195話 勇者の腹は満たされる
泊まることにしたのはいいが、宿の確保が必要だ。
前回の町のこともあるので、早急に動いたほうがいい。
今回の町はユウキも馴染みがないらしく、宿の場所すらわからないのだから、より急がなくてはダメだ。
「おっ、あそこそうだよな」
「はい。間違いありません」
見つけた宿に飛び込んだ。
「すみません。二部屋空いてますか?」
「……はい。ご用意できます」
今回は一発で成功だ。
(ありがたい)
案内された部屋は四畳半にベッドと机が置かれただけの素泊まり専用だが、なんの文句もない。
ぐうぅぅぅぅ
ベッドに腰かけたら、腹が鳴った。
壁掛け時計に目をやると、午後三時半を少し過ぎたところ。
昼飯には少し遅く、夕飯には少し早い。
けど、この世界に来てから食事をとっていないおれとしては、なんの問題もなかった。
なんなら、すべてのことを早めに済ませ、日の出とともにフミマ共和国に入国してもいいな、なんて思う。
(ユウキはどうだろう?)
腹の空き具合と今後の行程を確認しよう。
「それはいいですね。師匠、そうしましょう」
ユウキも賛成であるようだ。
「んじゃ、飯にするか。なんか食いたいモンかうまそうな飯屋知ってるか?」
宿にはルームサービスのようなシステムはなく、食事は外に行かなければならない。
「すみません」
謝りながら、ユウキがかぶりを振った。
「いいよ。んじゃ、適当に歩きながら探すか」
「師匠、味は知りませんが、あの店は王都でも噂を聞きます」
町を歩き出してすぐ、ユウキがそう言った。
指し示された店の前には、どんぶりと麺を持ち上げる箸が描かれた看板が据えられている。
(蕎麦屋……じゃなくて、ラーメン屋か?)
漂ってくる香りは、豚骨のような動物性のモノだ。
(どっちかっていうと、魚介系の醤油が好きなんだよな)
とはいえ、豚骨が嫌いなわけじゃない。
全然ありだ。
むしろ、電話やインターネットのない世界において、距離のある王都まで噂が伝播するほどの味を保有する店に、興味津々だ。
数人並んではいるが、行列というほどでもない。
「よし。んじゃ、あそこで飯にするか」
「はい」
おれたちは、入店待ちの列に並んだ。
客の回転も速く、十分もかからず席に着けた。
メニューを見ても字が読めない。
絵や写真もなく、なにがなんだかちんぷんかんぷんである。
おれは早々にあきらめ、ユウキと同じ物を頼むことにした。
「お待たせしましたぁ」
出てきたのは、豚骨ラーメンと餃子とチャーハンのようなモノ。
どれも熱々で食欲をそそる。
『いただきます』
まずはラーメンから。
レンゲでスープをすくい、口に運んだ。
動物系の旨味が濃い。
と同時に、臭みも強かった。
クセが強く好き嫌いは分かれるだろうが、ゴルゴンゾーラチーズが許容できる者なら、平気だろう。
おれもその一人だ。
ただ、スープを飲み干すのはむずかしい。
(美味いけど、クセが強すぎるんだよな)
麺に移ろう。
白濁のスープから持ち上げたそれは、たまご麺ではなくそうめんのように白く細長いモノだった。
味も淡白であり、麺を楽しむというよりは、そこに纏わりつくスープを楽しむ意味合いが強い気がする。
(ちょうどいいかもしんねえな)
濃いスープと淡白な麺が合わさることで、いい感じに調和されている。
(すばらしい!)
次いで、餃子に手を伸ばした。
平皿に三個。
数は少ないかもしれないが、一個がデカイ。
大手チェーン店で提供される倍ぐらいある。
問題は餃子のたれだ。
しょうゆ。
しょうゆとラー油。
しょうゆとラー油と酢。
酢とコショウ。
好みはそれぞれだろうが、カウンターにそれらしきモノが見当たらない。
それもそのはずだ。
この世界では、なにも付けないのが一般的であるらしい。
ユウキを筆頭に、みな一口でいっている。
(絶対アチィだろ)
ハフハフ、ヒィヒィ言っている。
熱いのは間違いないが、表情は至福に満ちていた。
(どれ)
おれも一口でいってみた。
(ッチィ)
一噛みした瞬間、口の中が肉汁で満たされる。
(うめぇ!)
濃厚な肉の旨味に加え、野菜のさっぱり感が上手く重なっている。
(マジでレベル高ぇな)
東京でも十分勝負できるどころか、行列店になると思う。
(この分なら、チャーハンもすげぇんだろうな……んん!?)
一口食って、おれは首をかしげた。
(薄いな)
見た目は立派なたまごチャーハンなのだが、味がしない。
正確には素材の味がしているが、前の二つが濃かったので、物足りなく感じるのだ。
(これは外れだな)
ガッカリしたが、それは間違いだった。
ユウキをはじめ、みなチャーハンと一緒にラーメンや餃子を食べている。
(っ! おお!)
マネしたらすごかった。
美味さのレベルが跳ね上がっている。
昔のアニメなら、目や口から光線が出るレベルだ。
(いや~、マジでうめぇな)
箸が止まらない。
(職場や家の近所にあったら、マジで通うな)
胃袋を掴まれてしまった。
「ふぃ~、満腹満腹」
完食だ。
心も体も満たされた。
「んじゃ、帰るか」
「お待ちください」
席を立とうとしたら、女性店員に呼び止められた。
「食後のお茶をお持ちします」
ほかの客にはなかったような気がするが……
「忙しい時間を外して来てくださった方へのサービスです」
余程怪訝な表情をしていたのだろう。
熱いお茶を置いてくれた店員が、そう説明してくれた。
せっかく用意してくれたのだから、いただいていこう。
「お済みの皿は下げてもよろしいですか?」
「はい、お願いします」
「ありがとうございます。あっ!?」
油で滑ったのか、店員が餃子皿を取りこぼした。
それ自体はなんの問題もないが、皿がおれの前にある湯呑を倒したのは、大問題である。
「アヂィ!」
太ももに熱々のお茶が直撃し、おれは飛び上がった。
「ももも、申し訳ございません」
「ひ、冷やすもんちょうだい」
「しょ、少々お待ちください」
「お客様、大変申し訳ございません。そのままではヤケドの恐れもございますので、裏へお越しください」
奥に引っ込んだ店員と入れ替わるように、スーツ姿の男が現れた。
たぶん店長か経営者だろうが、いまはどうでもいい。
男の言う通り、このままではヤケドをしてしまう。
かといって、ここでズボンを脱ぐわけにもいかない。
おれは男の提案に乗り、店の奥に移動した。