187話 勇者は事態についていけない
「道をあけよ」
部屋の外から聞こえてきた声に反応し、魔法使いたちがさっと左右に動いた。
あれほど前のめりだったら一人くらい遅れそうなものだが、一切乱れのない早業だった。
できた道を王様が進む。
(あの興奮状態で聞き分けたのか……すげえな)
片膝をつき頭を垂れる魔法使いたちの姿は、だれが現れたのかを確信しているからこそできることだ。
「探したぞ」
目がバッチリと合っているので、おれにむけられた言葉である。
「おれも謁見の間に行こうと思ったんですけど、迷っちゃいまして……」
「それで族を捕まえたわけか」
「ええ。偶然ですけど、結果的にはよかったかもしれません」
「ハッハッハッ。その通りだ」
王様は笑っているが、表情は曇っている。
リリィ姫のことを憂慮しているのだろう。
(まあ、当然だよな)
親としての心痛は、計り知れないものがあるはずだ。
そこに盗難が重なったのだから、踏んだり蹴ったりである。
(んん!? そういえば、王様はこのこと知ってんのか?)
現れたタイミングからして、報告を受けてから来たのではないはずだ。
たぶん……おれを探していたら、たまたま出くわしたのだと思う。
(……そんなことあるか?)
勝手な予想でなんだが、無理くりな気がする。
第一、冒険者を探すのに、王様が動き回るだろうか?
(ないよな)
大将とは、デンッとかまえてなくてはいけない存在だ。
火急の事態において、チョロチョロ動き回る者が指揮官では落ち着かない。
「この部屋で起こったことを、説明してくれ」
それをするのは騎士団の務めだと思うが、王様はおれを見ている。
周りも声を発しない。
(まあ、おれが当事者だしな)
二度手間になるよりは、よっぽどいい。
「謁見の間にむかう道順を見失った際、偶然この部屋に入っていくメイドと出くわしました。そのメイドに案内を頼もうとしたのですが、彼女は盗人で、部屋に保管された書状筒のような物と、懐中時計のような物を持って逃げていきました」
割れた窓ガラスを指さしながら、言葉を続ける。
「追いかけようとしましたが、彼女の手下に邪魔をされました」
「そやつらは?」
「騎士団が取り調べをしているはずです」
「文官、盗まれた物がなにか早急に確認せよ! それと、取り調べの結果を伝えるよう、言っておけ!」
「はっ。すぐに目録を取ってこさせます! 手すきの者を集めよ」
「直ちに」
文官衆が一斉に動き出した。
「逃げたメイドの特定はできておるのか?」
おれに訊かれても困る。
容疑者らしき名前はあがっていたが、思い出せない。
「客人の証言から、ステルというメイドが浮上しております」
魔法使いが助け舟を出してくれた。
「そうか。特定次第、手配をせよ」
王様は手近にあった紙に走り書きをし、文官に手渡した。
(この辺はさすがだな)
対応に隙が無い。
いろいろ疑ってしまったが、作られたシナリオをなぞっているわけではなさそうだ。
不測の事態が重なれば落ち度があって当然であり、すべてスマートにこなすほうが怪しい。
「では、移動しよう」
納得するおれの手を掴み、王様が歩き出した。
(イテテテテ)
腕が引っこ抜かれるんじゃないかと思うほど、強く引っ張られている。
(やっぱ、心中穏やかじゃねえんだな)
足早な感じからも、それが伝わる。
ほどなくして、おれたちは謁見の間に戻った。
室内は異様な緊張感に包まれており、国家の一大事を改めて感じさせた。
「戻ったぞ。報告を再開せよ」
「申し上げます」
玉座に続く階段の手前で手を離されたおれの隣りに、文官が並んだ。
「カブレェラ王、勇者ユウキ、旅の御仁が謁見の間を去ってすぐ、あの窓を突き破り悪魔が飛来しました」
文官が指で示す箇所は、たしかに割れている。
「あまりの速さに反応が遅れ、リリィ姫を連れ去られてしまった次第です」
「だれも対応出来なかったのか?」
「戦士ガイル、魔法使いセリカはいち早く動きましたが、時すでに遅し、でした」
謁見の間にいる全員が、苦渋に満ちた表情を浮かべている。
「エレンも動けなかったのだな?」
そのセリフには、一際強い険を感じた。
文官も感じ取ったのだろう。
額から大粒の汗が噴き出している。
「そ、僧侶エレンはマ、マーカーショットを撃ちましたが、あ、当てることができませんでした」
慌てて指し示す先にはもう一つ割れた窓があり、その横に魔素の塊が付着していた。
(あれがマーカーショットなんだろうな)
名称からして、相手の居場所を感知する魔法であり、理論としてはGPSのようなモノだと思う。
(使えれば便利だろうけど、使われたらヤダな)
恋人や家族と位置情報を共有する者もいたが、おれはごめん被りたい。
悪だくみを働く気はないが、監視されているようで居心地が悪い。
「そんな有様にもかかわらず、なぜ追跡に出た!」
「せ、責任を感じたのだと思います」
「ならば! 尚のこと、余の判断を待つべきであろう!」
「も、申し訳ございません」
カブレェラ王は怒り心頭で、文官はただ頭を下げ続けるのみだ。
これでは話が進まないし、状況確認もできない。
「王様、自らの無知をさらすようで申し訳ありませんが、ガイルたちの行動のなにが咎められているのでしょう?」
初動は遅れたかもしれないが、迅速に対応したのだとしたら、それは評価されて然るべきである。
おれからすれば、怒られる理由がわからない。
「特務部隊が動いたことだ」
「姫の救出のためですよ?」
「どんな理由があろうと、特務部隊が通達なしに出陣することは許されぬ」
なんとなくだが、言わんとすることが理解できた。
「特務部隊というのは、他国にとって、それほどの脅威なのですか?」
カブレェラ王が重々しくうなずいた。
正解だった。
と同時に、カブレェラ王が激怒した理由もわかった。
「失礼します」
落ち着いた声がしたのと同時に、割れ落ちた窓ガラスが浮き上がり、復元された。
「我が名はアズール。魔族領にて、宰相の地位に就かせていただいております」
窓ガラスに映る男は、綺麗な黒髪と雪のように白い肌が印象的だった。
服装は宰相というより、執事と評したほうがいいような燕尾服だ。
「さきほどフレア王国特務部隊に動きがあったことを確認しました。事前報告のない行動は侵略行為に該当し、決して許されるものではありません。よって、ここに宣戦布告をいたします!」
(はあ!? なに言ってんだ? こいつ)
あまりにも飛躍している。
「特務部隊を動かしたのは、姫の護衛の一環である」
毅然と反論したのはすばらしいが、カブレェラ王の言い回しには眉根を寄せた。
(護衛? 奪還だよな?)
「そんな言い訳が、通用するとお思いですか?」
アズールの声にも、険が含まれている。
「言い訳ではない。道中で姫が襲われたことも、こちらを監視していたのなら知っているはずだ」
「ええ。姫が野良の魔物に襲撃されたのは存じております。ですが、その魔物も勇者ユウキによって駆逐され、姫は無傷で城に戻った、という報告を受けております」
「その報告は正確ではない。ユウキと魔物は互角であり、とどめを刺せたかには疑問の余地が残されておった。だからこそ、その確認と脅威の排除のため、特務部隊を再度派遣したのだ」
聞いていて気持ちの悪い会話である。
(なんでカブレェラ王は、相手を批難しねえんだ?)
フレア王国としては姫をさらわれているのだから、もっと強気に出てもいいはずだ。
「それこそ言い訳でしょう。勇者ユウキ不在の特務部隊に、そのような任務は荷が重すぎます」
アズールの視線は、壁際に立つユウキにむけられている。
(いや、すべての原因は魔族だよな?)
リリィが襲われたという野良の魔物も、魔族領からの差し金で間違いない。
というより、勇者パーティーを含む特殊部隊が勝てない野良の魔物など、存在するわけがないのだ。
もし仮にそんな物騒な魔物がいるのだとしたら、こんな危険な場所に王都を建設してはいけない。
「なんと言われようとも、こちらに非はない。それを理解していただけたかな?」
「いいでしょう」
(いいのかよ!?)
カブレェラ王のパワープレーもさることながら、それを許容するアズールも大したものだ。
おれなら、絶対に無理である。
「フレア王国には一週間の調査期間を差し上げます。それまでにこちらが納得する報告がなければ、三国共闘のもと、進攻を開始します」
全然、許容していなかった。
しかも、いつの間にやら敵が二国増えている。
もう、ちんぷんかんぷんだ。
「では、失礼します」
一方的に告げ、アズールの姿はガラスから消えた。
バリンッ
床に落ちたガラスが、再度粉々に砕けた。
国や平和が壊れる光景と重なったのは、おれだけじゃないだろう。