197話 勇者は犯罪者を役所に突き出した
「すみませんでした」
おれの部屋で、女が土下座をしている。
「ほんの出来心なんです」
「人を殺すことが、か?」
「いや、殺すつもりなんて毛頭ありませんでした」
こいつはウソつきだ。
殴打は、確実におれを殺すための一撃だった。
「じゃあ、なんでおれを殴ったんだよ?」
「クライアントからの指示です」
「殺せ、だよな」
「違います。生死は問わないから連れて来い、です」
女はかぶりを振りながら訂正したが、あまり変わらない。
「そんな物騒なことを発注したのは、どこのどいつだ?」
女は口をつぐんだ。
…………
「守秘義務か。すばらしいな」
「お褒めにあずかり光栄です。今なら安く雇えますよ」
イヤミのつもりだったが、まったく意に介した様子がない。
逆に売り込みをしてくるあたり、なかなか図太い神経をしているようだ。
「二重契約はアリなのか?」
「条件次第です。請けた仕事は全うする。が、我が組織のルールなので」
「なるほど。じゃあ、おれは一生お前につき纏われることになるわけだ」
「お前ではございません。私には、ステルという名前がございます」
……ステル……どこかで聞いた気がする。
(どこだっけ?)
記憶を呼び起こす。
「ああ! 逃げたメイドか」
王城から書筒などを盗んだ女だ。
「けど、顔が違くねえか?」
あのメイドはセミロングの黒髪で、目じりの上がった切れ長の瞳が印象的だった。
背も一六〇前後と高く、痩せ型のスレンダー美女と記憶している。
が、目の前の盗人は栗色のロングヘアーで、まん丸のたれ目。
座っているため身長はわからないが、胸は大きい。
とてもじゃないが、同一人物とは思えなかった。
「女はTPOに合わせて、装いを変える生き物です」
「まあ、たしかに化粧一つで印象が変わるのも、事実だよな」
実際、小学校の同級生と二十を超えて再会したときには、驚いたものだ。
印象を変えるメイク方法を描いたコスプレ漫画も存在したから、案外特徴を変えるというのも可能なのかもしれない。
けど、まったくの別人であると思わせる腕前は、至難の業だろう。
それこそ整形といった手段を講じなければ、ここまでは不可能な気がする。
(まあ、それができるんだから、腕はピカ一なんだろうな)
「ご理解いただけましたか?」
うなずかざるをえない。
「でも、相手は選んだほうがいいぞ」
「依頼の話ですか?」
「ちげぇよ。おれが言いたいのは、むやみに他人を試すんじゃねえ、ってことだよ」
ステルの表情がパッと輝いた。
「お前……マジで性格悪いんだな」
「はて? なんのことでしょう?」
可愛らしく小首をかしげているが、これすら演技なのだからタチが悪い。
正直、辟易する。
「さっき言ったろ。むやみに他人を試すんじゃねえよ」
「誤解です。試してなどいません」
「なるほど。あくまで認めないわけだ。んじゃ、面倒くせえし、役所に突き出すか」
「どうぞご自由に」
動じた様子がない。
ステルからすれば、そんなことをするはずがないと考えているのだろう。
(まあ、間違っちゃいないけどな)
もとよりその気があるなら、捕まえてすぐ、役所に直行する。
わざわざ宿に連れ帰り話を聞こうとしている時点で、その可能性は低いと予想することも可能だ。
けど、ステルは重要なことを見落としている。
「おれはたしかに話をする前提ではいたけど、それは相手を信用できる場合にかぎってで、ウソつきと無駄な時間を過ごす気はねえよ」
用意しておいた縄でステルを拘束した。
「ちょちょちょちょちょ。それは駄目! 絶対に駄目!」
「うるせえよ。こうしなきゃ、役人を連れてくるまでに逃げるだろうが」
「逃げない逃げない。いや、逃げません」
「あ~っ、わかったわかった。仲間を連れてくるから、ちょっと待ってろ」
魔法の縄で捕まえた男は、隣りの部屋でユウキに監視させている。
口裏合わせをさせないために別個にしていたが、もはやその必要もない。
「本当に申し訳ございませんでした。誠心誠意、真摯に対応しますので、幾ばくかの猶予をください!」
縄で手足を拘束しているのだが、ステルはそれを感じさせない動きでおれの進路を塞いだ。
「じゃあ、最後のチャンスをやるよ。おれを試したよな?」
「はい。試しました」
「理由は?」
「お察しの通りだと思います」
「そうか。言うつもりはないか」
「言います。私の口から説明させていただきます」
ステルは腹を決めたようだ。
「我々はハリス盗賊団の間者であり、フレア王国城より機密文書を盗むために潜入しておりました。そこで信頼を得るために誠心誠意働き、皆が油断した頃合いと事件の隙をついて、計画を実行したのです。その際、『成生』様に阻止されそうにはなりましたが、我々は見事それを成し遂げ、クライアントへの受け渡しと報告を完了しました」
事務報告っぽいが、声には成し遂げたことへの達成感が感じられる。
そして、何気なくおれの名前を強調したのにも、ちゃんと意味がある。
こちらのことは知っている、と匂わせているわけだ。
(マジでこいつ、面倒くせぇな)
もはや、話すことも嫌になるレベルだ。
「ですがその際に、今回の任務が追加されました」
ステルの声が急に重くなった。
「無理です、って言ったのに……やればできるだのなんだのと……」
歯切れまで悪くなっている。
「ああ……本気で死んでほしい」
かろうじて聞き取れるレベルではあるが、そんなこともボヤいている。
身の置き場がブラックだとアピールしているわけだ。
これに同情して話に乗ってくれば儲けもの、と考えているのだろう。
(こいつスゲェな)
ここにきて、まだおれを煙に巻くことを諦めていない。
「そうなれば尻尾を振れるのに……」
チラチラとむけられる瞳は、少しだけ潤んでいる。
庇護欲を掻き立てるような表情や仕草も、実に効果的だ。
「よしわかった。ステルの気持ちは十分理解した」
「ありがとうございます!」
「気にするな。んじゃ、役所に行くぞ」
小脇に抱え、おれは部屋を出た。
「いやいや、おかしいでしょ!?」
「ユウキ、そいつも役所に突き出すから、一緒に来てくれ」
「はい。了解しました」
ユウキが男を抱え、おれについてくる。
「こいつら盗人です」
「マジで引き渡すの!? ありえないんですけど!?」
「ごくろうさん」
ステルは信じられないようだが、おれと役人は当たり前のように引き渡しを完了した。