190話 勇者は宿を確保した
ユウキの案内で到着した町は、そこそこ栄えていた。
そこでフレア王国だけが載ったモノと、魔族領と三国共闘宣言をしてきた国を含む周辺各国が載っているモノ、の二種類の地図とペンを買った。
二パルクと非常にお求めやすい価格に驚いたが、ユウキからすれば普通らしい。
食事も二、三パルクで充分で、一〇パルクを超したら食事というよりはパーティーと表したほうがいいそうだ。
だとすると、おれが貰った五〇〇〇パルクは、相当な額である。
(こんな布袋に入れといていいのか?)
少し不安になりもするが、どうすることもできない。
できてせいぜいが、盗まれないように注意することくらいだ。
「師匠、この後はどうされるのですか?」
「飯にしたいところだけど、まずは宿の確保だな」
「では、ご案内します」
結論から言うと、ユウキに案内された宿に空き室はなかった。
その後二、三軒回ったが、どこも満室だ。
「二部屋借りたいんですけど、空きはありますか?」
ここがこの町にある最後の宿屋であり、最後の希望でもある。
「ええっと……ごめんなさいね。一部屋しかないわ」
カウンターにいる女性が帳簿を確認し、かぶりを振った。
(なんてこったい)
全滅とは信じられない。
なぜこうも、空きがないのだろう。
「お祭りとかイベントがあるんですか?」
「そんな予定は把握してないけど、なにか催されるのかもしれないわね」
詳しく聞けば、本来この時期はどこも空室があるのが当たり前であり、これだけどこも埋まっているのは、異例中の異例らしい。
「ユウキはなんか知ってるか?」
かぶりを振られた。
「大規模工事などの予定は?」
ないそうだ。
もし仮にあったとしても、職人たちには仮設住宅が割り当てられ、宿を使う者はほとんどいない。
一部食事や洗濯が面倒で宿を使う者もいるらしいが、出費を嫌がる連中が大半で、町中の宿がパンパンになることはないそうだ。
(運が悪かったのか)
そう思って、やり過ごすほかない。
第一、空きがない、という答えが出てしまっている以上、どうすることもできない。
ただ、あきらめるのはまだ早い。
「空いてる部屋って狭いですか?」
「そうねぇ。男性二人には手狭じゃないかしら」
「一応、確認させてもらえますか?」
「ええ、どうぞ」
女性の案内で部屋を見せてもらった。
(こりゃダメだな)
素泊まりだから寝る場所さえあればいいのだが……二畳くらいの広さしかない。
しかもその大半をシングルベッドが占領し、残されたスペースは微々たるものだ。
空いたスペースに布団を敷いて寝ることは可能だろうが、脚を固定されたローテーブルが邪魔で、それもできない。
残された方法はベッドで一緒に寝ることだが、これもむずかしそうだ。
寝返りを打っただけで、どちらかがベッドから落ちる……もしくは、重なるのは間違いない。
相手が男性女性問わず、それではいい睡眠が確保できない。
この先の体調を考慮すれば、たとえ一日だけであっても、睡眠はおろそかにしたくなかった。
(困ったなぁ)
ここに二人で泊まることは、不可能だ。
しかし、方法が皆無かといわれれば、そうでもない。
おれはここに来るまでに訪れた数件の宿を満室と記したが、実は空きもあった。
「一室だけなら……」
「一部屋でしたら、ご用意できます」
「お一人用の個室でしたら」
等々、どこも狭い一部屋は空いていたのだ。
おれからすれば各々が別々に泊まればいいだけの話であり、問題はそれで解決する……のだが、なぜかユウキはそれを承服しなかった。
断固として拒否する様は、すさまじいの一言である。
いまもかたくなにかぶりを振っている。
おれが言いたいことを理解しているのだろう。
それはすばらしいことだが、背に腹は代えられない。
(どうにかして、説得しねえとな)
おれたちはフロントに戻り、話し合いをすることにした。
「ユウキ、ここもダメだってよ」
「仕方がありません。別の町に移動しましょう」
もう少し迷ってほしいところだが、一切の迷いがなかった。
ほのかな気配すら感じさせない。
「一応言っとくけど、逃げねえぞ」
「そのような心配はしておりません。ただ、一秒も無駄にしたくないだけです」
おっさんが歩いたり寝る姿を見たところで、得るモノなどなにもない。
けど、そう言ったところで無駄なのだ。
(まあ、わからないではないけどな)
万が一が起こらない可能性はだれにも否定できないし、もし仮に自分が成長できるきっかけを見逃したとしたら、悔やんでも悔やみきれない。
おれ自身が現場での実践と観察を重んじてきたから、その気持ちは痛いほどわかってしまう。
(はあぁ~ぁ)
内心でため息を吐き、おれはべつの町に行く覚悟を決めた。
「お話し中に失礼します。もしかして、勇者ユウキ様ではありませんか?」
宿の奥から出てきた店主っぽい男の問いを、ユウキが首肯した。
「やはりそうでしたか。名前をおっしゃられていたからそうではないかと……少々お待ちください」
奥に引っ込んだ店主っぽい男が、なにやら話している。
「お待たせしました。二部屋ご用意できました」
一瞬で空き部屋が増えた。
そこがもともと空室だったのか、急遽空室にしたのかは謎だが、ユウキを泊めるメリットを優先したのだろう。
とはいえ、他人を追いやったのだとしたら、申し訳ない。
「店主さん。急に空き室が出来たのはどういうことなんですか? 俺たちが泊まるためにだれかが弾かれたのなら、そこを利用することは出来ません」
ユウキも同じ思いのようだ。
「ご安心ください。本日お泊りいただく部屋は空室です」
「じゃあ、なんで二部屋空いていると教えてくれなかったのですか?」
「それは見ていただいたほうが早いと思いますので、こちらにお越しください」
店主の後を追いかけ、おれたちは階段を上った。
着いたのは、最上階のスイートルームだ。
広さや調度品の格からして、庶民が借りられる感じはしない。
「この部屋は掃除などにも気を使うので、予約日前日は使用しない規則にしております」
ということは、明日使う予定なのだ。
「大丈夫なんですか?」
「はい。一泊限りのご利用で、早朝にチェックアウトしていただければ」
それはかまわないが、問題は料金だ。
これだけの部屋であるなら、さぞお高いに違いない。
「利用料はいかほどですか?」
「二五〇〇パルクです」
(ダメだな)
所持金の半分は出せない。
「ですが、今回はこちらもわがままを言いますので、その分の料金は値引かせていただきます」
「どのくらいですか?」
間髪入れずに訊いたのは情けないが、大事なことなのだ。
「一〇〇パルクで結構です」
「ええ!?」
ユウキが驚くのも当然だ。
なにをどう計算しても、その割引率はありえない。
「いかがでしょう?」
店主はニコニコしている。
ウソ臭いが、この際かまわない。
次の町に行く労力と時間を考慮すれば、少しくらいの問題はないも同然だ。
そしてなにより、懐に優しい額を逃す手はない。
「ご厚意に甘えさせていただきます」
おれは即決で、ここに泊まることにした。
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