192話 勇者の報酬
カブレェラ王が、おれの対面にドカッと腰を下ろした。
「狭いところにおると、身体が固まっていかんな」
ストレッチをするように腕や上半身を動かす様子からして、長いこと隠れていたのだろう。
馬車の大きさの割に中が狭かったのは、人が隠れるスペースを確保していたからだ。
(堂々と動けない理由があるんだろうな)
魔族領から因縁をつけられたりするのだろうか。
「こんなとこにいていいんですか? また、揚げ足をとられるかもしれませんよ」
フワッと訊いてみた。
「調査の陣頭指揮を国王が執ってはいけない、などという取り決めはありはせんさ」
「では、なにか収穫はありましたか?」
「それを確認するために、こうして赴いたのだ」
??
疑問符が頭上に浮かぶ。
一週間というかぎられた時間の中で調査しないといけないのだから、こんなところでおれと会っている場合ではないだろうに。
「収穫はあったか?」
(ああ……なるほどな)
おれとユウキの調査報告を、聞きに来たわけだ。
たぶん、城を勝手に抜け出したおれたちが、単独で事態解決に動いたと思ったのだろう。
間違ってはいないが、正解でもない。
(んん!? ちょっと待てよ?)
いまになって気づいた。
すでに、なに崩し的に巻き込まれているではないか。
(これはイカンぞ)
ちゃんと線引きしないと、マズイことになる。
「それにしても……ずいぶんと気に入られたようだな」
カブレェラ王の声には、憂いのような響きが含まれていた。
けど、顔には笑みが張り付いている。
相反するリアクションがむけられているのは、ここにはいないユウキだ。
(わからないでもないよな)
フレア王国筆頭騎士団のリーダーであり、勇者という肩書を保有するユウキが、おいそれと自由に動くことは問題なのだ。
けど、その成長が喜ばしいのも、事実なのだろう。
(問題になるのがわかってるから、ユウキは黙って抜け出したんだな)
ガイルたちが怒っていたのも、それが原因だ。
(おれじゃなかったんだな)
捕まえるべきは、ユウキのほうだった。
「収穫はあったのか?」
一人で納得するおれに焦れたのか、カブレェラ王が再度同じ質問をぶつけてきた。
(イカンイカン)
王様を無視してしまった。
「なにもありません」
「嘘をつくでない。貴殿らが此度の要所を回っておったのは、承知しておるぞ」
「ユウキに案内されて赴いたのは事実ですが、得るモノはなに一つありませんでしたよ」
「そうか。貴殿でも無理であったか」
カブレェラ王が、ガックリと肩を落とした。
なにをどう期待されたのかは知らないが、現場をチラ見しただけでわかることなど、皆無である。
(おれは名探偵じゃねえもんな)
少ないヒントを見逃さず謎を解き明かすような特殊能力は、持ち合わせていない。
「はあぁぁぁ」
ただ、大きなため息を吐かれてしまうと、申し訳ない気持ちにもなる。
「じゃあ、おれから一ついいですか? 魔族領は、なんでこのタイミングで戦争がしたいんですかね?」
「我が国に後継者がおらぬからだろう」
「いや、リリィ姫がいらっしゃるじゃないですか」
誘拐されたとはいえ、王族なのだから王位継承権を保有しているはずだ。
「我が国は、女王の就任を認めておらぬ」
男尊女卑だなんだというつもりは毛頭ないし、国王の地位に現王の遺伝子を残すのなら、それは正しい選択でもある。
染色体の関係上、子には遺伝子が含まれるが、孫には含まれない可能性があるはずだ。
(合ってるよな? ……ダメだ。思い出せん)
生物の授業で習ったはずだが、うろ覚えではっきりしない。
(まあ、んなもんはどうでもいいか。この世界で遺伝子研究が行われているとは思えないしな)
魔法はあれど、科学などの発展はそれほどでもない印象だ。
「では、次代の王はだれが就任するのでしょう?」
「リリィの夫になる者だ」
だとすれば、血や遺伝子は関係ないのかもしれない。
いや、大事なのは血がつながっているかどうかの可能性もある。
「もしですよ? もし仮に、此度の誘拐でリリィ様に悲惨な未来が訪れたら、フレア王国はどうなってしまうのでしょう?」
「考えたくはないが、そうなれば……この国は根底から覆るであろう」
とんでもない事態に直面しているようだ。
(マジ、こんな時期にカブるかね!?)
まるで、おれが転移されるのを待っていたようではないか。
「だからこそ、貴殿に頼みがある。我が娘、リリィを救出してほしい」
カブレェラ王が深く頭を下げた。
(どうすっかなぁ)
いくら王様からの頼みだからといっても、二つ返事で請けるわけにはいかない。
下手を打とうが打たなかろうが、捜索途中でリリィが殺される可能性は捨てきれないし、不測の事態が起きた場合、トカゲのしっぽ切りで捨てられる可能性だってある。
ユウキを転ばぬ先の杖として同行させる案も浮かびはするが、むずかしいだろう。
「単独任務ですよね?」
「そうなる。我が軍に貴殿の足手まといにならぬ者は数えるぐらいしかおらぬことも一因であるが、その者たちにも相応の立場があり、隠密行動には適さぬ」
思った通りだ。
その点おれはフリーであり、顔も知られていない。
しかも、ミノタウロスを単独撃破できる戦闘力も持ち合わせている。
今回の任務に際し、これほどの適任者はいないだろう。
「ユウキは……」
最後まで聞くこともなく、カブレェラ王はかぶりを振った。
「……少しお時間をいただけますか」
ここで考えるべきは、やるかやらないか、ではない。
というより、おれはやる方向で頭を働かせている。
それもこれも、ユウキの存在があるからだ。
弟子にはしないし、なにか特別なことを教えてやることもできない。
けど、そばにいる許可は与えたのだ。
それを本人の許諾のないまま、破棄はできない。
(さて、どうしたもんかな)
最終的な意思決定はユウキがすればいいが、離れていたらそれも叶わない。
けど、おれには確信がある。
国の決定に背いてでも、ユウキはおれといる決断をするはずだ。
(だけどそれはな~ぁ)
あまりいい選択ではない気がする。
外様であるおれとは違い、ユウキはこの世界で生きていかなくてはならないのだ。
どうにかして、この二律背反を上手いことできないだろうか。
「う~ん」
うなったところで、妙案が浮かぶことはなかった。
「報酬は、リリィの首飾りでどうだ?」
「はへぇ!?」
急な申し出に、おれはすっとんきょうな声をあげてしまった。
「対面したときに、気にしていたであろう」
(ああ! アレか!)
リリィの首にかけられたネックレスを、瞬時に思い出せた。
細かい装飾まで鮮明に描けるのだから、目を奪われたのは言わずもがなだ。
(アレが貰えるなら、報酬は十分だな……って、どうしてこんな話になったんだ?)
カブレェラ王は泰然とかまえているが、どこか落ち着かなそうな表情にも見えた。
(もしかして、断られるんじゃないかと思ってんのかもな)
そうなるぐらいなら、娘の宝物であるネックレスを渡してもいい、と考えたのかもしれない。
(ってことは……)
組織や規律が絶対、ではないのだ。
言い訳や体裁が整えられるなら、ある程度のことは許容してかまわないのだろう。
「一つ確認したいのですが、情報操作は違法ですか?」
おれの問いかけに、カブレェラ王は眉根を寄せた。