在など、貴様と比べたら可愛いものだ」

「バカ言うな。おれは安心安全がモットーだよ」

「くっくっく。貴様が安心安全なら、紛争地もオアシスだな」


 失礼なやつだ。

 胸に湧いたありったけの文句をぶつけてやりたいが、ボスの足元にも転移魔法が出現し、その姿は消える寸前である。


「また会う時を楽しみにしているぞ。その際は、存分に殺し合おうじゃないか」


 物騒な捨て台詞だ。

 罵詈雑言はあきらめるとしても、これだけは言っておかなければならない。


「やなこったい」


 再会即殺し合いなど、おれは一向に望んでいない。

 ただ、おれの答えを聞く前に、ボスの姿は消えていた。


「はあ~ぁ、ヤダヤダ」

「ありがとうございます! 助かりました!」

「あんた何者なんだ?」

「すげえな! 感動した!」

「あっちで私の連れが傷ついています。治癒をしていただけないでしょうか?」


 髪を掻くおれの周りに、人だかりができた。


「わしの護衛にならんか?」

「飯をおごらせてくれ」

「おれは酒だ」


 一遍にしゃべらないでほしい。

 おれは聖徳太子じゃないから、聞き分けることは不可能だ。

 ほかにもガヤガヤしているが、もうなにも聞こえない。


「すまないが、道をあけてくれ」


 喧騒をかき分け、騎士風の男が現れた。


「この度の助力、感謝します」


 片膝をつき、礼を示している。


「いいよ。気にしないでくれ。それに、この混乱を治めるほうが先じゃないか?」

「そうですね。では、感謝は改めてさせていただきます」


 騎士を手伝ってやろうと思ったが、おれが動くとかえって迷惑そうだ。

 民族大移動ではないが、それに近いことが起こりそうだし、ジッとしているのが一番いい。



「お待たせしました」


 騎士が仕事を終え戻ってきたが、正直、待っているつもりはなかった。

 ここにいても入国できず時間を無駄にするだけだから、おれはフレア王国に戻るつもりでいたのだ。

 けど、群衆が離してくれなかった。

 おれに興味があるのもそうだが、一番の理由はフード男たちが戻ってくる可能性があるから。

 待っている間に聞いた話では、彼らは急に現れたらしい。

 おそらく、逃げたときと同様、転移魔法を使用したのだと予想された。

 だから、いつ舞い戻っても不思議ではなく、気が気でないようだ。

 ただ、入国審査が再開されたのと、警備兵の数が明らかに増したことで、大部分の者が落ち着き、離れていった。

 時間の経過とともにそれは加速し、やっとこさ動ける状態になったところで、騎士が戻ってきたわけだ。


「詳しいお話をお聞かせください」

「ここで?」

「いえ、しかるべき場所にご案内します」


 ありがたいことだが、後に発覚して面倒臭いことになるより、ちゃんと前もって告げておくべきだろう。


「あ~、おれ入国許可証持ってないんだよね」

「おい」

「はっ」


 騎士が顎をしゃくり、部下が走り去った。



「お待たせしました。これをどうぞ」


 手渡されたのは、特別入国許可証だった。


「えっ!? いいの!?」

「もちろんです。では、こちらにお越しください」


 入国できるようだが、上手くいきすぎてて怖い。


(なんもないといいな)


 ありえないだろうが、そう思わざるをえなかった。


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