199話 勇者とステルの交渉
「師匠! やりましょう! いえ、やるべきです!」
ユウキの鼻息が荒い。
グイグイ来る感じも、イノシシのそれを思わせる。
「子供は宝です! 未来です! たとえ他国であろうとも、子供が脅かされているのは、放っておけません!」
子供が宝である、というのはおれも同感だ。
けど、脅かされているかどうかはわからない。
現状では、ステルの証言だけしか聞いていないのだ。
「今すぐ救出に向かいましょう!」
「落ち着け。まずはきちんと話をしてからだよ」
急いては事を仕損じる。
いまがまさにそれだ。
「ステルは、なんで戦争を回避したいんだ?」
「先ほども申しましたが、開戦となれば、子供たちが前線に送られてしまいます」
想像だけで悲痛に歪む表情からして、それは確定事項なのだろう。
「ってことは、ハリス盗賊団は傭兵や騎士の役割も担っているのか?」
「申し訳ございません。誤解を与える表現をしてしまいました。我々ハリス盗賊団は、上層部より与えられた任務を遂行するために、小規模集団を組むことはありますが、基本個人活動のみを行います」
そうであるなら、前線にハリス盗賊団はいない。
なぜなら、強い軍隊の条件には、兵数の多さと練度の高さが挙げられるからだ。
同じ釜の飯を食ったり、なんてことない世間話をしていることも、軍として戦うときには重要だったりする。
それをせず、強力な助っ人にはなりえない。
(まあ、例外もあるけどな)
一騎当千の強者であるなら、数も練度も関係ない。
一人で戦場に赴き、好き勝手に暴れればいいだけだ。
ただ、それをしてしまうと、敵味方問わず混乱を招いてしまう。
戦場のパニックは、百害あって一利なしだ。
それは地球の歴史が証明している。
餅は餅屋に任せるのが適任であるように、軍隊の戦いは軍隊に任せるのが最適だ。
そして、強者には強者の使い道がある。
「暗殺か」
ステルがうなずいた。
敵の重要人物を殺せば、相手にだけ混乱が生まれる。
失敗したとしても、盗賊の子供を一人失うだけで済むのだから、上手くいったときの費用対効果は破格である。
「成功率は?」
「限りなくゼロに近いです」
リスクしかないなら、子供を従事させたくないのは当然だ。
そこに価値を見出しているのなら、なおさらである。
「なるほど。ステルが戦争を拒む理由はよくわかったよ」
「では、お力添えをいただけるのですね?」
「焦るな。まだ話は終わってねえよ」
「そうですか」
ステルが肩を落とした。
「戦争を拒む理由はわかったけど、それを実行する道筋はあるのか? そこの用意がないなら、話になんねえぞ」
「もちろんです。成生様が各地で暴れ回り、戦争どころではなくせばいいのです」
思った以上にパワープレーだった。
「ふざけんなよ! んなことしたら、おれが侵略者みたいじゃねえか」
「みたい、ではありません。文字通り、侵略者になっていただきたいのです」
「バカ言ってんじゃねえよ。なにを好き好んで札付きになんなきゃいけねえんだよ」
「弱き者たちを守るためです」
言いたいことはよくわかる。
絶対的な大企業の傘下に収まれば、食いっぱぐれることがなくなるのと同じ理論だ。
(でも、それじゃダメなんだよ)
自らの環境を変えないかぎり、いつまでも上の意向に怯える日は続いてしまう。
そしてなにより、おれがこの世界に留まり続けることはないのだ。
魂のカケラを探し当てれば、その時点でおれはこの世界から消える。
そうなれば、ステルたちの境遇は元に戻るだろう。
(大切なのは、どんな環境でも生き抜く実力を養うことなんだよな)
それが簡単ではないことは理解しているが、そこに挑まなければいけない。
そしてそれには、相応の覚悟も必要だ。
「ずっとそうやって生き続けるのか?」
コバンザメや風見鶏のように、勢いや力の強いほうにかしずくことを批難するつもりはない。
それに、ステル個人ならべつの生きかたを選ぶことも可能だろう。
少数で王宮から重要書類を盗み出した手腕からして、引く手数多なのは疑いようがない。
それができないのは、
「子供たちを守るためです」
という枷があるからだ。
(まあ、本人からすれば枷じゃなく、生きる理由なのかもしんねえけどな)
支えているようで、実は支えられている。
そんなことはよくあることだ。
「じゃあ、その子供たちの数は?」
「少なく見積もっても、数十~数百はいます」
予想通りといえばそれまでだが、やはり実子の話ではなかった。
そして、かなりの幅を持たせて申告したということは、いまも大量補充と大量消費が成されている、というメッセージも含まれているのだろう。
(さて、どうしたもんかな)
ステルの計画を実行することは可能だ。
けど、それはおれが単身だった場合である。
事が済んだらいなくなるおれからすれば、どんな悪評が広まろうと知ったことじゃない。
ただ、現状おれのそばにはユウキがいる。
勇者たる存在に、悪評を背負わせるわけにはいかないのだ。
リリィを救い出した英雄という一発逆転の手札があるのだとしても、それは悪手でしかない。
(いや、考えかたを変えれば……こりゃ好都合かもしんねえな)
リリィをさらったのは魔族だが、そこと繋がりのあるハリス盗賊団の人間と知り合えたのだ。
しかも、ステルは諜報員として、折り紙付きの実力を兼ね備えている。
「なあ、リリィ姫がさらわれたことは知ってるよな?」
「もちろんです。それが戦争の引き金ですから」
「じゃあ、現在の居場所は?」
ステルがかぶりを振った。
「探し出すことは可能か?」
「派手な動きはできませんが、所在を確認するぐらいなら可能です」
「なら決まりだ。ユウキ、お前はステルと行動し、リリィ姫の居場所を探ってきてくれ」
「師匠はどうされるのですか?」
「おれは戦争を停めるために動く」
「いけません! 罪なき人を苦しめるようなことは見過ごせません!」
ユウキがおれの前に立ち塞がった。
勇者として好ましい姿だが、早とちりである。
「安心しろ。見境なく暴れるつもりはねえし、だれかを傷つけるつもりもねえよ」
「それでは話が違います」
ステルがそう言うのはもっともだが、おれからすればなんの不思議もない。
「話が違うもなにも、おれたちはまだ契約を結んだわけじゃないからな。どんな方法を選択しようとも、おれの自由だ」
「なら、私がリリィ姫の所在を探る理由もありません」
それはその通りだ。
けど、勘違いしてもらっては困る。
「おれはステルを抱く気はないし、金にも困ってない。もちろん、名声もいらない。その前提を踏まえたうえで訊くが、差し出せる対価はあるのか?」
ステルが唇を噛んだ。
「仕事ってのは、正当な報酬があって然るべきなんだよ。もし本当におれに戦争を停めさせたいなら、まずはリリィ姫の所在を突き止めろ」
「わかりました」
「ユウキはおれの代わりにステルを監視してくれ。一挙手一投足を見逃すなよ」
「了解しました」
「けど、命を懸ける必要はないからな。危険を感じたり、信用ができないと思ったら、すぐさま逃げ出してこい」
ユウキがうなずいた。
「ステルも理解してるとは思うが、無茶はするなよ。それと、ユウキをおれだと思って接してくれ」
「もちろんです」
「んじゃ、行動に移るか」
「お待ちください。連絡手段はどうされるのですか?」
「そっちはどれぐらいかかる?」
「二日ください」
短いように感じるが、声からは絶対の自信がうかがえる。
「なら、三日後、この部屋で集合しよう」
『了解しました』
おれたちは再会を約束し、行動に移ることにした。