188話 勇者は路銀を手に入れた
「はあはあ……た、ただいま戻りました」
息を切らせたガイルを先頭に、特務部隊が戻ってきた。
「こ、この度の拙速な行動、大変申し訳ございません。我ら一同、どのような責も受け入れる所存です」
キレイな列を作り深く頭を下げる面々からは、深い反省が感じられた。
「必要ない」
「ですが……」
「余の声が聞こえなかったのか?」
落ち着いているように聞こえるが、カブレェラ王の声には怒りが内包されていた。
全身から立ち昇る闘気もすさまじく、まるで猛獣とむかい合っているような錯覚を抱かせる。
「も、申し訳ございません」
部外者のおれでそうなのだから、当事者たちはそれ以上だ。
震えるヒザが、その恐怖を物語っている。
「お主らに罰を与える気はないが、仕事はしてもらう」
「はっ! なんなりとお申し付けください!」
「先ほど魔族領より通信があり、宣戦布告をされた。理由は、お主ら特務部隊が動いたことだ」
ガイルが死刑宣告をされたような表情を浮かべている。
「失態としか言い表しようがないが、ミノタウロスの襲撃を証明できるのならば、此度の戦争は回避できる」
一転して、逆転無罪を勝ち取ったような晴れやかな表情になった。
百面相だが、わからないでもない。
失態のリカバリーが可能であると同時に、現在進行形で成されようとしているのだ。
件のミノタウロスは、王都に運ばれているはずである。
(……大丈夫……だよな?)
死体の周りに氷柱を立てたところまでは見届けたが、その後のことは知らない。
運ぶための専用馬車が到着するのを待たず、おれたちは城へと戻ってきたからだ。
「それが条件であるのなら、ご安心ください。もう王都に着いていても、不思議ではありません」
よほど自信があるのだろう。
ガイルは大きく胸を張っている。
「確認に走らせよ」
「はっ!」
最後尾にいた兵士が駆け出した。
……五分……一〇分……一五分…………三〇分と経過したが、一向に帰ってこない。
(さすがに長すぎるだろ)
アクシデントがあったのは確定だ。
「ミノタウロスが強奪されました!」
戻ってきた兵士が、凶報を告げた。
頭痛に襲われたのか、カブレェラ王がこめかみを押さえる。
「詳しく説明せよ」
声にも、苦々しさがある。
「王都に運ぶ途中でハリス盗賊団に襲われ、積荷を奪われたそうです」
盗賊団の名前が告げられた瞬間、居合わせた全員が肩を落とした。
「護衛はどうした?」
「応戦はしたようですが、如何ともし難かったようです」
「生き残った者は?」
「おりません」
全滅の報告に、動揺する者はいなかった。
ハリス盗賊団とは、それほど凶悪で手ごわい集団なのだろう。
(…………でも、それっておかしくねえか?)
全滅したのなら、それをハリス盗賊団の犯行だと確定することは不可能なはずだ。
「ミノタウロスの断片も残っておらぬのか?」
「はい。必要な部分だけを待ち去り、不要なモノは焼き払われてしまいました」
「骨ぐらいは残るであろう」
「上級の火炎魔法が使用されたようで、骨すら溶けて消えていました」
それはすごいが、なおのこと疑問を抱かずにはいられない。
「一連のことは、だれがどうやって判断したのですか?」
ダメだとは認識しているが、我慢できずに訊いてしまった。
全員がおれのほうをむいて、「はあ!? なに言ってんだ!? こいつ」と心の中で言っているのがわかる。
それぐらい怪訝な表情だ。
「招いておいて申し訳ないが、少し席を外してくれ」
カブレェラ王がそう言うなら、従うしかない。
「こちらにどうぞ」
文官の一人が案内してくれるらしい。
おれは謁見の間を後にした。
通されたのは、ごく普通の部屋だった。
インテリアも、照明と机と二脚の椅子があるのみだ。
文官もそそくさと立ち去り、いまはおれ一人である。
コンコンとドアがノックされ、さっきとは違った文官が姿を見せた。
「王様より、これを届けるように仰せつかってまいりました」
「おれに?」
文官がうなずいたので、差し出された丈夫そうな布袋を受け取った。
(まあまあ重いな)
ガチャガチャ音が鳴っているので、たくさんのモノが入っているのだろう。
「中を確認してもいいかな?」
「ご自由にどうぞ。私は別の仕事がありますので、失礼させていただきます」
「ごくろうさま」
文官を見送り、袋の中を確認した。
硬貨でびっしりだ。
「これは……約束の五〇〇〇パルクでいいんだよな」
それ以外に思い当たる節がない。
(まあなんにしろ、初めて路銀を手にしたな)
感動よりも安心が広がる。
これでこそ、冒険を楽しめるというものだ。
「んじゃ、どうすっかな?」
状況からして、この国に留まるのは危ない。
このままなら、確実に戦争に突入する。
と同時に、旗色も悪いことが予想できた。
アズールと名乗った魔族領の宰相は、三国共闘で進攻する、と宣言していた。
その三国とフレア王国の位置関係はわからないが、多面戦争はほぼ確定だろうし、戦力の分散も避けられない。
もし仮に同盟国などがいるなら話はべつだが、そうでなかった場合、おれが巻き込まれるのは必然だ。
(戦争にかかわるほど、ヒマじゃねえんだよな)
おれには大事な使命があり、ドンパチに加担している余裕はない。
とはいえ、すんなり解放してもらえるとも思えなかった。
カブレェラ王が本心でどう評価してるかは知らないが、勇者が倒せないミノタウロスを倒せる人材を、みすみす逃すようなことはしないだろう。
(おれなら、縋り付いてでも引き留めるだろうな)
自分の予想に、ブルッと背中が震えた。
(説得するにも時間がかかるだろうし、このまま逃げちまうか)
幸い室内には見張りもいないし、窓から飛び出すことは容易である。
(うん。そうだな。路銀ももらったし、ここでサヨナラしよう)
窓を開け、縁に足をかけた瞬間、部屋のドアが開いた。
「師匠。なにをしているのですか?」
現れたのは、ユウキだった。