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189話 勇者とユウキは旅に出る

「師匠、なにをしているのですか?」


 驚愕や戸惑いを感じさせるユウキの表情は、知人の万引きや暴行の瞬間を目撃したときのようだった。


「いや、これは……やましいことをしているわけじゃないよ」


 言っといてなんだが、やましさしか感じない。

 窓枠に足をかけているのも、マイナスだ。


「大丈夫です。理解しています」

「なにを?」

「迅速な行動に感服します」

(こいつ、マジでなに言ってんだ?)


 迅速な行動もなにも、おれはなに一つ動いていない。

 強いて言うなら、面倒事から逃げようとしていただけだ。


「若輩者ですが、お供させていただきます」

「いや、結構です」


 近づいてくるユウキを、手で制した。


「さあ、出発しましょう」


 ドン、と押された身体が、宙に投げ出される。


「ちょ、お前、ふざけんなよ」


 文句を言っている間に、地面に激突した。

 おれだからなんともないが、ほかの人間なら大けがを負っていたかもしれない。


「おい! あっちで音がしたぞ!」

「集合をかけろ!」


 ピリピリした声と警笛のような音が鳴り響く。


(姫をさらわれたばかりだからな。まあ、しかたねえよな)


 説明するのは面倒だが、ユウキがいるから問題ない。

 仮にも要職に就いているのだ。

 こじれるわけがないし、話ができないわけがない。


「師匠、駄目じゃないですか!」


 隣りに降り立ったユウキが怒っている。


(こうなった原因はお前だよ)


 と言ってやりたいが、口には出さなかった。

 口に人差し指を当て、声を出すなというジェスチャーを、しきりにされているからだ。


「さあ、早く立ってください。逃げますよ」


 おれの手を引くユウキの力が強い。

 それだけ必死なのだろう。


(なんか意図があんだろうな)


 ガシャンガシャンと鎧の鳴る音が近づいている。


「さあ早く。こちらです」

「あいよ」


 急ぐ理由は後で聞けばいい。

 おれはユウキに手を引かれ、城の壁をひょいと飛び越えた。



 街道を少し逸れて進み、一〇分少々歩いたところで、足を止めた。


「師匠、ここがハリス盗賊団の犯行現場です」

「おお!? ここがそうなのか」

「はい。間違いありません」


 芝生が消失し、若干ではあるが焦げたような匂いが残っている。

 触った土も暖かい。

 しかし、争った痕跡、と判断できるものは見当たらなかった。


「なあ? この状態で、なんでハリス盗賊団の犯行だと断定できたんだ?」

「コインが残されていたのです」

「コイン?」

「これです」


 ユウキが差し出した手のひらには、一枚のコインが乗せられていた。

 おれは袋から硬貨を一枚取り出し、両方を見比べる。


(デザインが全然違うな)


 フレア王国の硬貨は凝っているが、ハリス盗賊団のはすごくシンプルだ。

 ただ、それだけに疑問も残る。


「これだけシンプルなら、偽造もできるよな?」

「技術的には可能ですが、それを実行する者はいません」

「報復があるのか?」

「さすがは師匠。その通りです」


 尊敬のまなざしをむけられても困る。

 ここまでは、さほどむずかしくないパズルのようなモノだ。

 問題はこの先……そのパズルに描かれた絵がなんなのか、である。


「ハリス盗賊団は犯行声明のような形で硬貨を置いていくのはわかったけど、やつらはどこに潜んでいるんだ?」

「あちこちです」

「根城も把握できていないのか?」

「魔族領とミドナ王国の国境沿いにあると言われておりますが、確かめた者はおりません」


 盗賊団を野放しにしているというのは、にわかには信じがたい話だ。

 しかし、それはフレア王国側から見た話である。

 もし仮に、ハリス盗賊団が前に出た二国の間者であるなら、確かめる必要も咎める理由もない。


「こちらから調査団を派遣することは?」


 ユウキがかぶりを振った。


「よっぽど仲が悪いんだな」

「お恥ずかしながら」


 嘆息するおれに、ユウキが小さく頭を下げた。


(んん!?)


 大勢の足音のようなものが聞こえる。


「あれは……」

「王国騎士団です」


 先頭にはガイルたちが確認できる。

 そして、目標はおれたちだ。

 武器をかまえて加速したのだから、間違いない。

 理由はわからないが、追いつかれたら刺される気がする。


「逃げるぞ」

「了解です」


 おれとユウキは、脱兎のごとく走り去った。



 次いでおれたちが足を止めたのは、リリィがミノタウロスに襲撃された場所だった。

 ここを目指したわけではないが、通りがかりにあったから見ておこうと思ったわけだ。


「なんもねえな」


 争った跡と氷柱が存在しているが、見渡すかぎり平原だ。


「あのミノタウロスは、どっから来たんだと思う?」

「召喚魔法です」

「間違いないのか?」

「断言はできませんが、状況証拠は揃っています」


 ユウキが数歩進んだ先で、両手を広げた。


「本来、ミノタウロスがこんな場所に生息していることはありません。百歩譲っていたのだとしても、放置することも見落とすこともありません」


 その通りだ。

 王族を警護していた特務部隊ですら足止めがやっとの存在を、お好きにどうぞ、とは絶対にならない。

 リリィがいるなら、特にそうなるはずだ。

 王族に万が一のことがあってはならないのだから、安全が最優先され、大きく迂回するのが当たり前だ。


「リリィ様が外交に赴いたのは約半年ぶりであり、その道中の安全は幾重にも確認されています。何者かの悪意がなければ、あのような危険生物に出くわすはずはありません」


 ユウキは唇を噛み、握った拳を震わせている。

 あのときの混乱からして急に襲われたのは間違いないが、忸怩(じくじ)たる思いがあるのだろう。


「外交先へのルートは何通りある?」

「三通りです」

「ピンポイントで狙えたわけじゃないんだな」


 ユウキがかぶりを振った。


「効率を重視されるリリィ様が、遠回りになるルートを選ぶことは、考えられません」


 それが理解できるのは自国の人間かつ、彼女の性格を熟知している者だけだ。

 それとも、他国の盗賊団が知りえる情報なのだろうか?


(まあ、あれだけわかりやすいんだから、有名な話なんだろうな)


 リリィのおれに対する高圧的な態度からして、目下の者には厳しいはずだ。

 日々の所作を含め、目ざとい者はそれらを見過ごさない。

 外交相手なら、特にそうだ。


「決められたルートとそこを通過するおおよその時間が割り出せるなら、罠も仕掛けやすい、ってことか」

「その通りです。さすがです。師匠」

「いや、いまさらなんだけどよ。お前を弟子にした覚えはねえんだよ」

「師匠に利がないのは承知しています。むしろ、俺の存在が足を引っ張るでしょう」


 ミノタウロスを余裕で倒せるおれにとって、ユウキが足手まといであることは間違いない。

 けど、利がないわけじゃない。

 事件に首を突っ込むつもりはないが、細かい情報を聞けるのはプラスなのだ。

 けど、それを公に認めることは出来ない。

 認めたら最後、なし崩し的に巻き込まれるのは、火を見るよりあきらかだ。


「頼むから、あきらめてくれよ」

「駄目です! 諦めることは出来ません! 俺が今以上の騎士になるためには、師匠の指南が必要なんです!」


 話を聞かないタイプのようだ。


「師匠と弟子でなくとも構いません! 俺を師匠の旅に同行させてください!」


 頭を下げて請うユウキを、置き去りにすることは簡単だ。

 全速力で走れば、絶対についてくることはできない。

 けど……それを実行することはできなかった。


(わかるんだよなぁ)


 できると思っていた仕事ができなかったときの悔しさは、おれも知っている。

 自分の過信に気づくだけでなく、プライドもズタズタにされてしまうのだ。

 そしてなにより、否が応にも自分の実力不足を突き付けられるのが辛かった。

 ユウキの姿が、若いころの自分と重なる。


(おれもそうだったよな)


 たぶん……ユウキは泣いている。

 頭を下げたのは、その姿を見せたくないからだろう。


(ああもう、面倒くせぇなぁ)


 その気持ちに偽りはないが、このまま放っておくことは出来そうもない。


「顔を上げろ」

「はい」


 やはり、ユウキは泣いていた。


「教えてやれることはないかもしれないけど、それでもいいか?」

「はい!」

「よし。んじゃ、近くの町まで案内してくれ」

「はい! 師匠!」


 涙を拭くユウキに、これだけは言っておかなくてはならない。


「おれは弟子を取るつもりはないからな。あくまでも、ユウキは旅の同行者だ」

「はい! 師匠!」


 むず痒いが、我慢するしかない。

 頼りになる旅の同行者を得たのだから。


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