198話 勇者は迷う
「マジで信じられないんですけど!?」
夜。
眠るにはまだ早い時間だが、おれとユウキは日の出前に出発する予定のため、すでに横になっていた。
「聞いてます!?」
ちなみに、声の主はユウキではない。
それぞれが個室を借りているので、本来この部屋にはおれしかいないのだ。
「狸寝入りとかキモイんですけど」
幽霊にしてはうるさいが、相手は生きてる人間だからしかたない。
諦めて帰るのを待つだけだ。
「起きてくださいよ。今なら私の裸が見れますよ」
おれは布団を被った。
「ちょっ、そのリアクションはマジで傷つきますよ」
揺さぶってくるが…………無視だ。
「わかりました! 添い寝をして既成事実を作ればいいんですね」
「入ってくんじゃねえよ!」
布団をめくり侵入を試みる輩を、おれは蹴り出した。
「痛いじゃないですか」
「ったく、いい加減にしろよ」
明かりを灯すと、わき腹を押さえうずくまるステルがいた。
「お前、マジで全裸なんだな」
驚きよりも、呆れが勝っている。
「裸が見れますよ、って言ったじゃないですか」
うずくまっているので大事なところは隠せているが、ドヤ顔なのはなぜだろう。
「逃亡に公然わいせつか……そんなに刑期を延ばしたいのか?」
「いや、美女が裸で迫ってるんですよ? そのリアクションはあんまりですし、問答無用でケリを入れるのも駄目でしょう」
「んなこと言われてもよ。自衛は必要だろ」
「いや、男ならこんな豪華な据え膳は食うものでしょう」
自分を豪華と言うあたり、よほど自信があるようだ。
否定はできない。
さあ、こい! とばかりに大の字に寝そべったステルは、間違いなく美人であった。
栗色のショートカットと切れ長の瞳が印象的であり、背が高くスレンダーなわりに、胸などの女性的な部分は大きく発育している。
第一印象と捕らえたときの印象を足して二で割った、と表現するのがピッタリだ。
「で? なにしに来たんだよ?」
余っている服はないので、毛布を投げながら訊いた。
「交渉です」
「言ったはずだぞ。おれは信用できないやつと話すつもりはねえ、ってよ」
「理解しております。ですからこうして、隠すモノのない姿で参った次第です」
毛布を巻かず、ステルが直立不動の姿勢をとった。
「お話だけでも、聞いていただけないでしょうか?」
声も堅く、これまでのおちゃらけた雰囲気も鳴りをひそめている。
(あ~っもう、面倒くせえなぁ)
すべてを放り出して寝たいところだが、しゃべっているうちに眠気も飛んでしまった。
「ったく、わかったよ。話は聞いてやるから、服を着ろ」
「ありがとうございます」
ステルが深く頭を下げた。
「早速ですが、私に力を貸してください」
「いや、まずは服を着ろ、って言ったよな? なに普通に話し始めてんだよ」
「いえ、着てもどうせ脱ぐことになりますし」
「なんねえよ」
「なります! 私が差し出せるのは、この体しかないのですから」
抱かれる覚悟があるのは理解したが、おれが言いたいのはそういうことじゃない。
「お前が差し出せるモノがなんなのかは、どうでもいいんだよ。おれが問題にしてるのは、お前の誠意の欠如だ」
「この先、私が死ぬまで、いついかなる時でもお相手します」
「はあ~ぁっ。ステル。これが最後のチャンスだ。もし本気で交渉する気があるなら、服を着ろ。そして、腹の内を明かせ」
これ以上、時間を無駄にするつもりはない。
のらりくらり躱す気でいるなら、おれにも考えがある。
「わかりました」
ステルが服を着た。
手足が若干震えているところを見ると、おれの本気が伝わったようだ。
「これでよろしいでしょうか?」
「まずはな。んじゃ、おれに身分を打ち明けたわけを訊こうか」
おれとステルは今回を除いて二度会っているが、外見的特徴が違うのだから、初めてを装うことは十分可能だった。
それをせずに、同一人物だと自白した理由が知りたい。
「失礼であることは重々承知しておりますが、信用出来る方か判断させていただきました」
煙に巻く気はなさそうだ。
「お眼鏡には適ったんだよな」
「はい。前回と今回で、それは揺るぎないモノになりました」
「で? おれになにをさせたいんだよ?」
「戦争を回避してください」
「それはおれに頼んでも無理だろ」
個人が背負うには重すぎる案件だ。
「いいえ、現状、成生様より適任な方はおりません」
「理由は?」
「我儘でお強いからです」
失礼な評価だが、的を射てるのも事実だ。
「我々のような力ない者は、消費されて終わりです。どれほどの綺麗事を並べ立てても、それが変わることはありません。しかし、上が代われば、変わります」
「クーデターに加わるつもりはねえぞ」
「そんなことは望んでおりません。私が望んでいるのは、戦争の回避、それだけです」
それが意味するところは、革命は自分たちで行う、ということだ。
「なら、開戦したほうがいいんじゃねえか?」
世の中が混乱しているときのほうが、奇襲や革命の成功率は高いはずだ。
けど、ステルはかぶりを振っている。
「子供たちが戦地に派遣されては、元も子もありません」
「なるほどな」
少し前に口にした、力ない者とは、子供たちを指していたのだ。
いつの時代、どこの世界においても、戦火で割を食うのは女性と子供である。
ステルは、そこを護ろうとしていた。
(まいったな)
事情を聞いたら、力になってやりたいと思ってしまった。
けど、おれはすでにカブレェラ王とリリィ姫救出の契約を結んでいる。
(前者を放置したまま二重契約を結ぶのは……なんとなく憚れるんだよな)
もちろん、絶対にダメとは思っていない。
目的の道中に達成できる案件であるのなら、ダブルブッキングも許容できる。
(あれ? そういえば……)
フッと思い出した。
「なあ、ミノタウロスの死骸を盗んだのは、ハリス盗賊団で間違いないんだよな?」
「十中八九そうだと思います」
ステルはそこに加わっていないので、断言できないらしい。
「別動隊が動いた、ってことか」
「そうだと思います」
「ハリス盗賊団内において、ステルの地位は高いのか?」
「実行部隊の中ではそれなりの位置におりますが、ハリス盗賊団という枠組みの中で見れば、下から数えたほうが早いです」
言動は誠実で、ウソは感じない。
けど、言い表しようのないモヤモヤがある。
(う~ん。なんだろうな? これ)
モヤモヤの正体がわからぬまま、ステルと契約することはできない。
いや、してはいけない気がする。
「師匠! やりましょう!」
そんなおれの気持ちを無視するように、部屋に入ってきたユウキがそう言った。
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