191話 勇者は地図を確認する
「んじゃ、ここが魔族領なのか?」
「はい。そうです」
「んじゃ、隣りが……ミドナ王国だったか?」
「はい」
机に広げた地図に、日本語で知り得た情報を書き込んでいく。
いまのところ国名だけだが、理解できることは少なくない。
まずは位置関係。
先の二国はフレア王国から見て北と北東にあり、国境も隣接している。
けど、三国共闘の残された一国であるフミマ共和国は、フレア王国とは隣接しているが、魔族領とミドナ王国とは隣接していなかった。
おおよその位置関係としては、フレア王国の西にフミマ共和国がある。
「なんでこの三国が共闘するんだ?」
位置的に魔族領とミドナ王国が同盟を結ぶのは納得できるが、そこにフミマ共和国が加わる理由がわからない。
歴史的な繋がりがあるのだろうが、地理的な観点だけで見ると納得がいかない。
というのも、ミドナ王国とフミマ共和国の間には、ヤスモ王国というドデカイ国が存在している。
国土の大半を魔族領、ミドナ王国、フミマ共和国の後ろに保有しているのだが、三角の角のような突起部分があり、ミドナ王国とフミマ共和国が隣接するのを防いでいる。
「これで情報共有できるのか?」
アズールが宣戦布告をしてきた魔法があったが、あれは一部の高位魔族だけが使えるモノであり、一般的には手紙や直接会って伝えるのが普通らしい。
「それを可能にしているのが、フミマ『共和国』なのです」
意味はわからないが、ユウキが強調したのだから、共和国にヒントがあるのだろう。
「フミマとは、フレア王国、ミドナ王国、魔族領から派遣された者たちが、共に和を成し起ち上げた国です」
「へえ~、そりゃすげえな。国の名前もそれぞれの頭文字をとったのか」
「その通りです」
「混成民族で形成されているから、あの通信魔法が使える魔族もいるわけだ」
「さすが師匠。一から十を知るとは、このことですね」
そんな大層な思考ではない。
おれが行ったのは、言葉のパズルを組み合わせただけだ。
「でもよ、だとしたらおかしくねえか? 立場的に、フミマ共和国は中立国家であるべきだろ」
永世中立がむずかしいのは理解しているが、どこかに肩入れするのもよろしくない。
円滑な内政と外交を考慮するのであれば、なおのことそうでなければならないはずだ。
もし万が一、要職に就いている人物の祖国が消えるようなことがあれば、求心力が落ちる可能性だって考えられるし、国内に不穏な空気を蔓延らせる原因にもなりかねない。
(……それが目的なのか?)
ポストが空くのを待つより、自分が就任する席を作りだすほうが手っ取り早い、と考える人物がいるのだろうか。
「フミマ共和国において、中枢の勢力図が書き換えられたのかもしれません」
ユウキもおれと同じことを考えたようだ。
ただ、肯定も否定もできない。
それをするだけの判断材料が、皆無だからだ。
なら、ひとまず保留して、解決できるモノに手をつけよう。
「ヤスモ王国は動かないのか?」
ユウキの話では軍事力も絶大で、個別で戦えば負けは確定しているそうだ。
唯一違うのは、滅亡までの期間。
フレア王国と魔族領は一年。
ミドナ王国は半年。
フミマ共和国にいたっては、一か月がギリギリ、だそうだ。
(動かない理由がないよな)
おれがヤスモ王国の人間なら、絶対にこの機を逃さない。
どう考えても負けはないうえ、侵攻の説明もできる。
もし仮に批難されたとしても、それを理由に残る三国を支配することだって可能だろう。
(ある意味、ボーナスステージだよな)
ヤスモ王国視点で見れば、漁夫の利を得るまたとないチャンスである。
けど、そう思うのは、おれがこの世界の住人じゃないからだ。
(理由はわからねえけど、できないんだろうな)
なにかしらの枷があるのは、間違いない。
なぜなら、おれが描くシミュレーションは、これまでも実行可能だったはずだ。
違いがあるとすれば、実行したタイミングによって、戦後処理が多少面倒臭い、ぐらいだろう。
「安心してください。その心配はありません」
ユウキの言は戦後処理の解消ではなく、ヤスモ王国が動かないことを指している。
「理由は?」
「ヤスモ王国は絶対的な君主制であり、王の許諾なしに物事が動くことはありません。そして現状、その国王は病に伏せています」
それが本当であるなら、魔族領が宣戦布告した理由にもなる。
フレア王国を潰し領土の拡大ができれば、大国に対するけん制にもなるし、執れる作戦の幅も広くなるだろう。
けど、ここはゲームの世界ではないのだ。
占領したからといってすべての民草が従順になるわけではないし、反乱分子が生まれるのも確定している。
当然、それらを放置するわけにもいかないし、国内が不安定になるのは、どうしたって避けられない。
(っていうか、むしろ、面倒くせえ状況になるんじゃねえか?)
国内が収まるまで、ヤスモ国王が病に伏せているとはかぎらない。
治る可能性もあれば、死ぬ可能性だってある。
どちらにせよ国王による意思決定がなされる状況になれば、攻め込まれるだろう。
(回避する方法は用意してんだろうけど……)
それが成功するかどうかは、これまたやってみなければわからない。
「う~ん」
冷静になればなるほど、魔族領の宣戦布告は悪手だと感じる。
コンコン、とノックの音が響いた。
「どうぞ」
「おくつろぎのところ申し訳ございません。面会の方々がお見えになっております」
約束した覚えはないが、十中八九騎士団の連中だろう。
(ここで会わない、って選択肢はないよな)
ユウキもどこか腹を決めたような表情を浮かべている。
「通してください」
「それはちょっと……」
できない、とは口にしていないが、店主の表情は拒否の一択で、さりげなく窓の外を覗くようにアピールしている。
(ああ、なるほど)
遠目からでも怒っているのがわかる。
彼らをここに通せば、調度品が破壊される可能性が高い。
明日の予約が入っている状況を考えれば、店主にとってそれはリスクでしかなかった。
「どうする?」
「俺が行って話をつけてきます」
「一人で大丈夫か?」
「心配は無用です。彼らは仲間ですから」
「じゃあ、おれはここで待ってるわ」
「それは駄目でございます」
なぜか、店主に却下された。
「大変お伝え難いことなのですが……店の前にいる方々は、あなた様にお話があるそうです」
出て行ってくれ、とは言われていないが、雰囲気からしてそういうことなのだろう。
「お世話になりました。戻ってこれるかどうかわかりませんので、チェックアウトをお願いします」
「いえ、拝見したところ未使用に近い状態ですので、お代は結構です」
厚意ではなく、一刻も早く出て行け、という意思表示だ。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。失礼しました」
地図を折りたたみ、硬貨の詰まった布袋にしまった。
「ほら、行くぞ」
不満そうに店主を見つめるユウキの手を引き、おれは宿を後にした。
「一緒に来ていただこう」
一言だけ告げ、ガイルが歩き出す。
こちらが拒否したり、逃亡したりするとは考えていないのか、後ろを気にする素振りはなかった。
ただ、残った騎士たちは、油断なくおれたちを注視している。
そこにはエレンとセリカも確認できた。
「安心してくれ。逃げないよ」
ガイルの後に続くおれを、騎士たちが取り囲むようについてくる。
通りを抜け、門をくぐって町を出た。
「あの馬車に乗っていただきたい」
それは王都に行ったときと同じデザインの馬車だが、サイズは一回りほど大きかった。
(窮屈な思いはしなくて済みそうだな)
そう思って乗り込んだが、中は思いのほか狭かった。
というより、前と大差ない。
(外側が立派なだけか)
「ユウキはあっちだ」
がっかりするおれに続いて乗り込もうとしたユウキを、ガイルが制止した。
「嫌だ! 俺は師匠と離れるつもりはない!」
「王命だ。従え」
ガイルがバッチのようなモノを示すと、ユウキは唇を噛んだ。
そして、足取り重く違う馬車にむかった。
(へえぇ~、水戸の紋所みたいのがあんだな)
「エレン、セリカ。ユウキを頼む」
「お任せください」
「わかったわ」
二人はユウキと同じ馬車に乗るようだ。
「失礼する」
なぜか、ガイルだけがおれと同じ馬車に乗り込んできた。
「出してくれ」
走り出した車内のカーテンが閉じられる。
車内にいるのはおれとガイルだけ。
(こいつ……まさか!?)
ユウキを引き離すべきではなかったかもしれない。
「ハッハッハ。隠れるのも大変だな」
おれの考えを否定するように、奥からカブレェラ王が姿を現した。