193話 勇者は王様相手に交渉する
「情報操作は違法ですか?」
訊いておいてなんだが、いいわけがない。
立場の上下に関係なく、生きてるうちは公明正大であるべきだ。
けど、それがむずかしいのも、また事実である。
(すべてを開けっ広げにできるわけねえからな)
国や権力者になれば、なおのことだ。
むしろ、そうすることはあってはならない。
「すべてが違法ではないが、モノによっては違法に該するであろうな」
思った通りの答えだ。
財政、軍事、外交など、内々にとどめなければならない話は、ごまんと存在する。
「大まかでかまいませんので、線引きを教えてください」
「治世者の得ではなく、国民の得になるかだ」
百点満点の模範解答だ。
カブレェラ王のまなざしと語気の力強さからは、ウソが感じられない。
(フレア王国民なら、泣いて喜ぶだろうな)
凛とした姿は頼もしいかぎりであり、どこまでもついていこう、と思わせる。
が、おれはフレア王国民ではないし、そんな答えを聞きたいわけでもない。
(う~ん。どうしたもんかな?)
人のことは言えないが、カブレェラ王も有利に話を進めたいはずだ。
それは当然のことで、批難するつもりはない。
けど、このままでは交渉が進まない。
時間があるなら腹の探り合いをしてもいいが、開戦までの期限やらリリィの身の安全などを考慮すれば、残された時間はそう多くないだろう。
(なんにしろ、ここでウダウダしてるヒマはねえんだよな)
ダメだったら、それまでだ。
ユウキには悪いが、あきらめてもらうしかない。
腹を決め、おれは口を開いた。
「カブレェラ王は、国民の得になるなら情報操作もいとわない、とおっしゃられましたが、国民に含まれない私からすれば、不安をあおる言葉でしかありません」
「それはそうかもしれぬな。では、これを機会に我が国に属してはどうだ?」
「お断りします。以前にも申し上げましたが、わたしは目的あって冒険者をしておりますので」
「では、姫を救出することは叶わぬのだな」
「いえ、ユウキを従者に付けてくださるなら、その任務、お請けします」
…………
一拍の間を置き、
「ハッハッハッハッハッ」
カブレェラ王が豪快な笑い声をあげた。
「お、王様!?」
「心配いらん。余は気など狂っておらぬ」
心配そうなガイルを払うように、カブレェラ王が手のひらを動かした。
「ただ愉快なだけだ。目の前の男の豪胆さがな」
「お褒めにあずかり光栄ですが、答えは如何ようになりますか?」
「もう少し人参をぶら下げよ。さすれば、望むようにしようではないか」
これで、カブレェラがお飾りの王ではないことが証明された。
いや、治世者や政治家としては、優秀な部類に入るだろう。
「わたしの身の安全を保障するためにユウキを従者にすると同時に、ユウキは洗脳された、という情報を軍の一部にお流しください。さすれば、フレア王国に牙を剥いた者として、他国でも活動がしやすくなります」
「その人参は腐りかけておるぞ。そのようなことをすれば、国民の不安を煽る結果になってしまうではないか」
その通りだ。
人の口に戸は立てられぬ、とはよく言ったもので、軍の一部に明かした情報が、そこだけにとどまるということはない。
見聞きした者が多ければ多いほど、それは必ず漏洩し、拡散されるだろう。
けど、おれはそれに期待している。
「国内が一時的に不安に陥ることは憂慮すべきですが、それが仕組まれたことであるなら、対処することも可能です。そして、それが短期間であるのなら、なおのこと容易になりましょう」
カブレェラ王が小さくうなずいた。
声を発しなかったのは、言質を取られないためだと思う。
(リスクマネージメントも一流だな)
一国の王としては当然なのかもしれないが、感心してしまう。
と同時に、おれの提案に耳を傾け、了承する気持ちがあることも理解できた。
(なら、もう一押しでイケるかもな)
交渉の手応えとともに、おれは再度口を開いた。
「短期間でユウキとリリィ姫が無事戻ることになれば、不安は払しょくされるどころか、大きな希望となるはずです。それに加え、さらわれた姫を単身で救った勇者の功績は、フレア王国にとどまることなく、他国へも影響を及ぼすでしょう」
口にしておいてなんだが、矛盾した話である。
おれと行動を供にするのだから、どうしたって単身で功を稼ぐことにはならない。
けど、そこに一つのエッセンスを加えれば、問題は解決する。
「ユウキはリリィ姫をさらった間者に洗脳されたフリをし、いち早く監禁場所に赴いた。そして、その場で間者ともども悪を滅ぼした、という設定にいたしましょう」
要は、おれを無かったことにしてしまえばいいのだ。
そうすれば、おれも自由の身として、魂のカケラを探す旅を続けられる。
「功はあくまで、ユウキのモノか……魅力的だが、あの真っ直ぐな勇者が、それを良しとすると思うか?」
「絶対に首を縦に振ることはありません」
ガイルが強くかぶりを振っている。
パーティーメンバーが断言するのだから、それは確定した事実と考えたほうがいい。
(まあ、俺もそんな気がするけどな)
付き合いは浅いが、ユウキの誠実で真っ直ぐな性格は把握しているつもりだ。
それを無理に歪めろ、という気はないが、妥協できないならあきらめてもらうしかない。
この現実だけは、どうしたって変わらないのだから。
「説得は任せてもよいか?」
「私が適任であるのなら」
「では、頼む。今のユウキにとって、余の言葉より、貴殿の言葉のほうが呑み込みやすいはずであるからな」
(マジかよ!?)
一国の王様であり直属の上司より評価されているのだとしたら、それは光栄を超えて恐ろしい話だ。
(けど、やるしかねえか)
妥協点は、そこにしかない。