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202話 勇者はパスポートがない

 完全に夜が明けたころ、おれの周りからモンスターの姿は消えた。

 数は多かったが、なんの問題もない。

 赤子の手をひねるも同然だ。

 ただ、気が晴れたかといえば、そうでもない。


「でりゃりゃりゃりゃ」


 と八つ当たりをしているときはよかったが、冷静になった途端……後悔した。


「どうすんだよ!? コレ」


 散乱するモンスターの死骸は、おびただしい量になっていた。

 逃げる個体は見て見ぬ振りをしたのに、このありさまだ。

 疫病の発生を考慮するなら、放置するわけにもいかない。


(……しゃーねえ、後処理するか)


 この決断をしたとき、空はまだ薄暗かった。


「レーザーショット」


 で大穴を掘り、


「ウインドショット」


 で死骸を落としていく。


「ファイヤーショット」


 で火葬をしながら、


「ファイヤーボール」


 で穴周辺の土に付着した血を焼き払う。

 最後に、


「サンドショット」


 で穴を埋めれば完了だ。

 それを何度か繰り返した。

 途中で嫌になり作業が荒くなってしまったのは反省だが、処理は終わったので問題ない。

 注意深く観察すれば違和感はあるが、掘り返してまで確認するレベルではない……はずだ。


 バンバン


 気休めではあるが、数回踏み固めた。


「よし、行くか」


 いまからむかえば、門の前にあった黒山の人だかりも少なくなっているだろう。



「マジかよ!?」


 漏れた言葉の先では、人が雲霞(うんか)のごとく密集していた。

 その数は、夜明け前より増えている。


「入国を希望される方は、それぞれの列にお並びください! 右から魔族領からお越しの方、ミドナ王国からお越しの方、ヤスモ王国からお越しの方、フレア王国からお越しの方です」


 魔法で拡声しているのか、案内がよく聞こえる。


「一番左か……ンゲッ」


 ハンパない列の長さだ。

 一番少ないヤスモ王国と比べると、五~十倍はある。


(冗談じゃねえよ。こんなもんに並んでられるかよ)


 行列に並ぶのが嫌いということもあるが、一番の理由はそれが無駄になる可能性があるからだ。

 パスポートのようなモノを所持していないおれは、入国できない気がする。

 ただ、それは地球にかぎった話であり、あきらめるのはまだ早い。


(パスポートがあると決まったわけじゃねえからな)


 フレア王国から来たことを示すだけでいいのなら、通貨(パルク)が使える可能性だってある。

 各国で通貨が違えば、証明になるはずだ。

 もちろん世界的に同一貨幣が流通している可能性もあるが、悲観的になるのはよろしくない。

 でないと、その通りになってしまう。


「あんちゃん、相当な田舎者(いなかもん)だな。この辺一帯でパルクが使われてるのは、常識だぞ」


 ヒマそうなおっちゃんに訊いたら、現実になってしまった。


「大体、入国には事前申請が必要なのも、知ってて当然だろ」


 呆れながらも、おっちゃんはさらに説明してくれた。

 自分の籍がある国を仮にフレア王国だとするならば、出発前にフレア王国で渡航の申請をし、問題がなければ許可証が発行されるそうだ。

 ただ、それを持っているからといって、入国が認められるとはかぎらない。

 ちゃんと審査をされ、場合によっては門前払いをくらうそうだ。

 大枠は地球と一緒であり、それがわかっただけでもありがたかった。

 けど、八方塞がりになったのも事実である。


(ここまで来たのに、なにもしないで帰るのもなぁ~)


 フミマ共和国には逃げたビーストテイマーがいるかもしれないし、ミノタウロスが持ち込まれた可能性だってある。

 せめて、それぐらいは探りたい。


(う~ん。どうすっかなぁ)


 悩むおれを不憫に思ったのか、おっちゃんが続けて言った。


「あんちゃん、立派な肩書持ってねえか? もしあんなら、特例で認めてくれっかもしんねえぞ」


 国までいかなくとも、村の重役でも可能性はあるそうだ。


「まあ、こんな基礎の基礎も知らねえんだから、んなことありえねえか」


 おっちゃんの言う通りである。

 おれにはなんの肩書きもない。

 こうなってしまうと、ユウキと離れたのは間違いだった。

 フレア王国が認める勇者の称号があれば、入国にはなんの問題もなかったはずだ。


(おれも一応、勇者ではあるんだけどなぁ)


 そんな思いが胸をよぎるが、口にはしない。

 証明できないし、下手に騒いで要注意人物にでもなろうものなら、審査すら受けられなくなってしまう。


「しかたねえ」


 時間はロスするが、一度戻って入国のための手続きをするしかない。

 リリィの救出のためと言えば、迅速に対応してくれるだろう。


「よし。そうと決まれば、戻るか」


 全力を出せば、日のある内に戻ってくることも可能だ。


『うあ~っ』


 走り出そうとした足を止めるように、悲鳴があがった。

 次いで、爆発音と煙が立ち昇る。


「に、逃げろ~!」

「やめて! その子を放して!」

「手遅れだ! あきらめろ!」

「イヤ~ッ」

「逃がすわけがなかろうがっ!」


 泣きわめく女を抱えて走り去る男の背中に、黒いフードを被った男がナイフを投げた。


「ぐあっ!」


 痛みに表情を歪めながらも、男は必死に足を動かしている。

 しかし、足取りがおぼつかない。


「それそれ」


 よほど大事な相手なのか、投擲されたナイフが女に当たらないよう、男はその身を盾にした。


「トドメだ!」


 それが刺さったところで、男の未来にはなんの影響もない。

 放っておいても、死ぬだろう。

 おれが動いたところで生き永らえるとはかぎらないが、見殺しにするほど薄情でもなかった。


「よっ」


 ナイフの射線に入り、叩き落とした。


「貴様! 何者だ!?」

「大丈夫か?」


 驚くフード男を無視し、ナイフの刺さった男に話しかける。

 うなずいたので、意識はあるようだ。


「ちょっとイテェかもしんねえけど、我慢してくれよ」


 背中に刺さったナイフを抜き、回復魔法(ヒール)を施した。

 傷が塞がり、顔色もよくなっていく。


「無駄なことを」


 フード男は特定のだれかを狙ったわけではないらしく、おれに邪魔されたと判断した途端、べつの標的に攻撃を仕掛けている。

 しかも、フード男は一人じゃなかった。

 複数の人間が凶刃を振るっている。

 警備隊もいるようだが、フード男たちのほうが実力は上だ。


「このままじゃダメだな」

「ありがとうございます。僕はもう大丈夫だから、行ってください」


 男が本調子でないのは一目瞭然だが、声には覇気があった。


「私からもお願いします」


 泣いていた女も、だいぶ落ち着いたようだ。

 これなら、任せてもいいだろう。


「んじゃ、悪いけど行かせてもらうよ」

『はい。皆を救ってください』

「よっ!」


 男の元を離れ、手近なフード男にケリをかました。


「それっ……あらよっと……もういっちょ」


 次々に殴り倒していく。


「それぐらいにしてもらおうか」


 もう少しで全滅させられそうなところで、おれの前にボスらしき男が立ち塞がった。


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