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194話 勇者の買い物が原因で足止めを食う

 前回とは違う町のとある宿の一室にて、おれとユウキは机を挟んで対面に座っている。

 部屋にいるのはおれたちだけで、カブレェラ王の姿はない。

 信念を曲げる交渉は、少数で行うほうがいい、という配慮からだ。


「わかりました。俺は洗脳されたフリをすればいいんですね」

「おっ!? おお」


 難航が予想されたが、事情を話し終えてすぐ、ユウキは了承した。

 あまりのあっけなさに、おれのほうが動揺してしまったほどだ。


「では、この先師匠はどう動かれるのでしょう? そして、俺はどう動けばいいのですか?」


 前のめりがすごい。


(いや、特になんも考えてねえんだよな)


 とは、口が裂けても言えない雰囲気だ。


「師匠!?」

「大丈夫。わかってるよ。今後の方針だろ」

「はい! お願いします!」


 必死に頭を働かせる。

 キラキラした瞳に応えるためにも、なにか思いつかなければ…………


(ダメだ)


 なんにも浮かばない。

 プレッシャーがきつすぎて、妙案のみの字も出てこなかった。


「よし。まずはフミマ共和国に行こう」


 お茶を濁すためにも、とりあえず動くことにした。


「フミマへ……ですか?」

「ああ、そうだ」


 意味はないが、重々しくうなずいてみせる。


「なぜ、フミマなのでしょう?」

(とりあえず、一番安全そうな国だから)


 というのが本音だが、ここは意味深にしておくべきだ。


「今回の騒動の鍵は、フミマ共和国が握っている」

「そうなのですか!?」

「おれの予想が正しいければ、な」


 適当なことこの上ないが、まるっきりのウソでもない。

 フミマ共和国にかぎらず、どこかが方針を転換すれば、それは必ず戦局に影響する。

 そしてその可能性が一番高いのが、フミマ共和国だ。


「わかりました。では、さっそく行動に移りましょう」

「おうよ」


 おれは机にコインを一枚置いて、宿を後にした。

 これは、ユウキを説得できたかどうかを示す暗号だ。

 一枚は成功、二枚は失敗を意味している。

 カブレェラ王たちが後の戦略を考えやすくすることが目的だが、こうすることで旅の資金援助などをしてもらえる約束になっている。


「ところで、フミマ共和国はどっちだ?」

「北西の門を抜け、街道沿いに進んでください。今から向かえば、日没前に到着できると思います」

「んじゃ、急ぐ必要はねえな」


 てれんこてれんこ歩き出した。


「あの……」

「んん!? どうした?」

「いえ、なんでもありません」

「そっか。ああ、寄りたいとこがあるなら、遠慮なく言ってくれよ」


 …………


「ありがとうございます」


 間が空いたのは、なぜだろう?


(ああ、なるほどな)


 モジモジしているから、トイレを我慢しているのかもしれない。

 行ってこいと言っても遠慮するだろうから、ここは率先しておれが動いてやろう。


「あの店に寄るか」


 大きなスーパーマーケットのような建物なら、トイレも使用できるはずだ。

 思った通りだった。

 けど、買い物をしなければ使用できないようなので、水と干し肉を購入した。


「行かないのか?」

「はい。俺は大丈夫です」


 おれの予想は外れていたらしい。


(無駄な買い物だったな)


 懐に痛くはないが、荷物は邪魔だ。


(まあ、飲まず食わずってわけにもいかねえし、ちょうどいいか)


 東京なら金さえあれば簡単に飲み食いができるし、汚れた服を着替えることだってむずかしくなかった。

 けど、この異世界でもそうであるとはかぎらない。

 荷物は少ないほうがいい、と短絡的に考えるのは、それが当たり前のこととして根付いている証拠である。


(イカンイカン。反省だな)


 気を引き締め直すと同時に、水と食料がものすごく貴重なものであるような気がしてきた。


(これを手に持って歩くのは、ダメだな)


 盗まれたりしたら、そいつを殺してしまうかもしれない。

 無益な殺生をしないためにも、バッグを購入しよう。


「おっ、あそこにいいのがありそうだな」


 革製品を扱う洋服屋があった。


「これなんて丈夫そうなうえに、デザインも秀逸だな」


 ズタ袋っぽいのだが、その言葉のイメージにある安っぽさや小汚いイメージは皆無だ。

 強いて言うなら、下北沢の古着屋でおしゃれさんが買う逸品だ。

 もしくは、軍が採用する耐久性に優れた実用品、と評するべきだろうか。


(まあ、どっちでもいいな)


 好みと用途に合致しているなら、なんの問題もない。

 この時点でおれがおしゃれさんでないのはバレているだろうが、審美眼は持ち合わせている。


「成生ってダサいよな」

「わかる~(笑)」


 なぜか小バカにされた大学時代が蘇ったが、気にしたら負けだ。


「これどう思う?」

「いいと思います」

「だよな」


 イエスマンの雰囲気漂うユウキに訊いたのは反則かもしれないが、精神衛生のためにはいたしかたない。


「よし。これを二つ買おう。一個はユウキの分だ」

「ありがとうございます!」


 瞳をキラキラさせている。

 これだけ喜んでくれるのだから、やはりいい品なのだ。


「ほらよ」

「一生大事にします!」


 会計を済ませ手渡したズタ袋を、ユウキがギュッと胸に抱いた。

 大げさだと思うが、悪い気がしないのも事実である。


「んじゃ、あらためてフミマ共和国に行くか」

「あの、師匠……言いにくいのですが、今日はやめておいたほうがいいと思います」

「なんでだよ?」

「今から移動しても、日没までに着くのは不可能です」

「べつに日が暮れてもいいだろ」


 町の外に街灯はないが、明かりは魔法でどうとでもなる。

 運悪くモンスターに襲われる危険性があったとしても、相手が大魔王でもないかぎり大丈夫だ。


「国境が塞がれてしまうので、入国ができません」

「マジかよ!?」


 ユウキが首肯した。

 聞けば、宿を出た時点でギリギリだったらしい。

 にもかかわらず、急ぐことはおろか、おれが買い物で無駄に時間を消費したため、完全アウトになった。

 ユウキがモジモジしていたのは、それを言うべきかどうか悩んでいたからだ。


「気を遣わせたみたいで、悪かったな」

「いえ、師匠の意図を汲み取れなかった俺が悪いんです」


 自責の念を抱いているようだが、そんな必要は微塵もない。

 おれたちは今日出会ったばかりで、行動を供にしたのは数時間がせいぜいだ。

 それでおれの行動や趣向を完璧に把握できるのだとしたら、それは心を読める超能力者だけだ。

 ユウキはそうじゃないのだから、出来なくて当たり前である。

 けど、それを言ったところで、納得はしないだろう。


「今度からは遠慮なく教えてくれよ」

「はい。わかりました」

「まあ、気にすんな。移動は明日の一番にすればいいんだからよ」


 悪いのはおれであり、頭を下げる必要があるのもおれなのだ。

 しかし、それをすればユウキはさらに落ち込んでしまう。

 だから、何事もなかったかのように過ごすのが一番だ。


「よし。んじゃ、今日はこの町で一泊しよう」


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